発表・掲載日:2012/06/11

高性能ひずみゲルマニウムナノワイヤトランジスタを実現

-世界最高レベルの高電流駆動力を実証-

ポイント

  • 正孔移動度の向上と接触抵抗の低減により、高い電流駆動力をもつトランジスタを実現
  • 特性ばらつきの低減と低コスト化のため、不純物をドーピングしない作製プロセスを採用
  • このトランジスタをCMOS回路に適用することで、LSIの大幅な低消費電力化が期待される

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノエレクトロニクス研究部門【研究部門長 金丸 正剛】連携研究体グリーン・ナノエレクトロニクスセンター【連携研究体長 横山 直樹】池田 圭司 特定集中研究専門員らは、集積回路(LSI)の消費電力低減に有効な、高性能ひずみゲルマニウム(Ge)ナノワイヤトランジスタを開発した。

 このトランジスタは、非常に大きな圧縮ひずみをもつGeナノワイヤを電流の通り道として用い、電流の出入り口である電極は、ニッケル(Ni)とGeの合金を用いたメタルソースドレインとなっている。圧縮ひずみの効果で、Geナノワイヤトランジスタの正孔移動度が、従来のシリコン(Si)トランジスタの8倍程度に増大し、さらに、Ni合金とGeとの接触抵抗を十分下げることができた。その結果、Geナノワイヤトランジスタとして世界最高レベルの高い電流駆動力が得られた。このトランジスタは不純物ドーピングを行わないプロセスで作製されるため、不純物に起因する特性ばらつきの抑制も期待される。これらの相乗効果により、今回試作したGeナノワイヤトランジスタは低電圧動作が可能となり、LSIの大幅な消費電力低減に寄与すると期待される。

 なお、この技術の詳細は、2012年6月12~14日に米国ホノルルで開催される2012 VLSI Technologyシンポジウムで発表される。

試作したGeナノワイヤトランジスタ断面の透過電子顕微鏡像の写真
試作したGeナノワイヤトランジスタ断面の透過電子顕微鏡像

開発の社会的背景

 近年、電子情報機器の消費電力低減に関する社会的要求が高まっている。特に、携帯情報端末の爆発的な普及や、IT機器の高機能化に伴う消費電力の増大が懸念されている。LSIの消費電力低減の試みは、このような社会的要求に後押しされ急速な進展を見せている。これまでに大きな効果をあげているのは回路構成の改良によるものが主であった。しかし、LSIの消費電力低減のための、より本質的でかつ波及効果の高い解決策は回路を構成する個々のトランジスタに供給する電圧(電源電圧)を低減することと考えられる。そのために、従来はトランジスタの微細化によって電源電圧を低減してきたが、近年においては電源電圧1 V程度で低減のペースが鈍ってきている。これは、電源電圧を下げるとトランジスタの動作に必要な電流値が得られない、あるいは、オフリーク電流を抑えきれないといった本質的な問題に起因している。現在の主流である、Siを用いた平面型のチャネル構造を用いる限り改善は困難である。そこで、立体的なチャネル構成の導入や、Siより電子・正孔の移動度の高いGeなどの導入といった研究開発が活発化している。両者の特徴を融合した高移動度立体チャネルトランジスタの開発例もあるが、これまで十分な性能は得られていなかった。

研究の経緯

 連携研究体グリーン・ナノエレクトロニクスセンター(GNC)は、内閣府と独立行政法人 日本学術振興会によって運営される最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に採択されたプロジェクトを実施するために平成22年4月に設立された。企業5社(富士通株式会社、株式会社 東芝、株式会社 日立製作所、ルネサスエレクトロニクス 株式会社、株式会社 アルバック)からの出向研究者と産総研研究者によって構成されている。GNCでは平成23年度より、LSIの低電圧動作を目指して、Ge立体チャネル構造トランジスタの高性能化に関する研究開発を行ってきた。本研究成果は、FIRSTのプロジェクト「グリーン・ナノエレクトロニクスのコア技術開発」の助成により得られたものである。なお、Geナノワイヤの格子ひずみの計測は、学校法人 明治大学 理工学部 電気電子生命学科 小椋 厚志 教授らとの共同研究により行った。

研究の内容

 今回試作したトランジスタは、図1に示す2つの特徴的な要素技術により実現した。極めて大きな圧縮ひずみをもつGeナノワイヤの形成技術と、不純物をドーピングせずに電極と半導体との電気的接触を得る技術(メタルソースドレイン)である。

