独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)太陽光発電工学研究センター【研究センター長 近藤 道雄】先端産業プロセス・低コスト化チーム 齋 均 主任研究員は、太陽光発電技術研究組合【理事長 桑野 幸徳】(以下「PVTEC」という)と共同で、薄膜シリコン太陽電池内部の光吸収力を増強する新しい光閉じ込め構造を開発した。この構造を用いた薄膜微結晶シリコン太陽電池でこれまでで最高となる発電効率10.5%を達成した。
今回開発した光閉じ込め構造は、従来用いられてきた不規則性をもつ光散乱構造と異なり、直径数µmの穴が蜂の巣状に並んだ周期構造(ハニカムテクスチャ)をもつ。この周期構造では、光閉じ込め構造の形状やサイズと太陽電池特性の相関を明確に把握できた。これを元に、ハニカムテクスチャを最適化し、さらにドーピング層と透明導電膜を高度化したことで、高い短絡電流密度が得られた。
この結果は、高度に制御した光閉じ込め構造によって太陽電池内部の光吸収力を効果的に増強できることを示し、設計の最適化や多接合太陽電池への応用によって、一層の高性能化・高効率化が期待される。
なお、この技術の詳細は、2013年3月27~30日に神奈川県厚木市の神奈川工科大学で開催される第60回応用物理学会春季学術講演会と4月1~5日(米国時間)に米国サンフランシスコ市で開催される米国材料学会で発表される。
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ハニカムテクスチャ構造の基板上に形成した微結晶シリコン太陽電池(直径5 cm) |
近年、再生可能エネルギーの一つとして太陽電池の普及が積極的に進められており、現在製品化されている太陽電池の多くは結晶シリコン太陽電池である。今後の太陽電池の普及促進に向けて、さらなる低コスト化が求められる一方、新たな市場の開拓に向けた建材一体型の太陽電池の開発なども進められている。
薄膜シリコン太陽電池は、発電層として膜厚数µm以下のシリコン薄膜を用いるため、原料の資源的制約がほとんどなく、プラズマ援用化学気相堆積法による大面積基板への一括製膜が可能で、量産によりコストを削減しやすいという特長がある。また、結晶シリコン太陽電池では難しい集積型構造を形成できるため、建材一体型太陽電池への展開が容易である。しかし、普及には、結晶シリコン太陽電池の約半分と低い発電効率の向上が求められている。
現在の薄膜シリコン太陽電池は、広い波長帯に渡って分布する太陽光エネルギーを有効に活用するため、可視域の光で発電するアモルファスシリコン太陽電池と、可視~近赤外域の光で発電する微結晶シリコン太陽電池を積層した多接合型太陽電池が一般的で、発電効率の向上には、それぞれの発電効率を高める必要がある。
産総研は、薄膜シリコン太陽電池の高性能化を目指した研究開発を進めてきた。微結晶シリコン太陽電池については、三菱重工業 株式会社と共同で高速製膜と高い発電効率を両立する高圧枯渇法を開発したほか、最近では光閉じ込め構造の研究を進めてきた。
PVTECは、次世代太陽電池の迅速な産業化を目指す研究開発拠点として、PVTECつくば研究所を産総研内に設立し、特に大面積薄膜シリコン太陽電池の高性能化に向けた研究開発を進めてきた。
微結晶シリコン太陽電池の発電効率の向上における技術的課題の一つに、光吸収力の増強がある。今回、発電層内部で十分に光を吸収させるために、光を閉じ込める技術の開発に、共同して取り組んだ。
なお、本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構NEDOの委託事業「太陽エネルギー技術研究開発 太陽光発電システム次世代高性能技術の開発 次世代多接合薄膜シリコン太陽電池の産学官協力体制による研究開発(平成22~26年度)」により行った。また本研究の一部は、産総研IBECイノベーションプラットフォームの支援を受けて、ナノプロセシング施設において実施された。
