独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)情報技術研究部門【研究部門長 伊藤 智】サービスウェア研究グループ 岩田 健司 研究員、小島 功 研究グループ長、中村 章人 主任研究員、ジオインフォマティクス研究グループ 中村 良介 研究グループ長は、大量のデータの複雑で高速な処理が必要な衛星画像解析システムをクラウド(クラウドコンピューティング)上で容易に開発できる、画像解析ワークフローソフトウエア「Lavatube 2」を開発した。
衛星画像は、コンピューターによる高度な解析処理を行うことで、環境や地質、自然災害などの調査や研究に役立つ付加価値の高い情報を得ることができる。しかし、大規模な画像データを解析処理するには高速な処理が必要な場合がある。また、データの種類や目的によって処理内容や手順が異なるため、種類や目的に応じて個別のプログラムを開発する必要がある。そのため、ITや画像処理を専門としない地質や地球観測分野の科学者にとって衛星画像処理は障壁の高いものであった。
今回開発したLavatube 2は、さまざまな画像解析処理を行うプログラムをアイコンとして表現し、ウェブブラウザ上でそれらのアイコンを結びつける操作を行うことで、簡単かつ直感的に画像解析システムを構築できる。また、作成された画像解析システムは、クラウドに保存され、再利用や別の利用者との共有ができる。Lavatube 2による衛星画像を利用した研究開発の支援により、社会・科学に有用な新たな知見が得られる情報基盤を容易に構築することができるため、衛星画像などの地理空間情報の利活用の促進が期待される。
なおこの技術の詳細は、2012年10月25、26 日に産総研つくばセンターにて開催される産総研オープンラボ2012で紹介する。
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図1 衛星画像解析による三陸沿岸地域の震災復旧に向けた変化の可視化 |
画像解析は、衛星による地球観測をはじめ、医療、防犯、工場での品質検査など、さまざまな分野で必要とされる技術である。近年、多くのセンサーからの画像情報がデータ化され、大量に蓄積されつつある。特に衛星画像は高度な解析処理により、環境や地質、自然災害などの調査や研究に役立つ付加価値の高い情報を得ることができるものであり、地球を周回する衛星上のセンサーから大容量のデータが毎日取得されている。このような大容量で大量のビッグデータを解析できるクラウドコンピューティング技術の実現により、これまでにはなかった社会・科学に有用な知見が得られると期待される。しかし、画像データは文書などの構造化されたデータと比べ情報量が多く、その解析方法も対象や目的により異なってくるため、解析方法の選択や組み合わせに専門知識を必要とし、データの有効活用の障壁になっていた。
産総研が2007年に開発したLavatubeは、さまざまなアルゴリズムやパラメーターを駆使した画像解析システムの構築を行うソフトウエアである。Lavatubeでは、画像処理に必要なプログラム記述を手順ごとに1つずつアイコンで表示し、それらのアイコンを接続することで画像処理システムを簡単に構築できる。また、その場で処理結果を表示しながら、画像判定のしきい値などのパラメーターを調整できるので、効率的に開発を進めることができる。LavatubeはWindows向けに開発したオープンソースソフトウエアであり、ユーザーが自由にダウンロードし、それぞれのPCにインストールして利用できる。
一方、産総研では地球観測データの活用のための情報基盤GEO Grid(地球観測グリッド)において大量の衛星画像(衛星に搭載したASTER(Advanced Spaceborne Thermal Emission and Reflection Radiometer)センサーからの画像)を研究に利用できるように整備している。しかし、このような大量画像データの解析には、単一のPCでは処理能力や記憶容量に限界がある。そのため、クラウドコンピューティングを活用し、画像処理システムを手軽に構築できる画像解析ワークフローソフトウエアの開発に取り組んだ。
今回開発したLavatube 2は、ユーザーインターフェース“Skylight”と実行エンジン“Deepcave”の2つのパートに分け、実行エンジン“Deepcave”をクラウド上に置き、ユーザーインターフェース“Skylight”をウェブブラウザから提供する。図2はLavatube 2の構成を示す模式図であり、このような構成とすることで、次のようなメリットがある。まず、PCへのインストールが不要で、ユーザーはコンピューターの性能やOSなどの機器環境に依存することなくLavatube2を使用できる。また、“Skylight”では、最新のウェブ技術であるHTML5を活用して、さまざまな処理や手順のプログラムを組み合わせた複雑な画像解析システムであっても、ウェブブラウザ上での簡単なマウス操作で容易に作成できる。一方、実行エンジン“Deepcave”による実際のデータの解析処理は、ユーザーの手元のブラウザではなく、クラウド側で実行されるため、クラウドコンピューティングの計算能力を活用して大規模なデータを高速に処理することができる。
