独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 八瀬 清志】ソフトメカニクスグループ 大園 拓哉 研究グループ長とソフトマターモデリンググループ【研究グループ長 米谷 慎】 福田 順一 主任研究員は、しわ状の微細な溝(マイクロリンクル)に液晶を閉じ込めると、これまでにない周期的な液晶配向構造が自律的に形成されることを発見した。
マイクロリンクルの溝に液晶を閉じ込めると、溝の方向に周期的な液晶配向構造が形成される。この構造の形成には、液晶を閉じ込めた効果と液晶弾性異方性が重要であることを理論的に明らかにした。また、この液晶配向構造は内部にジグザグ状の線欠陥を含むが、線欠陥が折れ曲がる特異点にシリカ微粒子を捕捉することができる。液晶の自己組織化に基づいた、シリカ微粒子など微小物体の簡便なパターニング、捕捉操作、光学素子などへの応用展開が期待される。
なお、本研究成果の詳細は、2012年2月29日(日本時間)に論文誌Nature Communicationsにオンライン掲載される。
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図1 マイクロリンクルの溝に閉じ込められた液晶の自己組織化による周期的な配向構造 |
機能材料やデバイス技術では、微細構造を形成するプロセスは重要であり、近年その生産コストや環境負荷を低減させることが強く求められている。しかし、必要な構造が複雑化・微細化するにつれ、半導体の微細加工プロセスのように、大きなものから微細なものを人工的に加工するプロセスの限界が懸念されている。一方、自然、特に生体システムでは、さまざまな機能を実現するために適切な空間構造が自発的に形成・維持されている。最近、このような体系によく見られる自己組織化の過程と、それによって形成される構造を、微細構造形成へ応用するための研究開発が求められるようになってきた。
例えば、液晶は自己組織化構造を示すソフトマテリアルの典型例であり、特に液晶ディスプレイでは、その光学的性質が有効に用いられて現代の情報化社会に貢献している。しかし、液晶材料の自己組織化による微細構造形成プロセスの研究は最近始まったばかりである。
産総研は、これまでにマイクロリンクルを利用した機能材料の研究開発を行ってきている。特に、その凹凸構造の溝を利用して、マイクロメートルスケールで液体の形状を微細パターン化したり、操作したりする技術とその応用技術開発に取り組んできた。このマイクロリンクルは、簡単、安価に作成できる上、微細形状を制御しやすいため、多方面での応用が期待できる。
今回、これまでに研究開発してきた液体の微細形状操作技術を応用して、微小な領域に閉じ込められた液晶について、その配向構造を探ることとした。
本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合研究開発機構の助成事業「産業技術研究助成事業(平成20~24年度)」および、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費補助金(若手研究B)による支援を受けて行った。
今回、マイクロリンクルの溝にネマチック液晶を閉じ込め、自発的に形成される液晶構造を調べた。まず、シリコーンゴム表面に硬いポリイミド薄膜を形成し1方向に圧縮する。すると、数~数十マイクロメートルの間隔(ポリイミドの膜厚を変えて制御可能)で溝の方向が1方向に揃ったマイクロリンクルが表面全体に自発的に形成される。次に、このマイクロリンクルに図2(上の中央)のように液晶をはけで塗るように被覆していく。ここで、液晶のポリイミド表面上での接触角をある程度低く調整すると、溝だけが液晶で満たされた状態(液晶の閉じ込め状態)になる。なお、今回作成したマイクロリンクルでは、液晶はマイクロリンクル表面(ポリイミド)では表面に平行で溝方向には垂直に配向し、一方、液晶と空気との界面では、界面に垂直に配向することがわかっている。これらの界面配向条件や、マイクロリンクルの溝が曲がった構造のため、閉じ込められた液晶は均一の安定な配向構造をとることができず(図2下)、液晶内部では大きく歪んだ配向構造となっていると予想される。
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図2 液晶をマイクロリンクルに閉じ込める実験手順(上)と液晶の界面配向条件(下) |
