独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 鎌形 洋一】植物機能制御研究グループ 大島 良美 産総研特別研究員、光田 展隆 主任研究員らは、独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構【理事長 堀江 武】(以下「農研機構」という)花き研究所【研究所長 村上 ゆり子】と共同で、植物の表面を覆うクチクラ形成の鍵となる制御遺伝子を発見した。
クチクラは植物の表面に光沢を与えている脂質ポリマーで、最表面に形成されて植物を、風雨、乾燥、紫外線、病原菌などの外部環境から守っている。今回、このクチクラ形成を促す働きをもつ遺伝子MYB106、MYB16を発見した。また、これらの制御遺伝子が制御しているクチクラの形成は、組織の形成や細胞の伸長と連動していることがわかった。
これらの遺伝子によって生産されるタンパク質は、複数の遺伝子の働きの調節に関わる転写制御因子である。転写制御因子を利用することで、多くの遺伝子の働きを一気に変えることができるため、クチクラが含む植物性のワックスの改変、植物表面の形状の改変がより容易になり、ストレス耐性や病害抵抗性の付与、有用ワックス生産用作物の作出、花びらの質感が向上した花きの開発など、多方面への応用が期待される。
なお、この研究成果の詳細は、2013年5月24日(米国東部時間)に米国の科学誌「The Plant Cell」オンライン版に掲載される。(DOI:10.1105/tpc.113.110783)
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クチクラの形成を変化させた植物の表面(写真はシロイヌナズナ) |
植物は重要な資源であり、昔から食料や衣類・住居の材料として利用されるとともに、園芸植物などとして人々に癒しを与えてきた。また、近年、漢方薬やバイオ燃料、工業材料など、植物由来の医薬品や材料が注目を集めており、その用途も広がりつつある。クチクラの成分の一つである植物性ワックスは化粧品、食品、潤滑剤、塗装、燃料などに広く利用されている。また、植物の表面を覆うクチクラは赤道直下や乾燥地・乾期の植物で厚く発達することから乾燥や光からの防御に重要な役割を果たすことが知られていたが、成分の複雑さから育種形質の対象にはなってこなかった。しかし近年の分子生物学の発展により、クチクラ形成の鍵となる制御遺伝子が同定できれば病害抵抗性や環境ストレス耐性を持つ植物の開発、有用ワックスの生産、質感の向上した花きの開発など応用利用の可能性が出てくるものと期待されていた。
産総研では、工業材料・医薬品・食料生産などへの応用を目指して、植物遺伝子、特に、多くの遺伝子の働きを総括的に制御する転写制御因子類の研究を行ってきた(2010年3月16日、2011年3月11日、2012年11月19日産総研プレス発表)。これらの研究により開発されたキメラリプレッサーサイレンシング法(CRES-T法)や構築された転写制御因子ライブラリーは、汎用的なツールとして、既に世界各国において基礎・応用の多様な転写制御因子解析に用いられている。また、産総研では汎用ツールの開発に加えて、植物の形、サイズ、物質生産など、さまざまな現象に関わる個別の転写制御因子の研究も進めている。今回は植物表面の物質生産や形状を制御する機構について研究を行った。
なお、この研究は、農研機構 生物系特定産業技術研究支援センターのイノベーション創出基礎的研究推進事業(発展型研究一般枠)「CRES-T法を基盤とした花きの高度形質制御技術の実用化」(平成22年度)による助成を受けて行った。
植物が水中から上陸して以来、クチクラは大気中の環境から植物を守っている。ワックスやクチンなどの疎水性の物質が植物の表面に分泌されてクチクラを形成することにより、内側の水分の蒸発を防いだり、外からの水をはじいたりするとともに、強光や病原菌から植物を防御する。また、植物が新しい葉や花を伸ばす際に組織間の潤滑剤として働いて組織の癒着を防いでいる。そのため組織や細胞の伸長、外部環境の変化に合わせて分泌されることが植物の生育に必須である(図1)。
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図1 植物のクチクラが関与する現象の例 |
今回、モデル植物であるシロイヌナズナから、クチクラの形成を促す転写制御因子MYB106、MYB16を発見した。これらの転写制御因子は近縁タンパク質であり、いずれもクチクラのワックスやクチンの分泌を増やす因子であった。これらMYB106、MYB16を遺伝子組換え技術によりシロイヌナズナで過剰に作らせると葉のクチクラワックスを増やすことができた。MYB106についてはトレニアで過剰に作らせても同様の結果となった。逆にMYB106、MYB16の機能を阻害するとクチクラワックスが著しく減少し、育つにつれて組織同士がくっついてしまった。二つの転写制御因子のうち、MYB106はクチクラワックスやクチンの分泌を増やすもう一つの既知の転写制御因子(WIN1/SHN1)の合成を活性化し、これらが協調してクチクラの形成を促進していることがわかった(図2)。
一方、MYB106とMYB16は植物の葉・茎・花の表面に形成される「毛」や花びらの円すい形の細胞などの立体的な形を決める働きをもつ転写制御因子(MIXTA)の仲間であり、今回の研究ではその観点からも詳細な研究を行った。その結果、これら二つの転写制御因子の機能を阻害したり過剰に作らせたりすると、クチクラワックスの減少または増加だけでなく、表皮細胞の形態形成も不完全になることがわかった。このことから、植物表面の細胞の形づくりと表面のクチクラ形成が連動して制御されていることが初めて示された。
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図2 表面のクチクラと細胞の形づくりの制御 |
今後はMYB106、MYB16、WIN1/SHN1の働きを部分的に増強したり、阻害したりすることで植物の環境ストレス耐性、表面形状などを改変する技術の開発を行い、実際の作物育種に応用する。また、ワックスやクチン合成のための脂質代謝経路に広く作用するこれらの3因子を操作することで、植物性ワックスや有用脂質の人工大量生産系の開発につなげていきたい。