発表・掲載日:2012/02/02

発毛サイクルの「休止期」を維持する因子を発見

-この因子を抑制すれば休止期が短くなり毛の成長が頻繁に-

ポイント

  • シグナル分子であるFGF18が毛の成長周期の「休止期」を維持することを発見
  • 遺伝子ノックアウトマウスを作成し解析することで、個体レベルでFGF18の生理的機能を初めて確認
  • 脱毛症など疾病の診断・治療や創薬、毛包幹細胞を利用した再生医療への貢献に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門【研究部門長 織田 雅直】今村 亨 主幹研究員 兼 シグナル分子研究グループ 研究グループ長らは、シグナル分子(細胞制御因子)であるFGF18が、毛の成長周期のうち、休止期を維持する重要な役割を果たしていることを明らかにした。

 毛の成長は成長期、退行期、休止期の3相を周期的に繰り返す(毛成長周期)。この周期が適切に制御されることで、一生にわたって動物の体毛や頭髪が維持される。これまでに成長期を制御する分子は複数見つかっているが、幹細胞の静止を伴う休止期を生理的に維持するシグナル分子については、これまで個体レベルで明確に示されたものはなかった。

 細胞の増殖や分化を制御するシグナル分子群の一員であるFGF18が、休止期における毛包幹細胞領域で発現することは、既に発見されていた。しかし、FGF18の遺伝子を欠失させた実験動物では健康な個体が成長できないため、FGF18の生理的機能は十分に分かっていなかった。今回、皮膚の細胞のFGF18の遺伝子を特異的に欠失させたマウス(遺伝子ノックアウト動物)を作成しその性質を調べることで、FGF18が毛成長周期の休止期を維持するシグナル分子であることを初めて示した。これにより、脱毛症などの疾病の診断・治療や創薬、毛包幹細胞を用いた神経損傷治療など再生医療に向けた貢献が期待される。

 本成果の詳細は、平成24年2月2日(日本時間)にJournal of Investigative Dermatology(米国研究皮膚科学会誌)のオンライン版に掲載される。

皮膚特異的FGF18遺伝子ノックアウトマウスの1週間分の毛成長の様子の写真
図1 皮膚特異的FGF18遺伝子ノックアウトマウスの1週間分の毛成長の様子

開発の社会的背景

 脱毛症は、単に毛髪による保護・保温効果などが失われるだけでなく、しばしば心理的な影響が大きいために、広く社会的関心事となっており、その診断・治療法の開発や創薬が強く継続的に求められている。逆に、近年では不要な毛成長を抑制したいという社会的ニーズも大きくなっている。

 これまで、毛が伸びる期間である成長期を促進する分子や、成長期から毛の成長の止まる退行期に移行する分子機構については、かなり明らかになってきている。しかし、退行期から次の発毛までの準備期間である休止期を維持する分子機構についてはほとんど分かっていない。休止期を維持する機構を解明し、これを阻害または促進する技術を開発できれば、脱毛症の治療やむだ毛の成長抑制に有用であると期待される。さらに最近、毛包にある幹細胞が損傷した神経機能の再生に利用できることが示され、ガン化する心配が少ない安全な再生医療用の幹細胞として期待されている。休止期の維持の背景には毛包幹細胞の静止状態の維持がある。そこで、休止期を維持する分子機構の解明が待たれていた。

研究の経緯

 産総研では細胞や個体の働きを制御するシグナル分子の機能を明らかにし、新たな診断・治療・創薬のターゲット分子の同定や治療法への応用を目指している。これまでにFGF5の2種の遺伝子産物の発見とそれらによる毛成長の退行期誘導の制御について報告してきた。

 FGF18は、ヒトやマウスの体内で合成されるシグナル分子であり、骨の形成や肺の器官形成にとって重要な因子であることが既に分かっていたが、毛や皮膚における生理的機能は全く不明だった。産総研ではこれまでに、FGF18が休止期の毛包で高いレベルで発現していることを発見し報告してきたが、その生理的機能の詳細は不明であった。

研究の内容

 FGF18は、繊維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor:FGF)ファミリーという分子群に属するシグナル分子である。FGFの活性は主に、標的となる細胞表面のFGF受容体を介して細胞内に伝達されるため、生理的な活性は、FGF自身の発現制御と、対応する複数種のFGF受容体や補助受容体の発現制御によって決まる。本研究ではまず、毛の幹細胞の存在する領域に高いレベルで局在しているFGF18とそれに対応する受容体について、その機能を解析するため、皮膚の細胞で特異的にFGF18遺伝子がノックアウトされる実験動物(マウス)を作成し、そのマウスを長期間にわたって詳細に解析した。