図3a、bに、マイクロリンクルの溝に閉じ込められた液晶を偏光顕微鏡で観察した画像を示す。もともとマイクロリンクルには溝方向に周期的な構造はないが、その中に閉じ込められた液晶には周期的なパターンが確認でき、自発的に周期的な構造を形成することがわかった。鋭敏板を用いることで、偏光顕微鏡像から液晶の配向方向の情報が得られ、マイクロリンクルの溝に直交した方向から液晶の配向方向が交互にずれた周期構造を形成していることがわかった(図3c)。また、この周期構造に対して溝の方向に沿って左右に折れ曲がるジグザグ状の欠陥構造が同時に形成されていた。これらの周期構造は基本的に溝のサイズによらない一般的な液晶配向構造と考えられる。なお、この周期構造はマイクロリンクルの多数の溝で同時に形成されるため、大面積の周期構造を形成させることも容易である。
この周期構造の内部では、実際の液晶分子の向きは、溝の底面では面に平行かつ溝の方向に垂直である。底面から上部の空気と液晶の界面に向かうにつれて、徐々に界面に垂直な方向に向きを変えると同時に、溝に垂直な方向から徐々にねじれている(ツイスト変形)(図3d)。なお、このねじれの向きが図3bで検出されているが、これが右巻きであるか左巻きであるかによって、液晶の配向が溝に直交した方向から右に回るか左に回るかが決まる。このツイスト変形をともなう液晶の変形は、ツイスト弾性定数が他の弾性定数より小さいという性質(これは、多くのネマチック液晶において成り立つ)に起因することが、理論考察および数値計算によってわかった。つまり、底面では横に寝ている液晶が上面では縦に立ちあがるような変形に必要なエネルギーを小さくできる。同時に、このツイスト変形は液晶内部の中ほどにある線欠陥を溝方向からずれさせるが、溝の幅は有限であるために、溝方向と平行でない線欠陥はそのままでは溝の壁にぶつかってしまう。そのため、線欠陥が周期的に折れ曲がったジグザグ状の構造が形成される。結果的に、このジグザグ状の線欠陥に付随して、図3に示すような右巻き-左巻きのツイスト状態が交互に自己組織的に出現する。
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図3 周期的液晶配向構造の透過型偏光顕微鏡像と模式図
a、bは同じ場所を異なる偏光板の組み合わせで観察したもの。PとAはそれぞれ試料への入射側と透過側の偏光板の向きを示す。Sは鋭敏板の向きを示し、色から液晶の配向方向を判定できる。cはそれぞれの面から見た配向分布の模式図。下のxy面の模式図では、溝中央付近の配向方向を,溝に直交する方向からのずれを特に誇張して示している。dは立体的模式図。図中の釘マーク(T)は、内部の代表的な液晶方向を、マークのある面に投影したときの液晶方向を示し、頭の側が面から飛び出してくるような液晶方向を表現している。 |
ネマチック液晶中にシリカ微粒子(直径約500 nm)を混合して、同様にマイクロリンクル上に液晶の閉じ込め状態を作り出した。液晶だけの場合と同様、周期的な液晶配向構造が形成されたが、さらに液晶内部に形成されるジグザグ状の線欠陥の折れ曲がり点にシリカ微粒子が捕捉されることがわかった(図4)。線欠陥の折れ曲がり点には、線欠陥の中でも特に液晶配向のひずみが集中している。この空間を微粒子で置き換えると、液晶配向のひずみが緩和されて系の全エネルギーが下がり、より安定な状態になるので、微粒子が捕捉されると考えられる。折れ曲がり点は周期的に存在しているので、微粒子も周期的に配列している。すなわち、周期的な液晶配向構造を一種の鋳型として、周期的な微粒子の配列構造を形成できる。
また、温度を上げてネマチック液晶から液体に変化させると周期配向構造が消滅するが、同時に捕捉されていた微粒子が自由に動くことが確認でき(図4c)、液晶配向構造が微粒子を捕捉していたことがわかった。
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図4 周期的液晶配向構造のジグザグ欠陥部分に捕捉されたシリカ微粒子
aは微粒子捕捉状態の立体模式図、bはその光学顕微鏡写真、cは温度を上げて等方相にした場合に配向欠陥が消えることで捕捉状態から解放された微粒子 |
今後は、この自己組織化によって形成される周期的な液晶の配向構造を、溝の形状を変化させたり電場や磁場などの外部場によって制御することや、捕捉された微粒子の配列を精密に制御して、光学素子などへの応用を目指す。またネマチック液晶だけではなく他の液晶相についてもマイクロリンクルを用いた新しい配向構造の自己組織化の可能性について検討し、より複雑な規則構造の形成を目指した研究に取り組んでいく。