NEDOと技術研究組合単層CNT融合新材料研究開発機構(TASC)、独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)は、カーボンナノチューブ(CNT)を取り扱う事業者などが安全性試験や作業環境計測を行う際の参考として、NEDOプロジェクト (低炭素化社会を実現する革新的カーボンナノチューブ複合材料開発プロジェクト) で開発した測定・試験方法をまとめた「カーボンナノチューブの安全性試験のための試料調製と計測、および細胞を用いたインビトロ試験の手順」と「カーボンナノチューブの作業環境計測の手引き」を本日、公開しました。
カーボンナノチューブの安全管理に関するレシピともいうべきもので、事業者などの自主安全管理を支援し、CNTの応用開発の促進に貢献します。
これら二つの文書は、URL「http://www.aist-riss.jp/main/modules/product/nano_tasc.html」からダウンロードできます。
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「安全性試験手順書」(左)と「作業環境計測手引き」(右)の表紙 |
CNTは、従来の材料とは異なる新たな物理的・化学的性質を持つ革新的素材として注目されていますが、新規材料ゆえに作業環境や製品が安全であるかどうかを確認することが必要です。近年、CNTについては、動物試験に基づき作業環境における許容濃度が提案され、CNTを開発・使用する各事業者においては、CNTの自主的な安全管理が取られつつあります。
ここで問題となるのが、用途に応じて少しずつ物理的・化学的特性を変化させた多様なCNTが開発されることにより、個々のCNTに対して安全性を確認する必要があることです。一般に、安全性の評価には動物試験が行われますが、動物試験は多大な費用と時間が必要となるため個々のCNTについて行うことは現実的ではなく、より簡易で迅速な安全性評価方法が求められています。そのひとつが、細胞を用いたインビトロ試験です。しかし、CNTのインビトロ試験は、CNTを安定に分散させる調製技術やその計測技術、適切な評価項目の選定などの課題があり、専門的技術と経験が必要とされていました。
また、CNTを取り扱う作業環境において、許容濃度に基づく管理を進めていくためには、作業環境計測が重要となりますが、多様なCNTに対する各種計測法の有効性の評価が十分でなく、また、微量なCNTの正確な定量、CNTとその他の粒子の分離識別、手間やコストなどの課題がありました。
そこで、TASCと産総研は、NEDOの委託事業「低炭素化社会を実現する革新的カーボンナノチューブ複合材料開発プロジェクト」(平成22~26年度)で、CNTの簡易自主安全管理技術の開発に取り組み、CNTのインビトロ試験のための試料調製技術や計測技術の開発および細胞を用いたインビトロ試験の実施、CNTの作業環境計測技術の評価などを進めてきました。
1) 「カーボンナノチューブの安全性試験のための試料調製と計測、および細胞を用いたインビトロ試験の手順」の公開
細胞を用いたインビトロ試験においては、CNTを細胞培養する培地に添加する必要がありますが、CNTは、培地中に凝集・凝塊を作り、細胞に直接沈降する性質をもつため、分散させる技術が必須となります。しかし、界面活性作用を持つ分散剤は、それ自身が細胞毒性を持つ場合も多くあります。そこで、細胞毒性のないウシ血清アルブミンを分散剤として使用し、超音波照射によってCNTを安定に分散させる簡易な調製方法を開発しました。
今回、CNTを事業または研究開発の目的で取り扱う事業者が、CNTを安全に取り扱うための自主安全管理方法を策定するための一助として利用できるように、上記の開発技術などをもとに、「カーボンナノチューブの安全性試験のための試料調製と計測、および細胞を用いたインビトロ試験に関する手順(以下、「安全性試験手順書」という)」(日本語)をとりまとめました。
本手順書は、(1)CNTを安定に分散させる調製方法、(2)適切な計測技術によるCNTの特性評価(粒子径や濃度など)、(3)吸入暴露による呼吸器への健康影響を想定した細胞を用いたインビトロ試験、から構成されています。また事業者が利用しやすいように具体的な実施例が付属しています。図1に手順の概要を示します。なお、本手順書に準拠して得られた試験結果は、各事業者が対象とするCNTの呼吸器への影響を評価するものであり、安全性全てを保証するものではありません。
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図1 簡易で迅速なカーボンナノチューブ(CNT)の安全性評価:分散調製、特性評価、細胞を用いたインビトロ試験をセットとする |
2) 「カーボンナノチューブの作業環境計測の手引き」の公開
気中に飛散したCNTの定量方法として、大気中エアロゾル粒子の有機炭素および元素状炭素の分析で使用されている加熱・燃焼に基づく炭素分析について、その有効性を評価し、燃焼条件の変更などにより、さまざまなCNTについて、定量測定が可能であることを確認しました。また、CNTの簡易な計測方法として、小型エアロゾル計測器のブラックカーボンモニターや光散乱式粉じん計について、その有効性を評価し、個々のCNTに対する応答係数を得ました。さらに、電子顕微鏡観察のためのCNT捕集方法として、ポリカーボネートフィルターなどの有効性を評価し、実際にCNTの捕集および電子顕微鏡観察が可能であることを確認しました。
今回、CNTを取り扱う各事業者が自主安全管理のために作業環境計測を実施する際の参考として利用できるように、上記の成果などをもとに、気中CNTの計測方法やその事例を「カーボンナノチューブの作業環境計測の手引き(以下、「作業環境計測手引き」という)」(日本語版および英語版)としてとりまとめました。「作業環境計測手引き」では、気中CNTの計測方法として、(1)エアロゾル計測器、(2)炭素分析などによる定量分析、(3)電子顕微鏡観察について、それぞれ方法の詳細ならびに長所・短所および有用性をまとめています。そして、現実的なCNT濃度の計測方法の一例として、図2のように、作業環境において年に数回炭素分析を実施し、日常的なチェックは小型・簡易なエアロゾル計測器で行うといった、より正確な方法とより簡易な方法の状況に応じた使い分けを提案しています。また、参考として、具体的な計測事例を示しています。
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図2 作業環境における気中CNTの現実的な計測方法例 |
今後は、産総研オープンラボ(2013年10月31日~11月1日に産総研つくばセンターで開催)や学会などでの発表、関連企業・団体への説明会などを通じて、これら二つの文書の活用を促します。また、TASCと産総研では、安全性評価や作業環境計測を必要とする事業者に対し、これらの文書に記載されている技術に関する技術相談、技術移転などの支援を進めていきます。さらに、本プロジェクトでは「安全性試験手順書」(英語版)を今年度中に公開する予定です。「作業環境計測手引き」と併せて、国際機関や国際活動などへの技術情報提供を行っていきます。