独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)安全科学研究部門【研究部門長 四元 弘毅】高エネルギー物質研究グループ 松永 猛裕 研究グループ長は、n-tech株式会社【代表取締役 青木 美男】(以下「n-tech」という)と共同で、不整形シリカを使った新しいタイプの遮熱塗料を開発し、化学物質の安全管理に適用するための基礎実験を行った。
従来の遮熱塗料は中空ビーズや真球ビーズを使うものが主流であったが、今回開発した遮熱塗料は中空ビーズや真球ビーズよりも安価な粒子径1~4 µmの不整形シリカを用いるため、材料コストの低減が期待される。また、温度刺激による劣化が少なく、塗膜厚を0.2 mmと薄くしても遮熱効果が得られる。
この塗料を輸送用コンテナに塗布したところ、良好な遮熱効果があることが確認された。また、換気装置と併用することで結露を防げるため、コンテナで輸送する物品の過剰な包装を減らすことが可能となる。さらに、石油タンクの天板の一部にこの塗料を塗布する実験では、表面温度が未塗布部よりも10 ℃以上低くなることが確認された。低温で貯蔵する必要がある化学物質の管理が容易になることが期待される。
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従来の中空ビーズを用いた遮熱塗料の拡大図(左)
今回開発した不整形シリカを用いた遮熱塗料の拡大図(右) |
遮熱塗料は、主に建物外壁に塗布することにより、室内温度を下げて、エアコンなどの消費電力を削減する省エネルギーの観点から注目されているが、遮熱塗料を化学物質の安全対策に適用する試みはあまり行われていなかった。
従来、発火や爆発の危険性のある化学物質の輸送を行うコンテナでは温度管理を適正に行う必要があり、揮発性の高い化学物質の輸送コストが高いという問題があった。また、気温の上昇に伴い結露が起こり、コンテナ内の貨物に影響を与えてしまうという問題があった。そのため、それらの問題を解決できる高性能な遮熱塗料の開発が期待されている。
産総研は、化学物質の発火・爆発災害を防止するための研究を総合的に行っており、国際連合が勧告する危険物の分類試験や輸送基準については、各種試験法の改良を行い、その結果を国際連合の専門家委員会で提案している。また、火薬類の安全な包装形態に関しても実証実験を行ってきた。一方n-techは、不整形シリカを用いた新しいタイプの遮熱塗料を開発しており、その用途を探していたため、今回、共同で化学物質の安全管理への利用に向けた実証実験を行った。
2012年9月に揮発性の高い化学物質の輸送を想定し、輸送用コンテナを用いて遮熱塗料の塗布実験を行った。まず、(1)今回開発した遮熱塗料を塗布し、内装材と換気装置(ベンチレーション)を設置したドライコンテナと、(2)遮熱塗料を用いず、通常の塗装で換気装置(ベンチレーション)のないドライコンテナとの比較を行った。また、化学物質の輸送形態のモデルとして、内部に水を9割まで満たして密閉した70 Lのポリバケツを設置し、側面に温度計を取り付けた。バケツ表面温度の推移をコンテナ内部の温度、露点と比較して、結露の有無を予測した。
この実験の結果、(1)および(2)の条件においてバケツ表面の温度(水槽温度)に明らかな違いは認められないが、(1)の遮熱塗料を塗布したコンテナの方が、より水温が安定していた。また、外気温に対してコンテナ内温度は低下しているため、遮熱効果が確認された。揮発性が高く、危険性のある化学物質の輸送を行うコンテナの輸送コストの低減が期待される。また、今回開発した塗料を換気装置と併用することで、コンテナ内部の気温の上昇に伴う結露を防げるため、コンテナ内の貨物が影響を受けるという問題を解決できる(図1)。結露が発生しないため、コンテナ輸送する貨物の過剰な包装を省くことができる。また、化学物質の種類によっては管理が必要となる温度まで温度が上昇しないため、保冷設備を備えたリーファーコンテナを使う必要がなくなると期待される。
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図1 今回開発した遮熱塗料を用いたコンテナの遮熱・結露の実験結果
計測(1)コンテナ塗装あり(内装+ベンチレーション)/ 計測(2)コンテナ塗装なし |
続いて、2012年9月下旬に石油貯蔵タンクの屋根の一部に今回開発した塗料を塗布し、塗布部と未塗布部の表面温度の違いを測定した。その結果、塗布部の表面温度が未塗布部に対して10 ℃以上低いことが確認された(図2)。
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図2 今回開発した遮熱塗料の塗布部と未塗布部のオイルタンクの温度の差異 |
この結果から、タンク内部の温度上昇を抑えられる可能性があり、内部の冷却をするために使用している液体窒素の量を低減できることが期待される。また、コンテナの実験結果から見られるように、今回開発した遮熱塗料の特長として、急な雷雨などによる急激な外気温の変化があっても、石油貯蔵タンク内部の温度変化を抑えることができると期待される。
民間の化学企業と連携しながら、コンテナだけでなく、石油タンク、ガスタンク、タンクローリー、火薬庫などに塗装し、実証試験を行い、n-techから早期の実用化を目指す。
具体的には、貯蔵タンクに塗装を行い、タンク内の圧力調整に使用している窒素ガス削減率の評価と、天候急変時における急激な温度上昇および下降が及ぼす安全管理影響の研究を行う。また、コンテナに対しては赤道近くの船での輸送を想定し、遮熱効果の研究などを行う。