独立行政法人 情報通信研究機構(以下「NICT」、理事長: 坂内 正夫)は、独立行政法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」、理事長:中鉢 良治)、上智大学および学習院大学と共同で、光ファイバー通信波長帯における超広帯域のスクィーズド光源とスクィーズド光を高精度に検出する光子数識別技術の開発に成功しました。スクィーズド光はレーザー光よりも雑音が小さく、現在の1,000倍以上の大容量通信を実現する量子情報通信や光計測の飛躍的な高精度化に不可欠な光源として研究開発が進められており、今回の成果により、これら技術の実用化に向けた研究開発が加速されるものと期待されます。
なお、本成果は、英国科学誌「Scientific Reports」(Nature Publishing Group)(電子版:英国時間 4月3日(木)午前10:00)に掲載されます。
*本研究の一部は、内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRSTプログラム)「量子情報処理プロジェクト」の支援を受けて行ったものです。
各機関の役割分担
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NICT: スクィーズド光源と光導波系、超伝導検出システムによる実験系全体の設計、構築、実験およびデータ解析を担当
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産総研: 超伝導転移端検出素子の開発とその性能評価を担当
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上智大学、学習院大学: 共同でスクィーズド光源の評価法を開発
近赤外領域から光通信波長帯に至る広い波長範囲をカバーする光源は、大容量光通信や光コヒーレンストモグラフィ、分光計測、センシングなどのさまざまな分野で活用され、現在では、1,000 nm以上におよぶ波長範囲の光源が開発されています。スクィーズド光はレーザー光よりも雑音が小さいため、通信容量の革新的な大容量化を実現する量子情報通信や光計測の飛躍的な精度向上を実現するための光源としてその実用化が期待されています。しかし、スクィーズド光を広い波長帯域で生成し、かつその光子数を正確に計測するのは難しく、特に光ファイバー通信波長帯ではこれまで実現できていませんでした。
今回、従来の10倍以上の波長幅110 nm(周波数幅では13.4THz)のスクィーズド光を光ファイバー通信帯域で生成できる超広帯域のスクィーズド光源と、スクィーズド光を超高感度で検出できる超伝導転移端センサーを用いた光子数識別技術の開発に成功しました。また、これにより、世界で初めてスクィーズド光の光子が偶数個の光子から構成されるという特殊な性質(偶数光子性)を直接観測することに成功しました。
これまでのスクィーズド光の観測波長帯域は10 nm以下であり(例:参考文献1)、それを一気に10倍以上に広げたことにより、波長多重による量子通信の大容量化の実現可能性を実証しました。また、光ファイバー通信波長帯という重要な波長帯で実現したことにより、安価で高性能の光部品との組み合わせが可能となり、実験室レベルにとどまっていた研究開発を光ファイバーテストベッド上での実証的開発に移行させていくことが可能となりました。これにより、量子技術による大容量光通信や超高精度光計測の実現に向けた研究開発の加速化が期待されます。
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図: 広帯域スクィーズド光源(上)、超伝導転移端センサー(下) |
今後は、スクィーズド光源と光子数識別技術の性能をさらに改善しながら、光計測の高精度化に取り組むとともに、光ファイバーネットワークのノード処理に導入することで光通信の低電力・大容量化を実現するための研究開発を進めていきます。
実験装置の構成および超広帯域スクィーズド光と超伝導転移端センサーの特性
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図1: 実験装置図 |
実験装置の構成を図1に示します。レーザーからの基本波(波長1,535 nm)は2倍波(波長767.5 nm)に変換され、非線形光学結晶を励起するためのポンプ光として使用されます。非線形光学結晶には、光学損失が少ない周期分極反転ポタシウムタイタニルフォスフェート(PPKTP)結晶を使用しています。このPPKTP結晶において位相整合条件を調整することで、非常に広い波長範囲を持つスクィーズド光を生成することができます。広帯域スクィーズド光は、光ファイバーを通じて冷凍機内に配置された超伝導転移端センサーへと導波され、光パルスに含まれる光子の数を計測します。入力光子1個から2個のスクィーズド光の光子が生成されるため、理想的には偶数個のスクィーズド光子が計測されます。
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図2: 生成したスクィーズド光の波長スペクトル |
図2は生成したスクィーズド光の波長分布です。緑は分光器を用いた測定結果で、分光器の検出特性から非対称な形状をしています。分光器の特性が完全な場合、予想される波長分布は青で示される対称な形状となり、波長範囲は150 nmにおよぶと予想されます。赤のグラフは、基本波として用いたレーザーの波長分布を示しています。
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図3: 超伝導転移端センサーの特性 |
図3aは超伝導転移端センサーからの信号出力波形、図3bは波長対検出効率特性を示しています。図3aからは、センサーへ光パルスを入力した時の出力信号波形が離散的になっていることが分かります。これは、光パルスの中に含まれる光子が1個、2個…、と離散的な値になっていること(光子の粒子性)に対応しています。実験では、光パルス毎に何個の光子が含まれていたかを測定し、その頻度分布を作成しました(下の図4a)に掲載)。図3bでは、実測したセンサーの検出効率の波長依存性を示しています。ここから、我々が用いたTESが1,510 nmから1,580 nmの範囲では90 %以上の量子効率を示し、1,620 nmにおいても75 %の検出効率を持っていることが分かります。
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図4: 超広帯域スクィーズド光の光子数分布 |
図4は、超広帯域スクィーズド光の光子数分布を示しています。図4aは、光パルスを検出した際TESから得られる電気信号の波高値の頻度分布を示しています。これらを区間ごとに積算し、光子毎の頻度分布を示したものが図4aの内挿図となります。次に、この内挿図のデータから実験パラメータの不完全性を補正した統計が図4bとなります。図4bからは、光源が0、2、4…、と主に偶数光子のみを含んでいることが分かります。図4cは、得られた光子統計に対してクリシュコ(Klyshko)の判定条件と呼ばれる量子性の指標(Kn)を適用した結果です。この指標は、通常のレーザー光を弱めたような古典的な光に対しては決して1を下回りませんが、図4cでは偶数光子に対する指標が1を下回っていることが分かります。これは、スクィーズド光の偶数光子性を反映した結果といえます。
参考文献:
(1)T. Gerrits et al., “Generation of degenerate, factorizable, pulsed squeezed light at telecom wavelengths,” Opt. Express 19, 24434 (2011).
※ここでは透過帯域8.6 nmのバンドパスフィルタが用いられている。上記の例のように、これまでのスクィーズド光の観測例では、最も広帯域な場合でも波長範囲10 nm以下となっている。