独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)計測標準研究部門【研究部門長 千葉 光一】量子放射科 加藤 昌弘 研究員、田中 隆宏 研究員、齋藤 則生 研究科長と、独立行政法人 理化学研究所【理事長 野依 良治】(以下「理研」という)放射光科学総合研究センター【センター長 石川 哲也】ビームライン研究開発グループ 矢橋 牧名 グループディレクター、公益財団法人 高輝度科学研究センター【理事長 白川 哲久】(以下「JASRI」という)XFEL研究推進室利用技術開発・整備チーム 登野 健介 チームリーダー、ドイツ物理技術研究所【理事長Joachim Hermann Ullrich】(以下「PTB」という)、ドイツ電子シンクロトロン【理事長Helmut Dosch】(以下「DESY」という)は共同で、X線自由電子レーザー(XFEL)の平均パルスエネルギー(光強度)の絶対値を測定する技術を開発した。さらにオンラインビームモニターを校正することで、実験中のXFELのパルスエネルギーを正確に測定することが可能となった。XFELを利用する研究では、パルスエネルギーによって得られるデータが大きく異なるため、パルスエネルギーを1つの変数とした実験結果の評価や最適なパルスエネルギーのレーザー光を用いた研究など、多くの研究での活用が期待される。この測定技術はSPring-8に隣接するXFEL施設SACLAで開発されたが、他のXFEL施設での応用も見込まれる。
なお、この技術の詳細は、米国の科学雑誌、Applied Physics Lettersに2012年7月11日(日本時間)にオンライン掲載される。
|
XFEL用極低温放射計(左)/XFEL施設SACLA(右) |
2011年6月にSACLAが波長0.12 nmのXFELの発振に成功した。現在、レーザーの波長は0.1 nm以下となり、日本でもXFELの本格的な利用が始まろうとしている。SACLAが供給するレーザー光の主な特徴は、(1)SPring-8などで供給される放射光に比べて10億倍以上明るい、(2)位相がほぼ完全にそろっている、(3)パルス幅がフェムト秒単位と極めて短い、という3点である。このような特徴を活用し、基礎・基盤研究だけでなく、産業や国民の生活に役立つ幅広い応用研究開発への貢献が期待されている。例えば、ライフサイエンスの分野では、タンパク質の構造解析を通じてがんやエイズなどの難病に対する特効薬の開発が期待される。またナノテクノロジー分野では、分子が微細空孔に取り込まれる様子の解析を通じて有害化学物質を選択的に取り込む新素材の開発が期待されるなど、幅広い分野の発展が見込まれている。XFELを利用する研究では、入射光の強度により反応過程が異なることがあるため、パルスエネルギーは不可欠な情報である。また光強度は最も基本的な物理量であり、国際単位系(SI)トレーサブルな値の公表は、わが国初のXFEL施設を国際的にアピールする上で重要な役割を果たす。そのため、XFELのパルスエネルギーを正確に測定する技術が求められてきた。
産総研は、前身の工業技術院のころから放射線線量の標準供給を行っている。近年は、従来のγ線源やX線管を線源とする線量測定の高度化に加えて、放射光や医療用リニアックなどの強度測定技術の開発に取り組んできた。2010年には、熱量測定によって光強度を評価する極低温放射計を用いた極紫外領域の自由電子レーザーのパルスエネルギーを絶対測定する技術を開発した。
XFELは極紫外自由電子レーザーに比べてエネルギー密度が極めて高いため、検出器へのダメージや検出器出力の飽和(オーバーフロー)が強く懸念される。そこでXFEL用極低温放射計を新たに開発して、SACLAのビーム強度を産総研・理研・JASRI・PTB・DESYで協力して測定することを試みた。
なお、本研究開発の一部は、文部科学省の科学技術試験研究委託事業「X線自由電子レーザー利用推進研究課題(平成21~22年度)」、および理化学研究所「SACLA利用装置提案課題 (平成23年度)」により実施したものである。
