独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ヒューマンライフテクノロジー研究部門【研究部門長 赤松 幹之】鎮西 清行 副研究部門長は、内視鏡画像処理などを行う医療機器用のソフトウエアを開発するための、SDK(開発者向けソフトウエア開発キット)SCCToolKit(Small Computings for Clinicals ToolKit、エスシーシーツールキット)を無償公開する。SCCToolKitに関するウェブサイトでの情報提供を平成25年9月19日から開始し、併せてソフトウエアを中心に構成される医療機器の開発を支援する活動を展開する。
この開発キットは、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「がん超早期診断・治療機器の総合研究開発/超低侵襲治療機器システムの研究開発/内視鏡下手術支援システムの研究開発」プロジェクト(平成19~23年度)などで開発したシステムを、産総研が「小型安価なパソコンで動作する」「簡単・単機能」に機能を限定し、医療機器のソフトウエア開発用に再編したものである。平成25年5月に閣議決定された薬事法改正案で、医療機器の機能を持つソフトウエア単体(以下「ソフトウエア医療機器」という)の製造販売を認める方向となったことを受け、開発キットとして無償公開する。
今回の開発キットを企業などがソフトウエア開発に導入すれば、臨床スタッフが試用しやすいシステムとなり、機能の洗練や実用化につながるものと期待される。なお、この開発キットの詳細は、平成25年9月22~26日に愛知県名古屋市で開催される国際会議MICCAI 2013(第16回コンピュータ医用画像処理ならびにコンピュータ支援治療に関する国際会議)で発表される。
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ソフトウエア開発キットSCCToolKitを用いた内視鏡画像処理システムの例
スマートフォン(右)で設定変更することが可能。 |
医療機器の世界市場は年率約8 %で拡大している成長分野だが、国内医療機器市場は約6,000億円の輸入超過となっている。特に、欧米主要企業が医療機器とサービスを一体化する戦略を展開するのに対し、国内勢はサービスやソフトウエアの面で遅れをとっているとされる。
医療機器の上市にあたっては、薬事法の製造販売承認などの規制がある。現在、同法上の医療機器の機能を持つソフトウエアは、ハードウエアと一体で製造販売するものとされており、ソフトウエア単体での製品は医療機器としての製造販売が認められていない。このため、ソフトウエア医療機器は国内では製品化できず、産業として育っていなかった。
しかし最近では、医療機器に相当する機能を持つスマートフォン用のソフトウエアが、海外のサーバーからダウンロード販売されているため国内でも入手可能になる、海外の多くの国・地域でソフトウエア医療機器が法的に定義されており、その流通が認められるなど、ソフトウエア医療機器をめぐる状況に大きな変化が生じている。政府は、平成25年5月に薬事法の抜本改正を目指した法案を閣議決定し、その中で、ソフトウエア医療機器の概念を導入するとしている。これにより、我が国でもソフトウエア医療機器の流通に多様な形態が生まれ、多様なサービスやソフトウエアのビジネスモデルにつながることへの期待が高まっている。
産総研は、NEDOの「がん超早期診断・治療機器の総合研究開発/超低侵襲治療機器システムの研究開発/内視鏡下手術支援システムの研究開発」プロジェクト(平成19~23年度)などにおいて、共同実施の大学などと共に、医療機器ログシステムなどの開発を行ってきた。これらは、大型のパソコンで動作し、多くの開発用の機能を付加した研究中のシステムであることから、熟練した研究者が操作するためのシステムとなっていた。このため、そのままでは手術室などで医療スタッフだけで扱うことが困難なシステムであった。
SCCToolKitは、これまで開発した研究用システムを、医療スタッフだけで扱えるように機能を限定し、かつ小型のパソコンで動作できるように編成し直したものを、ソフトウエア開発キットとして整備したものである※(図1)。
※この開発キットおよびキットに含まれるサンプルプログラムは、研究開発を目的とするものである。この開発キットは、薬事法上の製造販売承認を受けたものではない(ソフトウエアのみにより構成されることから、現行薬事法上の医療機器には該当しないが、本ソフトウエアを搭載した機器は医療機器に該当することがある)。
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図1 ソフトウエア開発キットSCCToolKitの概要 |
SccToolKitの主な機能は、1) 市販ハードウエアを併用したHDTV映像の取り込み、2) USB接続カメラなどからの映像の取り込み、3) スマートフォンを使った設定変更などの操作(図2)、4) モニターへの画面表示、である。
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図2 スマートフォンを使った操作
