独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)バイオメディシナル情報研究センター【研究センター長 嶋田 一夫】機能性RNA工学チーム 廣瀬 哲郎 研究チーム長、細胞システム制御解析チーム 五島 直樹 主任研究員らは、ヒト細胞核中のNEAT1と呼ばれる、タンパク質をコードしない長鎖ノンコーディングRNA(ncRNA)が、多数のタンパク質とともに細胞内構造体を構築する過程を明らかにした。
これまで産総研は、NEAT1が、核内構造体であるパラスペックルの核となる分子として細胞内構造体構築をつかさどることを見いだしていたが、今回、産総研がもつヒト完全長cDNAライブラリーを用いた共局在スクリーニングによって、新たに35種類のパラスペックルを構成するタンパク質を見いだした。その中には、複数の神経変性疾患やがんの発症に関わる重要な制御因子が含まれていた。これらのタンパク質の網羅的機能解析から、NEAT1の生合成過程と安定化過程、NEAT1上へのタンパク質会合過程が、順序だって行われることによって、パラスペックルの構造が形成されることを見いだした。また各ステップに関わるタンパク質を同定し、その作用機構を明らかにした。
この発見は、ncRNAによって構築された細胞内構造体が、疾患関連タンパク質の機能制御に関わる可能性を示唆しており、さらなるncRNAの作用メカニズムの解明が期待される。
この成果の詳細は、2012年9月7日付けでThe EMBO Journal電子版に掲載される。
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核内構造体であるパラスペックル(白矢印部分) |
近年、がんや糖尿病などの難治疾患の発症には、タンパク質遺伝子の変異だけでなく、ゲノムの大半を占める非コード領域中の変異が重要な役割を果たす事例が数多く報告され、ゲノムの隠された機能である可能性が浮上した。これらの非コード領域から、機能がわからないncRNAが多数産生されていることが発見されたため、ncRNAの機能に注目が集まっている。ncRNAの機能解明によって、これまでのタンパク質の解析では得られなかった新しい疾患治療や診断技術につながる重要な基盤知見が得られることが期待されている。
21世紀に入って実施されたポストゲノム解析によって、ヒトゲノムの大部分から、機能がわからないncRNAが多数産生されていることがわかった。産総研では、ncRNAの中から重要な機能をもつ「機能性RNA」の発見と、それらの応用技術開発を目指している。これまでにncRNAの主な機能の場である細胞核内でのRNA機能の解析のための手法を開発し、RNAの新機能探索をすすめてきた(2009年1月22日 産総研主な研究成果、2009年6月16日、2012年3月26日 産総研プレス発表)。
なお、この研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会の最先端次世代研究開発支援プログラム(NEXT Program)の支援を受けて行った。
ncRNAの大部分は、その機能が知られていないが、その中に細胞内構造体の構造構築を担うRNAがある。ncRNAの一つであるNEAT1は、さまざまなRNA結合性タンパク質と共にパラスペックルと呼ばれる核内構造体を形成している(図1)。パラスペックルは、約360 nmの直径をもつ巨大なRNA-タンパク質複合体であり、遺伝子発現制御に関わることが報告されているが、その構造がどのように構築されるかについては明らかではなかった。
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図1 NEAT1を核として形成されるパラスペックル |
今回、産総研がもつヒト完全長cDNAライブラリーを利用した共局在スクリーニングによって、パラスペックルに局在する35種類のタンパク質(パラスペックルタンパク質)を新たに同定した(図2)。これらの大部分は、RNA結合性の制御因子であり、神経変性疾患やがんの発症に関わる複数のタンパク質が含まれていることがわかった。今回の研究では、これまで同定されていた5種類のパラスペックルタンパク質と併せて計40種類のパラスペックルタンパク質リストを作成した(図2)。
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図2 同定されたパラスペックルタンパク質のドメイン構造
RRM(黄色)、KH(オレンジ)、RGG(紫)、Zn finger(緑)は、RNA結合ドメイン。各タンパク質の右上の数字は、アミノ酸の数。 |
これらのパラスペックルを構成する各々のタンパク質の機能を阻害して、その影響を調べ、タンパク質の役割を決定した。機能阻害によるパラスペックル構造の構築への影響を蛍光顕微鏡で観察・解析して、パラスペックル構造の構築に必須の7種類のタンパク質を同定し、それらをカテゴリー1と分類した。また、機能を阻害するとパラスペックルの数や大きさが変わる10種類のタンパク質を同定し、カテゴリー2と分類した。機能を阻害してもパラスペックル構造に影響を与えないタンパク質をカテゴリー3と分類した。NEAT1の発現に与える影響の解析から、パラスペックル構造の構築に必須のカテゴリー1のタンパク質を、NEAT1の生合成と安定化に関わるタンパク質(カテゴリー1A)と、NEAT1の発現には影響を与えないタンパク質(カテゴリー1B)に分類した(表)。
これによってカテゴリー1Aタンパク質が関わってNEAT1を正確に生合成、安定化させるステップと、カテゴリー1Bタンパク質が関わってNEAT1とタンパク質のサブ複合体をパラスペックル構造へと構築するステップによって、パラスペックル構造が構築されることがわかった(図3)。
表 機能阻害した際のパラスペックルとNEAT1の変化とパラスペックルタンパク質(PSP)の分類 |
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図3 パラスペックルの構造構築メカニズム
パラスペックル形成に必須な3つのステップを右(ピンク色)に示す。 |
今後、培養細胞とマウスを併用した解析によって、パラスペックル構造体が細胞内や個体内でどのような生理機能を果たしているのかを調べる。さらに疾患サンプルにおけるパラスペックルの挙動解析を通して、病態を規定する新しい診断マーカーとしての有用性や新しい創薬標的としてのncRNA機能を明らかにしていく予定である。