今回、(1)新たに開発した極低温放射計を用いてSIトレーサブルなパルスエネルギーの測定技術と、(2) 実験中のオンライン測定を可能にするため、オンラインビームモニターを極低温放射計に対して校正する技術を開発した。
|
図1 XFELビームラインでのセットアップ |
極低温放射計は、極紫外自由電子レーザーのパルスエネルギー測定用極低温放射計を基に、極短高強度X線レーザー用に新たに開発したものである。図2に極低温放射計の断面図を示す。検出部を液体ヘリウム温度に冷却して用いる。検出部がほぼすべてのX線を熱エネルギーとして吸収する技術と、X線による熱エネルギーを電力に変換する技術を組み合わせて実現した。極紫外用の装置では、検出部の吸収体には銅を用いていたが、これを金と銅の組み合わせにして、ほぼすべてのX線を吸収できるようにした。測定したパルスエネルギーを等価な電気エネルギーに変換できるため、絶対測定が可能な測定器であり、すなわち一次標準器である。
測定したXFELの平均パルスエネルギーを表1に示す。パルスエネルギーが最大となるのは波長が0.21 nmと0.13 nmの場合で、約100µJであった。パルスの周波数(10 Hz)とパルス幅(20 fs)、から平均パワーは1 mW、ピークパワーは5 GWである。この極低温放射計による測定の不確かさは1.1%から3.1%で、主にSACLAのXFELの強度のふらつきに起因している。このように、0.1 nmより短波長のXFELについて初めてSIトレーサブルなパルスエネルギーの測定に成功した。
|
表1 極低温放射計で測定したパルスエネルギー |
|
図2 極低温放射計の断面図 |
|
図3 オンラインビームモニターの校正結果 |
測定結果に基づき、SACLAのXFELビームラインに組み込んで常時用いるオンラインビームモニターを校正した。このビームモニターはX線がほぼ透過するダイアモンド製の薄膜とシリコンフォトダイオードからなり、ダイアモンド薄膜からの後方散乱X線を検出する。図3に校正結果を示す。この校正値から今後0.07 nmから0.28 nmの波長範囲で、このビームラインを利用する研究に、平均パルスエネルギーの絶対値を提供できる。
検出器が大強度のXFELにより飽和していないことを確認するために、パルスエネルギーを減弱するシリコン製薄膜を用いて、検出器のパルスエネルギー依存性を調べた。図4に波長0.13 nmのXFELによるオンラインビームモニターの出力を、極低温放射計で測定したパルスエネルギーに対してプロットした。図4に示すように2つの検出器による測定結果は線形モデルによる直線で良く再現できた。これにより、広いパルスエネルギー範囲で極低温放射計とオンラインビームモニターが飽和していないことが確認できた。
XFELを用いた実験、例えば高分解能の顕微鏡や光加工技術に応用される多光子吸収過程の研究では測定結果はパルスエネルギーに大きく依存すると予想される。また、大強度のXFELを照射すると、試料に変形や破壊が起きることが知られている。そのため、今回の成果によって、実験結果とパルスエネルギーの関係を解析し、パルスエネルギーを制御して最適な条件で実験を行うことができる。さらに異なったXFEL施設で行われた実験の結果を比較する際にも、パルスエネルギーは重要な変数として利用されることが期待できる。
|
図4 レーザー波長0.13 nmにおける極低温放射計で測定したパルスエネルギーとオンラインビームモニターの出力の関係 |
XFELは今後、基礎研究から応用研究まで、幅広い分野での活用が見込まれており、そのパルスエネルギー測定を定常的に精度よく行うためには、ビームラインの強度モニターを定期的に校正する必要がある。今回開発した技術は液体ヘリウムが必要であるため、(1)準備に時間を要する、(2)ランニングコストが高い、という課題がある。今後はより容易に、校正ができるように常温で動作する放射計による測定技術を開発する予定である。