独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)電子光技術研究部門【研究部門長 原市 聡】酸化物デバイスグループ 相浦 義弘 研究グループ長、王 瑞平 主任研究員らは、人体や環境に有害な鉛を含まない高性能な圧電セラミックス(鉛フリー圧電セラミックス)を開発した。
電子情報技術産業協会(JEITA)の規格に従いこの鉛フリー圧電セラミックスの圧電特性を評価したところ、従来の鉛系圧電材料に匹敵する高性能を示した。また、圧電特性の評価結果に基づき設計・試作したアコースティック・エミッション(AE)センサーや超音波距離センサー(水中用、空気中用)は、鉛系圧電材料を用いたセンサーと同程度の性能を示し、鉛を含まない圧電センサーの実用化への可能性が示された。今回開発した鉛フリー圧電セラミックスは、今後の安心・安全な圧電センサーとしての利用が期待される。
なお、この技術の詳細は、2014年1月29~31日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催される第13回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech 2014)で発表される。
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開発した鉛フリー圧電セラミックスと既存の鉛系圧電セラミックス特性の比較
楕円は、鉛系圧電セラミックスの特性範囲を示す。右上の写真は開発した圧電材料。
赤色と黒色の圧電材料は、物性を調整するために意図的に元素を微量添加したもの。 |
圧電材料は機械的エネルギーと電気的エネルギーを相互変換できるユニークな材料であり、センサーやアクチュエーターとして用いられる。その用途は、最先端の電子デバイス(半導体露光装置の極微動用ステージ、走査型プローブ顕微鏡の微動機構など)から汎用の電子デバイス(インクジェットプリンターのヘッド、デジタルカメラの手ぶれ補正素子など)まで広範であり、圧電材料は我々の社会生活に欠かせない。しかし、電子デバイスに組み込まれた圧電材料は主成分として鉛を含んだ圧電セラミックス材料Pb(Zr,Ti)O3(PZT)であり、人体や環境に対する負荷が大きい。
近年の環境問題への意識の高まりから、鉛やカドミウムなどの有害金属を含まない材料への関心が、ヨーロッパだけではなく、アジアにおいても急速に高まっている。ヨーロッパでは、廃電気・電子機器の環境負荷を軽減するため、RoHS指令やELV指令が制定され、鉛、水銀、カドミウムなどの使用が原則禁止となった。PZTは鉛を含むためにRoHS指令の規制対象であるが、代替できる特性を持つ圧電材料がないために、同指令の適用除外となっている。このため、鉛系圧電セラミックス材料に代わる高性能な鉛フリー圧電セラミックス材料の開発が世界的な課題となっている。
鉛系圧電セラミックスでは、正方晶―菱面体晶相境界付近の組成を持つ材料で圧電特性が向上することが知られている。産総研では、2001年から鉛を含まないペロブスカイト酸化物であるニオブ酸ナトリウム・カリウムを対象に、正方晶―菱面体晶相境界付近の組成を持つ高性能な鉛フリー圧電材料の開発に取り組んできた。
なお、今回の研究開発の一部は、独立行政法人 科学技術振興機構の研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)「ニオブ系鉛フリー圧電セラミックス材料の電子デバイス実用化への検証」(平成25年度)により実施した。鉛フリーAEセンサーは、産総研所内プロジェクト「異音検知等のIT化による検査の自動化・低コスト化技術」により開発した。
今回開発した鉛フリー圧電セラミックスの結晶構造は、正方晶から菱面体晶へと連続的に制御可能である。正方晶―菱面体晶相境界付近の組成で圧電特性を最適化することにより、高いキュリー温度tc(240 ℃)と高い圧電定数d33(420 pC/N)を同時に得ることに成功した。これらの圧電特性は、既存の電子デバイスへ組み込まれている鉛系圧電セラミックスPZTに匹敵する。
しかし、電子デバイスを設計するために必要な圧電セラミックスの特性パラメーターは、キュリー温度tcと圧電定数d33以外にも20項目以上存在する。すべてのパラメーターが標準的な規格に従って評価されないと、圧電セラミックスを用いた電子デバイスを設計できない。電子デバイスへの組み込みを可能にするために、電子情報技術産業協会(JEITA)の規格EM-4501「圧電セラミック振動子の電気的試験方法」に従って、今回開発した鉛フリー圧電セラミックスの圧電特性の評価を行った。表1に開発した鉛フリー圧電セラミックスと典型的な鉛系ソフト材圧電セラミックスPZT5Aの評価結果を示す。この表に示されるように、開発した鉛フリー圧電セラミックスの圧電特性は鉛系の特性に匹敵することから、電子デバイスへの利用が可能であると期待される。
表1 JEITAの規格に従い評価した、開発した鉛フリー圧電セラミックスおよび典型的な鉛系ソフト材圧電セラミックス(従来品PZT5A)の代表的な特性の比較 |
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*()内の値はd33メーターによる測定値
誘電損失は、数値の低いほうが圧電材料として優れている。その他の圧電特性は、数値の高いほうが優れている。 |
これらの圧電特性の評価結果に基づき、AEセンサーおよび超音波距離センサー(水中用、空気中用)の設計・試作を行い、鉛を含まない圧電センサーの実用化の可能性を検証した。
●AEセンサー
近年、AEセンサーによる構造物ヘルスモニタリングは、社会インフラの長寿命化と維持管理の低コスト化の観点から注目されている。従来のAEセンサーに組み込まれている圧電材料は、主にPZTであるが、社会インフラは外部環境にあるため、環境負荷低減の観点から鉛フリーのAEセンサーが望まれていた。開発した鉛フリー圧電セラミックスを用いたAEセンサーは、従来の鉛系AEセンサーと同程度の感度を示し、従来の鉛系AEセンサーを代替できることを検証した(図1)。
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図1 (a)鉛フリーAEセンサーの感度特性と(b)AEセンサーを使った構造物ヘルスモニタリングイメージ |
(a)の横軸は機械的振動の周波数、縦軸はセンサー感度。開発した鉛フリーAEセンサーは、約150 kHzの周波数に対して、最大感度を持つように設計した。 |
●超音波距離センサー
鉛フリー圧電セラミックスを用いた距離センサーを、他の電子デバイスと融合させた多機能複合電子デバイスを開発すると電子機器廃棄の制約を受けなくなる。図2に今回開発した鉛フリー圧電セラミックスを用いた水中距離センサーの写真を示す。このセンサーの測定精度は5 mm以下で、鉛系圧電セラミックスを用いたセンサーとほぼ同等であることを検証した。
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図2 (a)鉛フリー水中距離センサーの外観図、(b)超音波距離センサーの測定原理と発信信号および受信信号 |
開発した鉛フリー圧電セラミックスの電子デバイスへの組み込みの実用化を推進していくとともに、セラミック材料のさらなる改善やアクチュエーターの試作を行う予定である。また、鉛フリー圧電セラミックスを組み込んだ電子デバイスの実用化に向けた共同研究先を模索する。