独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノエレクトロニクス研究部門【研究部門長 金丸 正剛】連携研究体グリーン・ナノエレクトロニクスセンター【連携研究体長 横山 直樹】(以下「GNC」という)中払 周 特定集中研究専門員ら、ナノエレクトロニクス研究部門 小川 真一 招聘研究員、ナノデバイスセンター【センター長 秋永 広幸】らは、独立行政法人 物質・材料研究機構【理事長 潮田 資勝】(以下「物材機構」という)国際ナノアーキテクトニクス研究拠点【拠点長 青野 正和】(以下「WPI-MANA」という)塚越 一仁 主任研究者らと共同でグラフェンの新しい電気伝導制御技術を開発した。
今回開発した技術は、グラフェンに対してヘリウムイオン顕微鏡を用いてヘリウムイオンビームを照射し、人為的に低密度の結晶欠陥を導入することによって、グラフェンの中の電子や正孔の動きをゲート電極に電圧を与えて変調可能にするものである。このような結晶欠陥の導入による伝導制御はこれまで理論的には予想されてきたが、実験的に室温でオン・オフ動作に至った例はなかった。今回開発した技術は、大面積ウェハにおいても既存の製造技術の枠内で導入が可能である。
なお、この技術の詳細は、2012年9月25~27日に京都府京都市で開催される国際素子・材料コンファレンス(SSDM2012)で発表される。
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試作されたグラフェン素子のヘリウムイオン顕微鏡像 |
近年、携帯情報端末の爆発的な普及や、IT機器の高機能化に伴う消費電力の増大が懸念され、電子情報機器の消費電力低減に関する社会的要求が高まっている。このような社会的要求から、大規模集積回路(LSI)の消費電力低減の試みは急速な進展を見せているが、従来のトランジスタ構造は、短チャネル効果やドーパント起因の特性ばらつきなどの本質的な限界があると指摘されている。一方、2004年に初めて単離されて以降急速な注目を集めたグラフェンは、電子の動きやすさを表す電子移動度がシリコンの100倍以上もあり、シリコンなどで本質的な問題となっている短チャネル効果への耐性もある。さらには、従来の半導体におけるドーパント起因の特性ばらつきに対する耐性も期待されている。以上の点から、グラフェンは現状のLSIにおける低消費電力化への障害を解決する可能性を秘めており、ポストシリコン世代の新しい機能性原子薄膜を用いた超低消費電力トランジスタの材料としても期待を集めている。しかし、グラフェンにはシリコンなどの半導体にみられるバンドギャップがないことから、スイッチングトランジスタとして使用した場合に電流を十分に遮断することができない。そこで、グラフェンにバンドギャップを生じさせる方法が活発に検討されているが、これまで実用化が期待できる方法は得られていなかった。
GNCは、内閣府と独立行政法人 日本学術振興会によって運営される最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に採択されたプロジェクトを実施するために2010年4月に設立された。産総研研究者と企業5社(富士通株式会社、株式会社 東芝、株式会社 日立製作所、ルネサスエレクトロニクス株式会社、株式会社アルバック)からの出向研究者によって構成されている。GNCでは、2010年度より、つくばイノベーションアリーナによる研究支援のフレームワークのもとで、産総研ナノエレクトロニクス研究部門、産総研ナノデバイスセンター、物材機構 WPI-MANAとの共同研究体制を構築し、グラフェンのエレクトロニクス応用に関する研究開発を遂行してきた。この研究成果は、FIRSTのプロジェクト「グリーン・ナノエレクトロニクスのコア技術開発」(中心研究者 横山 直樹)の助成により得られたものである。
ヘリウムイオン顕微鏡を用いて図1に示すグラフェン素子の中心部にヘリウムイオンビームを適量照射することにより、グラフェンの電気伝導状態を変化させた。この素子の不要な部分のグラフェンも、高い照射量のヘリウムイオンビームで絶縁化した(図1)。このグラフェンは、グラファイト結晶から単離し、シリコン基板上の二酸化シリコン絶縁膜表面に貼り付けられたものであり、電気特性評価用に電極が形成されている。
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図1 試作したグラフェン素子におけるヘリウムイオン照射領域の概念図 |
前述のヘリウムイオン照射の効果でグラフェンを流れる電流が急激に減少する(図2)。このとき、ヘリウムイオン照射量に従って、図1の適量に照射された領域のグラフェンに原子サイズの結晶欠陥が0.1 %から1 %程度の低密度で導入される。これらの低密度の欠陥の効果でグラフェンを流れる電流が抑制されるようになる。
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図2 イオン照射量に対する電流値の変化 |
これらの低密度欠陥の導入によって、グラフェンのフェルミ準位付近の状態密度の比較的低いエネルギーに、トランスポートギャップと呼ばれる状態が生じ、フェルミ準位がこのトランスポートギャップ内にある場合は電流が流れない。グラフェンとバックゲート電極の間に電圧を与えることで、グラフェンのフェルミ準位のエネルギーは増減できるため、バックゲートの電圧で電流を変調させることができる。このようにして機能化されたグラフェンにおいて、室温で約2桁のオン・オフ比を実現した(図3)。結晶欠陥で機能化されたグラフェンにおいて、これまで室温でオン・オフ比が1桁を超えたことはなかったが、今回初めて室温で2桁以上のオン・オフ比を実現した。
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図3 ヘリウムイオン照射で機能化されたグラフェンの室温における電流のオン・オフ動作(照射量8.7x1015ions/cm2)。
挿入図はその対数プロット。 |
この方法によるグラフェンの機能化は、広い面積のグラフェンのままで加工できることから、極細線の端制御が非常に難しいグラフェンナノリボン化よりも有望な技術となる可能性がある。また、通常のリソグラフィー技術と合わせれば、ウェハ全面へのイオン照射によるプロセスが可能であるため、従来のシリコンCMOS製造技術の枠内においても加工が可能である。
トップゲート制御によるトランジスタ動作を実現し、さらに大面積ウェハによる素子試作を目指す。同時に、機能化されたグラフェンの電気特性、特に電流のオン・オフ比の向上や、電荷の移動度の向上のためにグラフェンの高品質化を実現していく。