ひずみGeナノワイヤトランジスタの構成と、主たる要素技術の図
図1 ひずみGeナノワイヤトランジスタの構成と、主たる要素技術

 大きな圧縮ひずみをもつGeナノワイヤは、酸化濃縮法と反応性イオンエッチングによる細線加工を組み合わせることにより形成した。酸化濃縮プロセスの酸化時間や酸化温度を最適化して、図2に示すような幅20 nm程度のGeナノワイヤチャネルに大きな圧縮ひずみを導入することができた。

試作したGeナノワイヤトランジスタ断面の透過電子顕微鏡像と、チャネル断面のGe濃度プロファイルの図
図2 試作したGeナノワイヤトランジスタ断面の透過電子顕微鏡像(a)と、チャネル断面のGe濃度プロファイル(b)

 一般に、ひずみが加わると格子欠陥の発生が懸念されるが、今回試作したトランジスタでは、格子欠陥は発生していなかった。現在実用化されている最先端のSiトランジスタには、ひずみ技術が適用されているものもあるが、ひずみは1 %~2 %である。これらに比べ、今回得られたひずみは3.8 %と極めて大きく、上記の独自手法により初めて可能となったものである。この大きなひずみによる効果で、Siトランジスタの約8倍、ひずみSiトランジスタと比べても約4倍の正孔移動度が得られた(図3)。

試作したGeナノワイヤトランジスタの正孔移動度の図
図3 試作したGeナノワイヤトランジスタの正孔移動度

 通常、ゲート電極下部の電流経路部分やソースドレイン部、その近くには高濃度の不純物がドーピングされる。平面型のトランジスタに正常なスイッチング動作をさせるためである。しかし、チャネル中の不純物原子の密度や位置のばらつきによって、トランジスタ特性のばらつきが生じることが知られている。回路中のトランジスタに1つでも特性の悪いものが混じると、回路全体の性能が悪化するため、特性ばらつきは極力抑える必要がある。今回、ばらつき低減のために、不純物ドーピングを行わない製造方法を開発した。通常、不純物濃度が低い半導体と金属との接触抵抗は非常に大きく、実用に堪えないが、今回、ひずみGeと、NiGe合金の接合では接触抵抗が十分低くなり実用的な接触抵抗値が得られることを見いだした。p型Geと金属の接触抵抗が比較的低いことは知られていたが、今回得られた接触抵抗値は、ひずみの無いGeとNiGe合金の接触抵抗より一桁程度低かった。これは、Ge中のひずみの効果による電気的特性の変化によるものと考えられる。

 実際には、ゲート電極を形成した後、不純物をドーピングしていないGeナノワイヤにNiを堆積し、熱処理によって電流の出入り口であるソースドレイン部のGeとNiを反応させ、NiGe合金を生成させてソースドレインとした。イオン注入やそれに付随するプロセスが省けるためコストも抑えられる。

 これらの2つの技術によってゲート長65 nmのp型Geナノワイヤトランジスタを試作した。図4に示すように800 µA/µm近い電流駆動力が得られた。これは、Geナノワイヤトランジスタとしては世界最高レベルの値である。

試作したゲート長65 nmのひずみGeナノワイヤトランジスタの電流電圧特性の図
図4 試作したゲート長65 nmのひずみGeナノワイヤトランジスタの電流電圧特性

今後の予定

 デバイス構造、プロセスの最適化を進め、最先端のSiトランジスタのスペックを大幅に上回る電流駆動力を目指す。さらに今後は実験とシミュレーションを組み合わせて、CMOS回路に適用した場合の電源電圧低減効果などについて明らかにしていく。


用語の説明

◆集積回路(LSI)

Si基板上に、微細加工技術を使用して大量の微細なトランジスタなどの素子を作りこんだ回路。[参照元へ戻る]