設定変更などが必要な場合は、スマートフォン画面を通して行う。 |
技術的な特徴は、1) 映像の取込みから表示までの遅れ時間が短く、人間が知覚できる限界の0.2秒以下(図3)を達成した。この遅れ時間は専用ハードウエアを使用する既製品と同等の性能である。また、2) 小型のパソコンでもその性能を達成したことである。現在は、Apple社のMac MiniなどのMacシリーズで動作しており、将来的にはWindowsが動作するIntel社のNUCフォームファクターの小型パソコンでも動作するように拡張する予定である。
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図3 映像の取り込みから表示までの遅れ時間の短縮 |
小型パソコンを使用して、映像取得からモニターへの表示までの遅れ時間0.2秒以下を達成した。これは人間が知覚できる限界以下の遅れ時間であり、性能的に専用ハードウエアを使用する既製品と同等である。 |
この開発キットは、これを利用した商用プログラムを開発でき、かつプログラムのソースコードの独自改良部分の公開を要求しない特徴を有する「BSD系ライセンス」により公開する。産総研では、この開発キットを利用する企業や研究機関との共同研究を積極的に推進する。共同研究として実施する開発については、産総研がそのプログラムやシステムの有効性・安全性の評価に参画する。これにより、ソフトウエア技術を中心とする医療機器の開発・臨床実用化を支援する活動を開始する。
医療機器やそのソフトウエアの開発を行う企業や研究機関にとって、この開発キットを導入し産総研と共同研究を実施するメリットとしては、1) ソースコードが公開されていることから、企業が各社の基準に沿って検証を行うことができる、2) 産総研が蓄積している薬事法制度や関連規格に関する知識を導入することができ、医療機器や医療機器ソフトウエアの分野へ新規参入するにあたっての情報を補うことができる、3) 産総研が臨床研究を含めて開発に関与することで、臨床研究を実施する医療機関とのマッチングの支援などが可能であり、臨床研究に進みやすい、などが期待できる。
また、この開発キットを用いて開発したシステムは、ユーザーである医療スタッフにとっては、1) 小型のパソコンで動作するシステムなので、手術室などでも置き場所に困らない、2) 簡単・単機能と機能が限定されているので、使い方で迷わず、アピールしたい機能を「体験」できる、3) 比較的安価のパソコンで動作するので、導入コストが安い、などのメリットを持つと期待される。
これらの特徴により、企業や大学の研究室生まれの新しいアイディア、先進的なアルゴリズムなどを備えたシステムを、小型・簡単・単機能・安価な「お試し版」システムとして提供することが可能となる。臨床研究を実施してソフトウエアの改良を進めていくという開発サイクルによって、早期に製品のコンセプトを確立して薬事申請からその後の承認、上市につなげることが期待できる。
●SCCToolKitを用いた開発例
産総研でこれまで開発を進めてきた、「遠隔手術手技指導システム」を、SCCToolKitを用いて簡単化したお試し版を試作した。産総研がシステムを開発し、学校法人 関西医科大学、国立大学法人 筑波大学と共同で、その効果に関する臨床研究を実施している。
現在、共同研究で使用しているシステムは、8チャンネル程度のカメラ映像を映像処理、合成表示する機能を持つもので、大型のパソコンを用いて構築している。このため、総額で100万円近い原価のシステムとなった。
そこで、SCCToolKitを用いて、小型カメラ2~3個を用いた最小システムを構築した(図4)。うち二つを内視鏡を模したUSB接続あるいはIEEE 1394インターフェース接続の小型カメラとし、それぞれを指導者、生徒の操作を映像化する。残り一つのカメラは指導者の指先を内視鏡画像に重ね合わせてモニターに表示する。プログラムは、Apple社のMac MiniなどのMacシリーズで動作する。小型カメラも合わせて、10万円以内の原価に抑えることができた(モニター、内視鏡を含まない)。映像処理は、上記の研究用システムと同等の機能が可能であり、映像取得から表示までの遅れ時間が0.2秒以内であることを確認した。
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図4 SCCToolKitを用いた、遠隔手術手技指導システムのお試し版 |
フルシステムは8チャンネル程度のカメラ映像を合成表示する機能を持ち、大型のパソコンを用いていたため、総額で約100万円近い原価のシステムであった。SCCToolKitを用いて、小型カメラ2~3個を用いたお試し版システムを構築した。10万円以内の原価に抑えることができた。 |
ウェブサイト(http://scc.pr.aist.go.jp)での情報提供を平成25年9月19日から開始し、この開発キットを活用した、ソフトウエア技術を中心とする医療機器の開発と臨床実用化を支援する活動を平成25年度内に開始する予定である。
技術的には、セキュリティー対策などに関する海外のガイダンス文書への適合などの国際化対応をはかっていく。