発表・掲載日:2012/09/25

トンネル電界効果トランジスタの素子動作モデルを開発

-超低消費電力の大規模集積回路の設計に貢献-

ポイント

  • 主要な既存回路シミュレーターへの組み込みが可能
  • 電界分布を正確に予測する新手法により、トンネル電流を高精度に計算
  • これまでの限界を打ち破る、低消費電力回路の実現に貢献

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノエレクトロニクス研究部門【研究部門長 金丸 正剛】連携研究体グリーン・ナノエレクトロニクスセンター【連携研究体長 横山 直樹】福田 浩一 研究員らは、トンネル電界効果トランジスタ(トンネルFET)の回路動作を予測する回路シミュレーションのための素子動作モデルを開発した。

 この素子動作モデルはトンネルFET内部の電界分布を予測し、トンネル電流を見積もることで、電流電圧特性をシミュレーションする。このモデルはVerilog-A言語で記述できるので既存の主要回路シミュレーターに組み込むことが可能である。超低消費電力回路の実現を目指しているトンネルFETの回路設計への貢献が期待される。

 この技術の詳細は、2012年9月25~27日に京都市で開催される2012年国際固体素子・材料コンファレンス(SSDM 2012)で発表される。

低電圧動作トンネルFETを用いた大規模集積回路 (LSI) 回路設計までの流れの図
低電圧動作トンネルFETを用いた大規模集積回路 (LSI) 回路設計までの流れ
開発した素子の特性を、本素子動作モデルで表現し、回路設計を行うことができる。

開発の社会的背景

 近年、携帯情報端末の普及やIT機器の高機能化に伴う消費電力の増大が懸念され、電子情報機器の消費電力低減に関する社会的要求が高まっている。しかし、従来の金属-酸化物-半導体で構成される電界効果トランジスタ (MOSFET)による低消費電力化は限界に近づいており、低炭素社会の実現にはこれまでの壁を破る画期的な消費電力LSIが必要とされている。

 最近、LSIの超低消費電力化を実現するために、これまでのMOSFETにかわる素子として、低電圧で急峻なオン・オフの切り替えができるトンネルFETが注目され、これを用いたLSI回路の低消費電力化が期待されている。LSI回路の設計には、設計した回路が性能を満たすかどうかをあらかじめ検証するためのシミュレーションが欠かせないが、トンネルFETではトンネル効果を取り入れた電流電圧特性の予測が難しいといった問題があり、回路シミュレーションに必要な素子動作モデルは存在しなかった。

研究の経緯

 産総研 ナノエレクトロニクス研究部門 連携研究体グリーン・ナノエレクトロニクスセンター(GNC)は、2010年4月に設立され、メンバーは産総研研究者と企業5社(富士通株式会社、株式会社 東芝、株式会社 日立製作所、ルネサスエレクトロニクス 株式会社、株式会社 アルバック)からの出向研究者によって構成されている。GNCでは2011年度より、従来のLSIの消費電力を10分の1~100分の1に低減することを目標に、トンネルFETの開発を進めている。さらに、LSIの回路シミュレーションに必要なトンネルFETの素子動作モデルの開発にも取り組んできた。

 なお、この研究開発は、総合科学技術会議により制度設計された、独立行政法人 日本学術振興会の最先端研究開発支援プログラム(FIRST)の助成を受けて行われた。

研究の内容

 トンネルFETは、従来のLSIで用いられてきたMOSFETと異なり、ゲート電圧によりトンネル現象を引き起こすことでオン・オフを制御するトランジスタである。図1にトンネルFETの概念図を示す。ゲート電圧を制御してチャネルの価電子帯伝導帯のエネルギーレベルを急激に変化させる。これによってソースの価電子帯とチャネルの伝導帯のエネルギーレベルが近づくとソースとチャネルの間にトンネル現象が生じて、トランジスタに電流が流れる。この原理によるトンネルFETでは、従来のMOSFETよりも少ない電圧で電流のオン・オフが切り替わり、急峻なスイッチングができる。図2に示すように、スイッチングが急峻であれば、従来のMOSFETよりも低電圧での動作ができるようになる。この結果、トンネルFETを用いたLSI回路は、従来のMOSFETを用いたLSI回路よりも低電圧で動作できるようになる。

トンネルFETの構造と動作原理の図
図1 トンネルFETの構造と動作原理
灰色はオフ状態を示す

トンネルFETの急峻なスイッチング特性図
図2 トンネルFETの急峻なスイッチング特性

 今回開発したトンネルFETの素子動作モデルは、トンネルFETで生じるトンネル電流をソース、ドレイン、ゲートの各端子電圧から予測できる。このモデルは、まずトンネルFET素子内部でトンネル電流が発生する箇所の電界分布を予測する。その電界分布からトンネル距離を求められるので、トンネル電流の発生量を見積もることができる。本モデルが個々の素子の電気特性を予測可能とするため、本モデルを用いた回路シミュレーターは多数の素子を接続した回路の性能を高速に予測できる。これによりトンネルFETを用いたLSIの回路設計が可能となる。また、このモデルはVerilog-A言語で記述できるので、さまざまな回路シミュレーターに組み込んでシミュレーションすることができる。

 回路シミュレーションにおいては同時に多数の素子を扱うため、このモデルは瞬時に計算可能な解析式で表されている。このモデルの妥当性は素子構造を小領域の集まりに分割して方程式を解く数値解析手法(有限要素法)などの数値シミュレーションと比較して検証した。図3に開発した素子動作モデルで予測した静電ポテンシャル分布と、数値シミュレーションによる計算結果の、各端子電圧での比較を示す。トンネルFETの断面構造に対し、ゲート誘電膜に沿った分布を示している。このモデルで予測した静電ポテンシャル分布は、ひとつの素子で10分~1時間の計算時間が必要な数値シミュレーションと比較してもよく一致しており、これを使ってトンネル距離を得ることができ、正確なトンネル電流量を高速に求めることができる。

