発表・掲載日:2013/07/08

内陸活断層と巨大津波の痕跡を“剥ぎ取る”

-地質標本館で実物標本の観察が可能に-

ポイント

  • 活断層の掘削調査の際に国内最大級の実物標本を作製
  • 西暦869年貞観地震による津波堆積物の実物標本を作製
  • 両標本を地質標本館で展示するとともに、津波堆積物の小型標本を全国の教育機関などに貸し出し、地震防災の意識向上に貢献

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)活断層・地震研究センター【研究センター長 岡村 行信】と地質標本館【館長 利光 誠一】は、過去の巨大地震の痕跡である内陸活断層津波堆積物の実物標本を採取し、展示する。今回採取した標本の大きさは、内陸活断層、津波堆積物ともに国内最大級であり、学術標本としてだけでなく展示物としても価値が高い。また、標本を作製する過程で併せて作られた津波堆積物の小型標本を、全国の教育機関などに貸し出す予定で、標本の観察を通じた地学教育への貢献が期待される。

 内陸活断層の実物標本は2013年7月13日から茨城県つくば市の地質標本館で常設展示する。また、津波堆積物の実物標本は2013年7月20日(産総研つくばセンター 一般公開)から11月1日までの約3カ月間の期間限定で、同じく地質標本館で展示する。

内陸活断層の実物標本の写真
(左)内陸活断層の実物標本
  採取した西暦869年貞観地震による津波堆積物の写真
(右)採取した西暦869年貞観地震による津波堆積物(剥ぎ取り作業前)


研究の背景と経緯

 活断層・地震研究センターでは、全国の内陸活断層の活動間隔や規模を明らかにするため、また沿岸域における津波浸水履歴を明らかにするため、地形・地質調査を全国各地で継続的に行ってきた。これらの調査により得られた成果は、学会発表や報告書などを通じて報告・公開を行ってきたが、一般社会への普及活動は必ずしも十分ではなかった。今回、地震に関する調査結果の普及促進のため、糸魚川-静岡構造線活断層系で行ったトレンチ調査の際に採取した地層の実物標本と、仙台平野で採取した西暦869年貞観地震による津波堆積物の実物標本を地質標本館で公開することにした。

 なお、今回の研究は、2011年度第3次補正予算「巨大地震・津波災害に伴う複合地質リスク評価」の一環として行ったものである。

研究の内容

【内陸活断層の調査】

 糸魚川-静岡構造線活断層系は、全長150 kmにおよぶ大規模な活断層系で、近い将来の地震発生可能性が最も高い断層系の一つとされている。この断層系では1980年代から地形・地質の調査が進められてきたが、過去に発生した個々の地震がどのような規模と頻度で繰り返されたのかという点には議論の余地が残されていた。今回の研究では、糸魚川-静岡構造線活断層系の中央部に位置する長野県岡谷市の岡谷(おかや)断層においてトレンチ調査を行い、この場所における大地震の頻度を調査した(図1)。

岡谷断層における調査現場の写真
図1 岡谷断層における調査現場

 今回の調査の結果、過去4回分の大地震の痕跡を確認することができた。放射性炭素年代測定の結果、最も新しい大地震は700~1700年前に発生しており、西暦762年もしくは841年の歴史地震であった可能性が示された。調査の過程で、トレンチ壁面の中で最も明瞭な主断層の部分について、堆積物の剥ぎ取りを行い地層の実物標本を作製した(幅 約2.5 m × 高さ 約4.5 m)。この実物標本の範囲内では、最近2回分の過去の大地震の痕跡を読みとることができる。

【津波堆積物の調査】

 産総研では、2004年より、日本海溝沿いにおいて発生した過去の巨大津波の痕跡を調べてきた。特に仙台平野では、西暦869年貞観地震による津波堆積物の分布を詳細に調べ、当時の浸水域を復元してきた。その結果、貞観地震とそれにより発生した津波は、仙台平野が20世紀に経験したどの地震(1936年や1978年の宮城県沖地震など)や津波(1960年チリ地震による津波など)よりも大きかったことを明らかにした。こうした研究成果は2010年までに報告していたが、成果が社会に広く普及する前に2011 年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生した。地層に残された過去の記録を周知して防災に生かすことができなかったという教訓から、より多くの方々に巨大津波と地層との関係を知っていただくため、今回の調査では、2011 年と西暦869年貞観地震による津波堆積物を実物標本として残すための作業を行った。

