独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)環境化学技術研究部門【研究部門長 柳下 宏】分子触媒グループ 藤田 賢一 主任研究員、安田 弘之 研究グループ長らは、二酸化炭素とアミン化合物を原料として、医農薬の中間体として有用な2-オキサゾリジノン誘導体を、常温常圧のまま水中で合成できる技術を開発した。
今回開発した技術では、触媒となる金の錯体を、デンドリマーと呼ばれる樹木状の構造をもつ分子で包み込み保護することで、触媒の親水性化と長寿命化を同時に実現した。この触媒を水中で使うと、反応容器が二酸化炭素で満たされた状態で、加圧や加熱をせずにアミン化合物から抗生物質やフラルタドンなどの医薬品の中間体である2-オキサゾリジノン誘導体が収率よく合成できた。この技術は、有機溶媒を使わない医農薬中間体の新しい製造法に繋がるとともに、化学品製造時の環境負荷低減に貢献すると期待される。なお、この技術の詳細は、2013年3月 22~25日に滋賀県草津市で開催される日本化学会第93春季年会で発表される。
|
環境負荷の少ない医農薬中間体製造技術のイメージ図 |
二酸化炭素は地球上に豊富に存在し、地球温暖化物質としても知られる。そのため、二酸化炭素を原料とした電子材料や医薬品などさまざまな化学品の製造技術の開発が求められていた。これまでに開発された二酸化炭素の利用例としてポリカーボネートの製造がある。ポリカーボネートの製造工程では、従来は有毒な原料を使用していたが、これを二酸化炭素に転換することによって、環境負荷の削減や製造コストの低減が実現している。
2-オキサゾリジノン誘導体は、抗生物質や医農薬の中間体として有用な化合物である。しかし、これまでの製造法では、猛毒のホスゲンや一酸化炭素などを使うため、安全な製造法の開発が求められていた。最近では、二酸化炭素を用いた 2-オキサゾリジノン誘導体の製造法がいくつか開発されている。しかし、二酸化炭素は熱力学的に安定した化合物であるため活性化させることは容易ではなく、その化学変換には、通常、高温や高圧条件が必須である。最近報告された2-オキサゾリジノン誘導体の製造法も、高圧の二酸化炭素や超臨界二酸化炭素を使用するものであり、加圧や耐圧設備など投入エネルギー面での課題が残されていた。
産総研では以前から、二酸化炭素を原料とした化学品合成に注力するとともに、さまざまな化学品製造時に排出される廃棄物を極小化できる製造プロセスの開発に取り組んできた。例えば、有機溶媒を用いない有機合成技術のため、デンドリマーを設計・利用して、水中で機能する各種錯体触媒を開発している。今回この触媒設計技術を活かし、二酸化炭素を原料として水中で2-オキサゾリジノン誘導体を合成できる新しい触媒を開発した。
二酸化炭素を原料とした 2-オキサゾリジノン誘導体の合成には、金錯体が触媒として有効である。今回、デンドリマーで被覆することで金錯体を保護して、触媒の長寿命化を実現した。さらに、デンドリマー骨格の表面に親水性の官能基を導入して、より水になじみやすくすることで、水中での触媒活性を大きく向上させることができた。
このデンドリマー型の金錯体触媒を用いると、反応容器が二酸化炭素で満たされた状態で、加熱や加圧を行わなくても、水中で二酸化炭素とアミン化合物から2-オキサゾリジノン誘導体が高い収率(86%)で得られた。市販の金錯体(収率2%)に比べて、今回開発した触媒は40倍以上の性能を示した(図1)。
|
図1 デンドリマー型金錯体触媒を用いた水中での 2-オキサゾリジノン誘導体合成 |
この技術により、アミン化合物と二酸化炭素から、常温常圧の水中で、医農薬中間体として有用な 2-オキサゾリジノン誘導体を収率よく製造することが可能になった。有機溶媒を必要としない新しい医農薬中間体の製造法に繋がり、今後の化学品製造における環境負荷低減化が期待される。
数年後の実用化を目指し、デンドリマーの構造を改良することによって、触媒の高機能化や使用する金錯体の少量化に取り組み、 2-オキサゾリジノン誘導体製造の高速化を図る。また、想定される製造プロセスについて、シミュレーションによるコスト評価を行うとともに、スケールアップの検討も進める予定である。