素子動作モデルの静電ポテンシャル分布の予測と、数値シミュレーション結果の比較の図
図3 素子動作モデルの静電ポテンシャル分布の予測と、数値シミュレーション結果の比較
各ゲート電圧(Vgs)における矢印に沿った界面の静電ポテンシャル分布

 図4に、今回開発した素子動作モデルによって得られたトンネルFETの電流電圧特性と、実測値との比較を示す。ここではゲート電圧が負でオン状態になるトンネルFETについて比較した。このモデルによって精度よくトンネルFETの動作特性をシミュレーションできることがわかる。このモデルを回路シミュレーターに組み込むことで、トンネルFETを用いたLSI回路のシミュレーションができ、LSI回路の設計や、さらには低消費電力化への貢献が期待される。

トンネルFETの電流電圧特性のシミュレーション結果と実測値との比較の図
図4 トンネルFETの電流電圧特性のシミュレーション結果と実測値との比較
注) ゲート電圧0 V付近の差異は、実測で見られたゲート誘電膜を介したリーク電流によるもので、トンネルFET本来の特性ではなく、素子設計で抑制できるため、この計算では無視した。

今後の予定

 今回開発した素子動作モデルとして低消費電力回路を研究者に提供することにより、トンネルFETを用いた低消費電力LSI回路の実現を加速させる。


用語の説明

◆トンネル電界効果トランジスタ(トンネルFET)
電界効果トランジスタField Effect Transistor(FET)は、ゲート電極に電圧をかけ、チャネルの電界によりソース・ドレイン端子間の電流を制御するトランジスタである。トンネル電界効果トランジスタとは、トランジスタのスイッチングにトンネル電流を利用することにより、急峻なオン・オフの切り替えを実現し、低電圧の動作を目指した新しい原理のトランジスタ。[参照元へ戻る]
◆回路シミュレーション
モデルに基づき計算機を使って実際に起こる現象を計算すること。ここでは集積回路の動作を、トランジスタなどの各素子特性から予測する、回路設計のためのシミュレーション。[参照元へ戻る]
◆素子動作モデル
回路シミュレーターにより回路の動作をシミュレーションするために、素子の動作を端子電圧の簡単な関数として表したもの。コンパクトモデルとも呼ばれる。 [参照元へ戻る]
◆電界分布
素子内部には端子に与えた電圧に応じた電界が生じており、素子内部で材質寸法や電荷濃度によって変化している。電界分布を正確に見積もることが、トンネル電流の予測に必要である。[参照元へ戻る]
◆トンネル電流
半導体にはバンドギャップと呼ばれる電子が存在し得ないエネルギー状態がある。量子力学の原理により、強い電界下ではバンドギャップを電子がある確率で通過するトンネル現象が起きることがわかっている。このトンネル現象により流れる電流をトンネル電流と呼ぶ。[参照元へ戻る]
Verilog-A言語
回路で用いられるアナログ素子の動作モデルを記述するための言語。この言語で記述することにより、主要な回路シミュレーターで新しい動作モデルが利用できる。[参照元へ戻る]
◆トンネル効果(トンネル現象)
電子がポテンシャル障壁を越えることのないエネルギーでも、量子力学の理論上、ある確率でその障壁を越えて反対側に通過する効果(現象)。半導体には電子が存在し得ないエネルギー範囲(バンドギャップ)があるが、電界が強くなるとそのエネルギーを挟んで電子が通過する。[参照元へ戻る]
◆ゲート
FETにおいてソースからドレインへと流れる電流をオン・オフする電圧を与える電極。[参照元へ戻る]
◆価電子帯
半導体で電子が取り得るエネルギー状態のうち、電子によって満たされたエネルギー状態。この状態の電子は電気伝導に寄与しないが、伝導帯に上がることで、電気伝導に寄与する。電子が伝導帯に上がって空となった状態は正孔と呼ばれ、これも電気伝導に寄与する。[参照元へ戻る]
◆伝導帯
半導体で電子が取り得るエネルギー状態のうち、通常は電子が空のエネルギー状態。価電子帯から供給された電子は、伝導帯では電気伝導に寄与する。[参照元へ戻る]
◆ソース
FETにおいて電流が注入される部分。[参照元へ戻る]
◆チャネル
FETにおいて電流が通過する部分。[参照元へ戻る]
◆ドレイン
FETにおいて電流が収集される部分。[参照元へ戻る]
◆トンネル距離
素子内で電子がトンネル現象により通過する距離。トンネル電流を決めるトンネル電子の量は、トンネル距離が短いほど多い。強い電界下ではトンネル距離が短くなる。[参照元へ戻る]
◆静電ポテンシャル
電気的な位置エネルギーのこと。電位とも言い、MKS単位系での単位はボルト(V)。静電ポテンシャルの傾きが電界。[参照元へ戻る]
◆数値シミュレーション
ここでは回路シミュレーションではなく、空間を小領域に分割(メッシュ分割)して静電ポテンシャルを数値的に求める、有限要素法型のシミュレーション。本素子動作モデルの中で用いた、電界分布を予測する新手法を検証するため、数値シミュレーション結果と比較した。[参照元へ戻る]
◆ゲート誘電膜
ゲート電極と半導体の間に挟まれた絶縁膜。半導体とゲートの間の電流を遮断して、ゲートの電位によって半導体内の電位分布を変化させることができる。[参照元へ戻る]


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