 今回の掘削調査では、地層抜き取り装置を用い、宮城県仙台市若林区において、幅 約1 m、深さ 約1.5 mの地層を採取した(図2)。採取した地層では、厚さ10~20 cm程度の貞観地震の津波堆積物を観察することができた。内陸活断層と同様の方法で、採取した地層から剥ぎ取り作業を行い、地層の実物標本を作製した。このうち、大型のものを組み合わせてL字型の実物標本(長辺幅 約2 m × 短辺幅 約1 m ×高さ 約1.5 m)を作製した(図3)。また併せて、小型の実物標本(幅約20 cm × 高さ 約1.5 m)も作製した。
試料採取のため長方形の箱を打ち込んでいる様子の写真
(左)試料採取のため長方形の箱を打ち込んでいる様子
箱にシャッターを差し込んだ様子の写真
(右)箱にシャッターを差し込んだ様子
図2 地層抜き取り装置を使用した試料採取風景
 
試料を採取するための長方形の箱を打ち込んだ後、その箱に蓋をするようにシャッターを差し込む。箱とシャッターを一緒に引き上げることによって、地層を抜き取るように試料を採取できる。

作製された津波堆積物の実物標本の写真
図3 作製された津波堆積物の実物標本(メジャーの数字は10 cm毎)

今後の予定

 内陸活断層については、今後さらに詳しい年代測定を行い、歴史地震以前の地震の発生時期を調べていく予定である。津波堆積物については、詳細な年代測定、堆積物の化学分析や粒度分析などを行い、貞観の津波堆積物の特徴を詳しく調べる予定である。

 今回の研究の過程で作製したこれらの実物標本は、地質標本館において公開する。内陸活断層の標本は、2013年7月13日より常設展示される。津波堆積物の標本は、2013年7月20日(産総研つくばセンター 一般公開)から約3ヶ月間、期間限定で展示される。また、標本を作製する過程で作られた津波堆積物の小型標本については、今年度から全国の教育機関などに貸し出しする予定で、地層の実物を観察することにより、地学教育・地震防災に対する意識向上への貢献が期待される。



用語の説明

◆活断層
過去10万年ないし数十万年程度の間に繰り返し活動しており、将来も活動して地震を引き起こす可能性のある断層のこと。[参照元へ戻る]
◆津波堆積物
津波によって海底あるいは海岸の堆積物が削り取られ、その後、別の場所に堆積した砂泥や石の総称。平穏な環境下で堆積した層(泥炭層や泥層)の中に、砂層として挟まれることが多い。津波堆積物の年代値から津波の再来間隔を推定したり、その分布から過去の津波浸水域や規模を把握したりできる。[参照元へ戻る]
◆糸魚川-静岡構造線活断層系
日本の内陸活断層のなかでも最も長く大きな断層系の一つで、その全長は150 kmに達する。長野県諏訪市にある諏訪湖は、この断層系のずれによって作られた湖と考えられている。今回調査した岡谷断層は、諏訪湖の北西に位置する。[参照元へ戻る]
◆トレンチ調査
断層上の地表に深さ数メートル程度の溝(トレンチ)を掘り、その壁面に露出した地層を観察することにより、断層の過去の活動時期やずれの量などを調査する方法。[参照元へ戻る]
◆西暦869年貞観地震
平安時代に編さんされた「日本三代実録」には、貞観十一年五月二十六日(西暦869年7月9日)に陸奥国(現在の宮城県中南部、山形県の内陸部、福島県のほぼ全域)で大きな地震と津波が起きたと記されている。産総研による研究結果では、地震の規模を示すMw(モーメント マグニチュード)は少なくとも8.4であった。[参照元へ戻る]
◆放射性炭素年代測定
放射性炭素14原子(以下「炭素14」という)が約5,730年で半減する性質を利用し、年代を推定する方法。大気中には一定量の炭素14が含まれており、生物中の炭素14は呼吸によって大気と同じ割合に維持されている。しかし生物が死滅すると、大気と同じ割合だった炭素14の壊変が始まり、時代とともに生物遺体中の炭素14が減じていく。この減少率を利用して、生物遺体を含む地層の年代を知ることができる。半減期の長さから、約6万年前から約400年前までの年代測定に有効とされている。[参照元へ戻る]
◆歴史地震
機器観測が行われる前に発生した過去の地震のうち、古文書などの記録に記されている地震のこと。[参照元へ戻る]
◆堆積物の剥ぎ取り
地質調査の過程で、後日に地層を詳細に観察できるようにするため、また堆積物の構造をより詳細に見るため、特別な接着剤を使用して地層の表面を“剥ぎ取る”ことがある。粗い砂や石の地層には接着剤が多く染み込んで厚く堆積物が付着するが、逆に、細かい泥質層には接着剤が染みにくいために堆積物が薄くしか付着しない。このコントラストによって、堆積構造を明瞭に観察することができる。[参照元へ戻る]


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