発表・掲載日:2013/01/29

凝集しにくい粒径約20 nmのコアシェル型ナノ粒子を開発

-光学フィルムへの応用に期待-

ポイント

  • 酸化セリウムとポリマーからなるナノ粒子の粒径を従来の2分の1以下に
  • このナノ粒子を高濃度に含有させて樹脂フィルムに透明性を維持したまま高屈折率を付与
  • ナノ粒子の量産化の研究開発を推進し、サンプル提供を開始

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【研究部門長 村山 宣光】電子セラミックプロセス研究グループ 申 ウソク 研究グループ長、伊豆 典哉 主任研究員、伊藤 敏雄 研究員は、北興化学工業株式会社【代表取締役社長 中島 喜勝】(以下「北興化学工業」という)と共同で、凝集しにくい粒径約20 nmのコアシェル型酸化セリウム(セリア)/ポリマーハイブリッドナノ粒子(以下「セリアナノ粒子」という)とその粒子を含有する樹脂フィルムを開発した。

 これまでコアシェル型のセリアナノ粒子は小さくても粒径50 nmまでのものしか作製できなかったが、今回、粒子の構造や生成機構の解明を通じて粒径約20 nmのセリアナノ粒子の作製に成功した。このセリアナノ粒子を高濃度に含有する樹脂フィルムは、高屈折率と透明性の両方を兼ね備えており、高性能な光学フィルムへの応用が期待される。これまで数g程度しかサンプルを供試できなかったが、量産化の研究開発を推進し、北興化学工業から100 g~1 kg程度提供可能となっている。

 この成果は、2013年1月30日~2月1日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催される「nano tech 2013 第12回 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」において展示される。

コアシェル型セリアナノ粒子の分散液(a)と粒子含有樹脂フィルムの写真
コアシェル型セリアナノ粒子の分散液(a)と粒子含有樹脂フィルム(b)
粒径20 nmの場合は粒径の大きいものに比べて透明性が高い

開発の社会的背景

 映り込みが大きいと映像などが鮮明に見えないため、ディスプレイ表面には反射防止フィルム(図1)が使われている。反射防止フィルムの高性能化には、高屈折率層の屈折率を上げることがその方法の一つである。一般的に樹脂フィルム(高分子)は屈折率が低いため、酸化物との複合化により屈折率の向上が図られるが、樹脂フィルムと複合化するには、ナノ粒子を導入する際に凝集させずに分散させる必要がある。一般にナノ粒子は体積に対する表面積が大きいため凝集しやすく、粒子の凝集は光の散乱要因となり樹脂フィルムの透明性を悪くする。このため、樹脂フィルムに凝集させずに分散できる高屈折率の酸化物ナノ粒子が待ち望まれていた。

ディスプレイ用の反射防止フィルムのイメージ図
図1 ディスプレイ用の反射防止フィルムのイメージ図

研究の経緯

 産総研では、これまでに図2に示す球状のコアシェル型セリアナノ粒子を開発した(2007年1月25日 産総研プレス発表)。このナノ粒子は水やアルコールへの分散性が非常に優れ、粒径分布が小さいという特長があり、また、セリアは屈折率が高いため、高屈折率層に使われる樹脂フィルム用のナノ粒子としての活用が期待された。しかし、粒径が50 nm程度と大きいため、凝集させずに均一に分散しても樹脂フィルムの透明性に問題があった。

 そこでさらに研究を進め、球状のコアシェル型セリアナノ粒子の構造や生成機構などを解明し、それらを基に北興化学工業と共同で、水やアルコールへの分散性を損なわずに、粒径を小さくする研究開発を推進してきた。また、コアシェル型セリアナノ粒子を分散させた光学フィルムの開発やナノ粒子の大量合成技術の開発に取り組んできた。

コアシェル型セリアナノ粒子の(a)透過型電子顕微鏡写真と(b)イメージ図
図2 コアシェル型セリアナノ粒子の(a)透過型電子顕微鏡写真と(b)イメージ図

研究の内容

 球状のコアシェル型セリアナノ粒子の構造や生成機構などの知見に基づき、ナノ粒子の合成条件を最適化した。すなわち、合成時の温度や時間の制御、原料濃度の最適化により、セリアナノ粒子の粒径を約20 nmまで小さくできた(図3)。また、このコアシェル型セリアナノ粒子は、水やアルコールへの分散性が良好であった。樹脂フィルムは、光硬化性樹脂、ナノ粒子、溶剤からなるインクを基材に印刷して得られるが、このインクにおいてもナノ粒子は凝集しないことが確認された。

