独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノデバイスセンター【センター長 秋永 広幸】集積実証室 德島 正敏 総括主幹、亀井 明夫 主査、ナノエレクトロニクス研究部門【研究部門長 金丸 正剛】堀川 剛 主任研究員らは、シリコンフォトニクスによる光集積回路(光IC)と光ファイバーとの直接光結合技術の高度化を、日本電気株式会社(NEC)【代表取締役 執行役員社長 遠藤 信博】の協力により達成した。
この技術は、光ファイバーの信号光を光ICの光導波路に高効率で入出力するための技術である。従来の直接結合では、光ファイバーに比べて光導波路が格段に細いことや両者の屈折率の違いから、光信号の損失が大きいことが課題であった。今回、光導波路を伝わる信号光の直径と結合端面の屈折率を同時に変換することができる新しい構造の光変換器を適用することで、一端面あたりの光損失1 dB以下が可能な高効率の光結合技術を開発することができた。本技術によって、光ICと標準的な光ファイバーとの低損失の光結合が可能になり、光結合のための組み立て工程も容易になることから、多チャンネル光ICの低コスト化にも貢献すると期待される。
なお、この技術の詳細は、応用物理学誌Applied Physics Expressに2012年2月6日(日本時間10時)にオンライン掲載される。
|
光ファイバーの信号光を縮小する光変換器(左)とそれを複数搭載した光IC(中、右) |
携帯電話やパソコンといった情報通信機器を通して動画などの大容量データが扱われる機会が増え、それらを伝送する光ファイバー通信網への負荷が増している。大きなデータをより高速に伝送するため通信網の高密度化が進められたが、それに伴って、光信号を制御する装置(ノード装置)の数が急速に増加し、消費電力の増大が懸念されるようになった。この問題の解決のため、ノード装置を超低消費電力の光ICに置き換える技術の研究が活発化している。今後、光ファイバー通信網を通じて伝送されるデータ量がますます増加することが予想されるが、光ICを用いてそれに対処するには、多数の光ファイバーを容易に結合するための多チャンネル光結合技術が必要となる。しかしながら従来の光変換器を用いる技術では、標準的な光ファイバーとの直接結合によって高効率かつ容易な多チャンネル光結合を実現することができなかった。
近年、シリコンチップ上にシリコンの光回路を集積化する技術、シリコンフォトニクスが注目を集めている。産総研では、シリコンフォトニクスに基づく通信用光ICの研究開発を行っており、光ICを構成する光導波路の低損失性能では世界のトップレベルを維持している。
光ICの実現には光IC内で光信号を処理するいろいろな光学素子の開発が必要であるが、それと同時に重要なのが、光ファイバーから光ICに光信号を入出力するための光変換器の開発である。光信号は電気信号とは異なり、配線をただ繋げただけでは上手く信号が通らない。光IC内の光導波路は光ファイバーよりも格段に細いため、光ビームの直径を変換できる光変換器を光ICに搭載する必要がある。しかし、これまでの光変換器には標準的な光ファイバーを直接結合できるだけの拡大/縮小機能が無かったために、レンズを使ったり、光ファイバー側にも光変換器を装着したりしなければならず、結合できるチャンネル数が限られたり、組み立てに多くの工数を要することが問題となっていた。
そこでその解決を図るために、光ICの光導波路と光ファイバーとを突き合わせるだけで光結合できる高効率かつ組み立ての容易な光結合技術の高度化に取り組んできた。
シリコンフォトニクスによる光ICの光回路はシリコンの光導波路で構成されるが、それを通る光ビームの断面の大きさは通常1 µm角程度以下である。他方、通信用の標準的な光ファイバーを通る光ビームの直径は10 µmであり、ビーム径の違いは10~100倍にも達する。そのため、両者を突き合わせるだけで低損失に光結合するには、この倍率でビーム径を拡大/縮小できる光変換器を光IC側に搭載する必要がある。さらに、光導波路側の結合端面の屈折率を光ファイバーと同程度に変換することで、屈折率の差による結合界面での光ビームの反射を抑制することも重要である。今回、これら2つの条件を満たし、通り抜ける信号光を拡大/縮小する光変換器を考案し、標準的な光ファイバーと光ICとの直接光結合を可能とした。この光変換器は、光ICのチップの縁に取り付けるもので、細らせたシリコンの光導波路の先に、結合端面に向かって幅の広がるガラスのリブ型光導波路をかぶせた構造をもつ。すなわち、異なる物質による2つの逆向きのテーパー(先細り)を2重にした2段テーパー構造である。
|
図1 シリコン光導波路と光ファイバーとの間で光信号を拡大/縮小する光変換器 |
図1のイラストは開発した光変換器の内部構造を示すとともに、光ファイバーと光結合するときの様子を示している。この光変換器では、2段テーパー構造を構成するシリコンのテーパーとガラスのテーパーの両方が光ビームを拡大/縮小する効果をもつため、1段テーパー構造では難しかった高倍率での光ビームの拡大/縮小が可能になった。また、光ICの光導波路が屈折率の大きいシリコン(屈折率3.5)であっても、結合端面は光ファイバーと同じ屈折率(1.5)のガラスに切り換わるため、光ファイバーとの結合界面での反射を十分に小さくできた。これらの効果により、標準的な光ファイバーと一端面あたり1 dB以下の光損失で結合ができる。
光変換器の構造設計に併せて、その製造プロセスの高度化にも取り組んだ。庇状に上部がせり出したフォトレジストのパターンをシリコン基板上に形成し、それをマスクとして表面をエッチングすることによって、緩やかなスロープを形成できるようになった。量産性を維持したまま、通常の数百倍の厚みのフォトレジストパターンを用いることで、傾斜角1°以下と十分に緩やかなシリコンのスロープを形成できるようになっている。
|
図2 試作した光変換器のアレイ(左)を搭載した光IC(右) |
図2は、光変換器アレイを搭載した光ICの例である。光変換器アレイは光変換器を等間隔に並べたものであり、これによって光ICの光入出力を多チャンネル化できる。光変換器アレイには光ファイバーアレイを結合するが、光ファイバーアレイとしては、標準的な光ファイバーを等間隔(250 µmまたは127 µm)に数本から数十本並べたものが既に市販されている。従って、光ファイバーアレイとの直接光結合ができる光変換器アレイがあれば、光ICの多チャンネル化を容易に行える。今回開発した光結合技術により、図3に示すように、光ファイバーアレイを直接結合するだけで、高効率の光結合を実現できるため、光ICの多チャンネル化が促進されると考えられる。
|
図3 光変換器アレイと光ファイバーアレイとによって容易になる光ICの多チャンネル化 |
今回、高度化した技術は、長距離通信用の光ICだけでなく、比較的短距離の光インターコネクト用の光ICへの適用も可能である。将来的には、産総研で展開される新規プロジェクトや共同研究などの枠組みを通じて、本技術を多様な光IC開発に提供することで、大容量情報社会を支える多チャンネル光ICの標準的な光結合技術として普及を図っていく予定である。