◆ナノワイヤトランジスタ
現在実用化されているトランジスタの電流通路(チャネル)は、基板表面をそのまま用いるため平面である。このチャネルを、断面サイズが数十nm程度以下の細い棒状の構造に置き換えたものがナノワイヤトランジスタである。従来構造のトランジスタに比べて、ゲート電圧を変えた時のオン状態とオフ状態の切り替えが急峻になるため、低電圧動作に有利である。[参照元へ戻る]
◆圧縮ひずみ
Siなどの半導体材料は、原子が規則的に配列した結晶構造を有している。その原子間隔や配置は物質ごとに固有のものである。この結晶に外から力を加えると、結晶が変形し、力の方向に応じて原子間隔がわずかに伸びたり縮んだりする。特に、押されることで原子間隔が縮んだ割合を圧縮ひずみという。 [参照元へ戻る]
◆メタルソースドレイン
トランジスタに流れる電流の入口電極であるソースと、出口電極であるドレインは、通常は高濃度の不純物を含んだ半導体で形成される。それに対し、電流通路であるチャネルの半導体領域に直接金属が接触している構成(ショットキー接合ともいう)をメタルソースドレインという。[参照元へ戻る]
◆正孔移動度
半導体に電場をかけると、負の電荷をもった電子あるいは正の電荷をもった正孔(電子の抜け孔)が動いて電流が流れる。ここで、電場をかけた時の電子や正孔の半導体中での動きやすさを示す値を移動度と呼ぶ。移動度は結晶のひずみによっても変化する。Ge結晶中の正孔移動度は、Siの移動度の3倍~4倍であるが、結晶がひずむとさらに大きくなる。[参照元へ戻る]
◆不純物ドーピング
純粋な半導体は電気抵抗が高く、電流を流しやすくするためには少量の不純物原子を意図的に混ぜる必要がある。これを不純物ドーピングという。ドーピングの結果、電子により電流が流れやすくなったものをn型、正孔により電流が流れやすくなったものをp型半導体と呼ぶ。従来のトランジスタは、これらn型、p型領域を作り分けて形成されている。[参照元へ戻る]
◆特性ばらつき
集積回路は億単位の個数のトランジスタで構成されているが、標準特性からずれた電流電圧特性を示す少数のトランジスタでも回路動作に悪影響を与える。すなわち、少数の特性の悪いトランジスタに合わせて、電源電圧を高く設定したり、動作速度の設定を下げたりする必要が生じる。そのような事態を避け、標準特性から期待される回路性能を得るためには、トランジスタの特性ばらつきを抑えることが重要である。ところが、トランジスタの微細化が進むほど特性ばらつきは大きくなる傾向があり問題となっている。その要因の一つが、不純物ドーピングであるが、不純物濃度を下げることで、ばらつきを低減できる。[参照元へ戻る]
◆微細化
集積回路の性能向上、低消費電力化、コストダウンを一気に達成する手法として、トランジスタのサイズを比例縮小していく方法。最近では配線の最小寸法(ハーフピッチ)が32 nmや28 nmといったサイズまで縮小され、漏れ電流が無視できなくなってきたため、厳密な比例縮小はもはや不可能となっており、微細化のメリットを出すことが困難になりつつある。[参照元へ戻る]
◆オフリーク電流
トランジスタのオフ状態(ゲートにオフ電圧をかけた時)の時にソースとドレインの間に流れる電流。集積回路の消費電力を低減するにはオフリーク電流も低減する必要がある。[参照元へ戻る]
◆平面型のチャネル、立体的なチャネル
従来のトランジスタの電極以外の電流経路、すなわちチャネルは基板の平面上に形成された平面型で、微細化による漏れ電流を抑えることが困難になりつつある。それに対して、今回試作したトランジスタのように、基板平面から突出した立体構造のチャネルでは、ゲート電極がチャネルを立体的に取り囲むため、平面型よりもチャネル電位の制御性が向上し、オフリーク電流を抑えることができる。[参照元へ戻る]
◆酸化濃縮法
SiとGeの混合結晶であるSiGeを高温で熱酸化すると、Siが選択的に酸化されて、Siの酸化膜とSiGeの界面にGeが吐き出される現象を利用して、高Ge濃度SiGe、あるいはGe膜を形成する方法。SiGe層を基板上に形成して熱酸化すると、酸化膜から吐き出されたGeがSiGe層に閉じ込められるため、残りのSiGe層の膜厚に反比例してGe組成が増大する。酸化をどんどん進めると、Ge100 %まで“濃縮”することができる。[参照元へ戻る]
◆イオン注入
不純物原子、あるいはそれを含む分子をイオン化し、高電圧で加速して対象物に打ち込む技術。[参照元へ戻る]


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