粒径約22 nmのコアシェル型セリアナノ粒子の走査型電子顕微鏡写真
図3 粒径約22 nmのコアシェル型セリアナノ粒子の走査型電子顕微鏡写真

 次に、約30 重量%のセリアナノ粒子を含む樹脂フィルムを作製し、その透明性を評価した結果を図4(a)に示す。図の縦軸はヘイズ値(濁度)で、透明性に欠けるほどヘイズ値が大きく、透明性が高いフィルムではこの値が低くなる。粒径が50 nmと37 nmのセリアナノ粒子と複合化した樹脂フィルムでは、厚さが3500 nmのときにヘイズ値はそれぞれ約3.5 %および2.3 %であり、基材のヘイズ値よりも大きく、樹脂フィルムが濁っていることを示す。粒径がさらに大きい約90 nmのセリアナノ粒子を複合化したものは、ヘイズ値が約5.6 %であり、図4(b)に示すように濁っていることが明確に分かる。一方、粒径22 nmのセリアナノ粒子を複合化したフィルムのヘイズ値は、基材のヘイズ値よりも小さく、樹脂フィルムに濁りがないことが確認された。また、この樹脂フィルムは紫外線(UV)遮蔽性ももつが、これはセリアのUV遮蔽性によるものである。このように、今回開発した粒径22 nmのセリアナノ粒子と複合化することによって可視光に対する透明性に優れ、UVはカットする樹脂フィルムが得られた。

約30 重量%のセリアナノ粒子を含有する光硬化性樹脂フィルムの写真
図4 約30 重量%のセリアナノ粒子を含有する光硬化性樹脂フィルムの
(a)膜厚とヘイズ値(樹脂フィルム+基材)の関係と(b)外観

 さらに、セリアナノ粒子を高濃度に添加した樹脂フィルムを作製し、特性を評価した。69 重量%(40 体積%)のセリアナノ粒子(粒径23 nm)を含有させた樹脂フィルムの場合、膜厚が100 nm程度でも、ヘイズ値は0.1 %以下(基材のヘイズ値を減じて算出)と非常に透明であった。また、屈折率は、波長550 nmで1.70となり、ナノ粒子を含まない樹脂フィルム自体の屈折率が約1.52であることから、屈折率が約0.18増加している。すなわち、高屈折率と透明性を兼ね備えた酸化物含有樹脂フィルムを作製できた。なお、この樹脂フィルムもUV遮蔽性能をもつ。

 産総研単独では、これまで数g程度しかサンプルを供試できなかったが、現在、北興化学工業との共同研究により大量合成に向けた研究開発を行っており、粒径分布が小さく分散性に優れたコアシェル型セリアナノ粒子(粒径20 nm~200 nm)を100 g~1 kg程度提供可能となっている。

今後の予定

 今後は良好な分散性や20 nm程度の粒径といった特長を活かしながら、材料系の拡大(ドーピング技術開発、他元素酸化物ナノ粒子開発)などを図り、光学フィルムだけでなく、さまざまな用途への応用の可能性をさぐる。



用語の説明

◆コアシェル型
コアは核、シェルは殻を意味し、一つの粒子で核と殻の素材が異なるものをこのように呼ぶ。コア-シェル型、コアシェル構造などともいわれる。[参照元へ戻る]
◆酸化セリウム(セリア)
酸化セリウムは、炭化水素の改質や一酸化炭素(CO)の酸化、窒素酸化物(NOx)の分解などの触媒として用いられる他、サマリウム(Sm)やガドリニウム(Gd)を添加することによって酸化物イオン(O2-)伝導体となる。屈折率は2.1~2.2。[参照元へ戻る]
◆ナノ粒子
一般的に1~100 nm程度の粒径(直径)の粒子のこと。ナノ粒子といわれるまで小さくすると、新しい機能や特性が出現することが多く、現在注目されている。[参照元へ戻る]
◆反射防止フィルム
低屈折率層と高屈折率層の層の厚さや屈折率を調整することにより、低屈折率層での反射光と高屈折率層での反射光が互いに打ち消しあい、反射光が抑制されるフィルム。[参照元へ戻る]
◆重量%
全重量に対する対象物の重量濃度。[参照元へ戻る]
◆ヘイズ値(濁度)
フィルムなどの透明性を表現する指標であり、通常%で表す。曇度ともいう。
ヘイズ(%) =拡散透過率/全光線透過率x100
で得られる。数値が小さいほど透明である。[参照元へ戻る]
◆紫外線(UV)
可視光より波長が短く、X線よりも波長が長い電磁波(光)であり、その波長はおよそ10 nm~400 nmである。人間の目では見えない光である。[参照元へ戻る]
◆可視光
可視光とは、電磁波のうち人間の目で見える波長のもの。その波長はおよそ400 nm~800 nmである。400 nmの波長では紫であり、波長が長くなるにつれ、青、緑、黄、赤となる。赤よりも波長が長くなると人間の目では見えない赤外線となる。[参照元へ戻る]

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