独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)計測標準研究部門【研究部門長 千葉 光一】電磁波計測科 島田 洋蔵 研究科長、島岡 一博 主任研究員は、独立行政法人 情報通信研究機構【理事長 坂内 正夫】(以下「NICT」という)と共同で、110 GHzから170 GHz帯での高周波電力計校正用の国家計量標準器を開発した。
今回、高周波電力と直流電力を熱に変換して測定する際の等温制御技術とその等価性評価技術を新たに開発して、これまで難しかった110 GHzから170 GHz帯という超高周波帯での高周波電力計校正用国家計量標準器を実現し、トレーサブルな高周波電力計の校正が可能となった。ミリ波帯車載レーダーの電波障害防止試験の信頼性向上のほか、空港でのセキュリティシステム開発や、電磁波遮蔽用材料の評価技術、超高速半導体分野への貢献が期待される。
この成果の詳細は、平成26年3月18日~21日に国立大学法人 新潟大学(新潟県新潟市)で開催される2014年電子情報通信学会 総合大会で発表する。
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今回開発した高周波電力計校正用国家計量標準器 |
近年、テラヘルツ波と呼ばれる、周波数が100 GHzから数THzの電磁波の応用が、通信技術、材料分析、セキュリティや美術品研究などの分野で盛んになってきている。例えば、無線による大容量の情報伝送ではより広い周波数帯域が必要となるため、まだ利用者が少ないテラヘルツ波領域を利用する研究がなされている。しかし、テラヘルツ波は大気に吸収されやすいこともあり、その利用とともに正確な測定方法に関する研究が遅れ「テラヘルツギャップ」と呼ばれている。テラヘルツ波に関する最も基本的な測定量のうち、周波数については光周波数コムと呼ばれる技術により計量標準が開発されつつあるが、電力については各国とも開発が遅れており、測定の基準となる国家計量標準器の整備への要望が強くなってきている。また、ミリ波帯車載レーダーなどの電波障害防止試験では、レーダー本体が使用する基本周波数(60.5 GHz、76.5 GHzおよび79.5 GHz)の2倍の周波数(121 GHz、153 GHzおよび159 GHz)で不要電波電力を測定する必要があるため、トレーサブルな高周波電力計の需要が高まってきている。
2010年末、総務省技術試験事務においてその調査検討会の一つが120 GHz帯電磁波を用いた大容量情報伝送システムの無線設備の測定方法を策定するにあたり、この周波数帯での国家計量標準器による高周波電力校正の可否に関する照会を産総研に対し行った。しかし、当時この周波数帯での国家計量標準器による高周波電力校正は、日本はもとより欧米の国立標準研究機関でも実施されていなかったため、産総研とNICTは超高周波電力校正サービスを他国に先駆けて実現するため共同研究を開始した。
高周波電力を測定するには一般に高周波電力計が使用されているが、このような電力計は、より高精度な電力計と比較して目盛り定め(校正)を行わなければ、正確性を担保できない。この正確な目盛り定めの基準となる、より精度の高い計測機器を標準器という。今回、このような標準器のうち、110 GHzから170 GHzの周波数帯における高周波電力(単位はワット[W])を4 %の精度で計測できる標準器を開発した。
この標準器では、測定しようとする高周波電力を電磁波吸収体に吸収させていったん熱に変換し、この熱を等価な直流電力と比較する事で、高周波電力を最も精密に測定できる。今回、このような熱測定を実現するため、二つの新技術を開発した。
一つは等温制御技術を用いた熱測定技術で、従来の方式よりも10倍程度高速に熱測定を行うことができる。これによって、信号源の出力が安定している比較的短時間のうちに高精度な測定結果が得られるようになった。もう一つは、熱に変換された高周波電力と直流電力を比較する等価性評価技術である。一般に熱に変換された高周波電力と直流電力とでは電磁波吸収体内で温度分布の差があるため、測定値に差が生じる。今回、電磁波吸収体内での熱分布の偏りを詳細に解析し、高周波電力を正確に評価する技術を開発した。
図1にこれらの技術を応用して開発した、110 GHzから170 GHz帯の高周波電力計校正用の国家計量標準器(導波管等温制御型ツインドライカロリメータ)の写真、図2にその動作原理を示す。
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図1 今回開発した国家計量標準器「導波管等温制御型ツインドライカロリメータ」 |
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図2 導波管等温制御型ツインドライカロリメータの動作原理図 |
導波管等温制御型ツインドライカロリメータにおいて、電磁波吸収体の周りには直流ヒーターが取り付けられており、電磁波が入力されていない状態では、直流電力h1がヒーターで消費されて熱に変化している。さらに電磁波吸収体の後部には熱電素子と温度基準ブロックがあり、熱電素子により電磁波吸収体と温度基準ブロックの温度差を検出し、それらの温度差が0に保たれるように等温制御が行われている。電磁波発生器で電磁波を発生させると、その電磁波は断熱導波管を通過した後、電磁波吸収体に吸収されて熱に変化する。この時、電磁波吸収体の温度が温度基準ブロックの温度に比べて高くなるので、温度差が再び0になるまで、直流電力を減少させてh2とする。電磁波電力Psはこの減少させた分の直流電力として測定することができる(図2右)。
この標準器を利用することで、これまで明確な基準が無く計測器メーカーごとに30 %以上のばらつきがあったこの周波数帯での高周波電力の測定値を4 %の精度で定められるようになった。これにより、現在急速に利用が進んでいるミリ波帯車載レーダーの電波障害防止試験の信頼性向上に貢献できるほか、空港でのセキュリティシステム開発や、電磁波遮蔽用材料評価技術、超高速半導体分野での利用も期待される。
今回開発した高周波電力計校正用の国家計量標準器を用いて、NICTで無線通信機器向けの高周波電力計校正サービスを平成26年3月25日から開始するほか、産総研ではより高い周波数帯での応用技術開発に対応し、数年後に300 GHzを超える周波数帯までの国家計量標準を実現すべく研究開発を進める予定である。