微結晶シリコン太陽電池では、光吸収係数が小さい結晶質シリコン材料を薄膜にして用いるため、高効率化には発電層内部に光を閉じ込めて十分に光を吸収させる技術が不可欠である。これまでは、基板上に大きさ0.1~10 µm程度の微細な凹凸をもつテクスチャ構造を形成し、この構造の光散乱効果によって発電層内部の実効的な光路長を伸ばして光吸収力を増強する技術が用いられてきた。しかし、シリコン薄膜を険しい形状のテクスチャ構造上で形成すると内部に欠陥が発生し、発電特性が劣化する。このため、過度なテクスチャ構造を用いると光吸収力が増強できても発電効率は向上しない。また、薄膜シリコン太陽電池において用いられる光閉じ込めのためのテクスチャ構造には、多くの場合、透明導電膜や金属電極薄膜を製膜する過程において自然に形成される凹凸構造が利用されてきた。しかし、これらは製膜条件によって形状やサイズが制限される上に不規則性をもつために、テクスチャ構造の形状やサイズと太陽電池特性との相関を十分把握できず、高性能化への指針が不明確なままであった。
こうした課題を解決するため、今回の研究開発では、光リソグラフィー工程によって制御性良く種々の光閉じ込め構造を作製し、それを用いた微結晶シリコン太陽電池を作製・評価して、構造パラメーターと太陽電池特性の相関を調べた。今回新しく開発した光閉じ込め構造は、図1に示すように直径数µmの穴が蜂の巣状に並んだハニカムテクスチャ構造をもち、個々の穴の直径や深さを独立に制御できる。そのため、広範囲での構造の形状やサイズと太陽電池特性の相関を調べることができた。また、規則的な構造であるため、不規則性によるバラつきをなくして、構造の形状やサイズが太陽電池特性に及ぼす影響をより明確化できる。
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図1 (a)ハニカムテクスチャ構造表面形状
(b)ハニカムテクスチャ構造を用いた薄膜微結晶シリコン太陽電池の断面図 |
最も高い発電効率を与えるハニカムテクスチャ構造の構造パラメーターは、太陽電池の膜厚に依存するため、膜厚に応じた光閉じ込め構造を設計する必要があること、また、適切な形状やサイズを選択すればテクスチャ構造による発電特性の劣化を最小限にできることがわかった。この結果を元に、最適なハニカムテクスチャ構造を作製し、透明性の高いドーピング層と産総研が独自に開発した透明導電性酸化物薄膜を用いることによって、薄膜シリコン型の太陽電池としては極めて高い短絡電流密度が得られ、図2に示すように薄膜微結晶シリコン太陽電池の発電効率をこれまで最高値であった10.1%から10.5%に更新することに成功した。これは、光閉じ込め構造の基本設計の見直しによるさらなる特性向上の可能性を示唆している。また、太陽電池の発電効率は、開放電圧(VOC)、短絡電流密度(JSC)、曲線因子(F.F.)の積で決まるが、今回開発した太陽電池では、短絡電流は大幅に改善されたものの、VOCとF.F.はそれぞれ 0.521 V、71.6%と従来の報告(VOC = 0.539V、F.F. = 76.6%)に比べて低い値にとどまっている。これらの改善により、さらなる発電効率向上が期待される。
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図2 今回開発した微結晶シリコン太陽電池の発電特性
太陽電池の効率を独立機関で評価した際の公式記録データ。グラフの赤線が電流-電圧特性、緑線が出力‐電圧特性を示し、ピークが最大出力になっている。VOCが開放電圧、F.Fが曲線因子、ISCは短絡電流を表し、ISCを素子面積で割ったものが短絡電流密度JSCに相当する。VOC 、F.F、JSCの積で、Eff(da)発電効率が決まる。
測定は産総研 太陽光発電工学研究センター 評価・システムチームにおいて実施した。同チームは太陽電池性能の高精度な測定技術の研究開発を行っており、米国の国立再生可能エネルギー研究所、ドイツのフラウンホーファー研究機構太陽エネルギーシステム研究所などと並び、各種太陽電池の電流電圧特性等の性能について、国際的整合性を持った中立で高精度な評価を実施している機関である。 |
今回は微結晶シリコン太陽電池について高効率化を行ったが、薄膜シリコン太陽電池は多接合構造が一般的で、発電の高効率化には全ての要素太陽電池の光吸収力増強が必要である。今後は今回開発した光閉じ込め構造を多接合型太陽電池に応用し、さらなる発電効率の向上を目指す。また、今回の成果を大面積太陽電池に応用する技術も検討し、低コスト太陽電池の実現を目指す。