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図2 Lavatube 2 の構成とそのメリット |
Lavatube 2は図3に示すように、画像処理に必要な個々の機能はワークパッチと呼ばれるアイコンで表現され、OpenCVなどの画像処理ライブラリで提供される基本的な画像処理機能(カラー変換、フィルターなど)のワークパッチが、あらかじめ組み込まれている。図3は海岸線を検出する画像解析システムの構築例である。左から衛星データの検索、検索した画像の取得、カラー変換、輪郭検出という処理の流れであり、Lavatube2では処理の順番通りにそれぞれの処理を示すワークパッチを順に接続してシステムを構築する。実際の処理手順と、画面上のワークパッチのつながりが一対一に対応しているため、わかりやすく直感的な操作となる。
また、画像解析システムの開発者など専門知識のあるユーザーが、独自の画像処理や解析機能を組み込みたい場合には、ユーザーが開発したプログラムを、ワークパッチとして追加できる。
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図3 Lavatube 2 の操作例(海岸線の検出) |
Lavatube 2には、地理空間情報の国際標準化団体Open Geospatial Consortium (OGC)が策定した標準仕様(カタログ検索サービスCSW(Catalogue Service for the Web)、地図サービスWMS(Web Mapping Service)、解析処理サービスWPS(Web Processing Service))に準拠した地理情報アプリケーションに適応するワークパッチも組み込まれている。これにより図4に示すようにGEO GridをはじめとするOGC準拠の地理空間情報を提供しているデータアーカイブなどに容易にアクセスし、解析することができる。例えば、図3の一連の処理のうち、衛星データの検索と取得の処理を容易に作成できる。従来は衛星データの検索サイトなどを用いてデータを検索したあと、ユーザーの個別のPCに必要な衛星データをダウンロードしてから、ユーザー自身がプログラムを作成して解析処理を行っていた。これらの複雑で手間のかかっていた衛星画像の処理・解析のワークフローを、Lavatube2を用いて一括して実行することができるようになった。
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図4 Lavatube 2による地理空間情報との連携 |
先に示した図1は異なる日時の衛星のデータを比較することにより、変化した部分を抽出する画像解析システムをLavatube 2で構築した例である。衛星データ検索時に三陸沿岸地域を指定し、2011年6月と2012年6月のデータを比較して、この地域の震災後の復旧に向けた1年の変化を検出して可視化している。このような衛星データ間の変化を検出する処理技術は、日々刻々と変化する地球環境の監視、火山活動や防災などの研究、土地利用の解析などに利用できる重要な技術である。しかし、こういった変化検出システムの構築は容易ではなく、撮影時期による植生や天候の違いによるデータ品質のばらつきや、検出したい対象(地殻変動や建造物など)や目的により、処理内容や手順が異なり、それに合わせたパラメーターなどの調整も必要となる。こういった問題に対しLavatube 2 では、さまざまなアルゴリズムやパラメーターの組み合わせを、ユーザーがその場で実行しながら試行錯誤し開発を行うことができる。このようにしてLavatube2を用いて作成された画像解析システムはクラウドに保存され再利用や作成者以外との共有ができる。また、そのシステムに変更を加えて改良していくこともできる。このように衛星データを利用した研究開発サイクルを支援することで、社会・科学に有用な新たな知見を得るための情報基盤を構築することができ、地理空間情報の利用だけでなく、その解析技術の活用も促進される。
Lavatube 2は産総研が研究開発しているGEO Gridにおける衛星データ解析システムに組み込み、地球観測やITの研究者、技術者が利用できるウェブサービスとして提供し実証実験を行う。
Lavatube2は極めて容易にデータ処理を行い、地形や土地の変化を検出することができるので、一部の機能を一般向けに公開し、自治体における防災計画の策定などをはじめとする一般的なニーズの掘り起こしを行う。さらに、Lavatube 2は衛星データだけではなく、さまざまな画像データ解析に利用できることから、例えば、医療画像の診断支援や監視カメラ映像による防犯など、大規模な画像データ解析技術の活用が望まれている分野へも応用展開を図る。