 この皮膚特異的FGF18遺伝子ノックアウトマウスは長寿で、健康上の問題は見つからなかった。しかし、このFGF18遺伝子ノックアウトマウスの背部の毛を、週に1度刈ると、毛成長周期の相が揃った毛包が整列しつつ速やかに毛成長が進行して、縞状のパターンが見られた(図1、2)。

(上)皮膚特異的FGF18遺伝子ノックアウトマウスと(下)野生型マウスの背部の毛成長の様子の写真
図2 (上)皮膚特異的FGF18遺伝子ノックアウトマウスと(下)野生型マウスの背部の毛成長の様子

 この縞状のパターンができる原因は、毛成長周期が短期間で繰り返し起こり、また、マウスの背部の皮膚の毛成長周期に、首に近いほど短く、尾に近いほど長いといった周期長の差があるため、マウスが加齢するほど発毛部位が波状の模様になることによる。また、毛成長周期のうち、休止期が顕著に短くなっていた(図3上)。野生型マウスでは休止期は3週間から数ヶ月にわたって持続する。これに対し、皮膚特異的FGF18遺伝子ノックアウトマウスでは、休止期は1週間前後にまで短くなり、わずか3~4週間で1回の毛成長周期を完了して、速やかに次の毛成長周期に移行することが分かった。

(上)皮膚特異的FGF18遺伝子ノックアウトマウス (下)野生型マウスの毛成長周期の比較の図
図3 (上)皮膚特異的FGF18遺伝子ノックアウトマウス (下)野生型マウスの毛成長周期の比較

Mは毛包の器官形成期、*は各成長期後に来る休止期。皮膚特異的FGF18遺伝子ノックアウトマウスでは休止期が野生型マウスに比べて著しく短縮し(赤色矢印部分)、頻繁に毛成長周期を繰り返す。なお、毛包の器官形成期と第1毛成長周期の間の休止期にはほとんど差はなく、もともと極めて短いことが知られている。

 これらの結果から、野生型マウスに見られるような長期間に及ぶ休止期が生理的に維持されるためには、FGF18が必要であるという新たな分子機構が明らかになった(図4)。近年、休止期は毛包幹細胞の静止状態の維持によることが明らかになってきている。FGF18とその受容体は休止期の毛包幹細胞領域に高いレベルで発現していることから、FGF18は毛包幹細胞の静止期の維持に極めて重要な因子であると考えられる。

今回の発見を基にした毛成長周期制御モデル図
図4 今回の発見を基にした毛成長周期制御モデル

今後の予定

 今後、ヒトの毛髪関連疾患とFGF18との関係などをより詳細に解析し、関連疾患の診断、予防、治療などへの応用や創薬につなげることが可能かを調べる。また、FGF18と他のシグナル分子による毛包幹細胞の静止期制御の機構などを明らかにすることにより、再生医療への応用につなげることを目指す。


用語の説明

◆シグナル分子(細胞制御因子)
多細胞生物において、ある細胞(シグナル産生細胞)が作り出して別の細胞(標的細胞)に特異的に働きかけ、その細胞の機能や運命を制御する働きをもつ分子群の総称。産生細胞と標的細胞は、別種類の場合も同一種類の場合もあり、また、近傍の場合も遠方の場合もある。[参照元へ戻る]
◆FGF18
もともと培養細胞の増殖を促進する因子群(fibroblast growth factors:FGFファミリー)の一員として発見された。その後、この遺伝子をノックアウトしたマウスの解析により、肺や骨などの器官形成に必須な細胞制御分子であることが明らかになった。[参照元へ戻る]
◆休止期
毛成長周期のうち、毛包の幹細胞が新たな増殖や分化などを起こさず休止している時期。 [参照元へ戻る]
◆毛成長周期
毛髪をもつ動物では、複数種の細胞が構成する「毛包」という皮膚に付属する小器官が、毛の実体である毛軸を作り、体外に出た毛軸が外観上の毛髪となる。毛軸を作り出す時期には、それと並行して毛包自体が皮下に深く大きく成長する(成長期)。毛包は最大限まで成長した後、細胞死が起こり、全体に退縮する(退行期)。そして小さな器官に戻った毛包は、次の成長期まで、その状態を維持する(休止期)。これら成長期、退行期、休止期の3相からなる一連の過程を毛成長周期と呼び、毛成長周期は、多くの動物では一生繰り返される。[参照元へ戻る]
◆毛包幹細胞
表皮幹細胞とも呼ばれる。毛包の元基は、個体発生の中で表皮が部分的に陥入するようにして形成され、表皮から連続した構造をとっている。毛包の一部には、毛包を構成する多数の種類の細胞を全て産み出すことのできる幹細胞が存在する領域があり、バルジ領域と呼ばれる。毛包幹細胞は通常は毛包や皮脂腺、メラノサイトなどの細胞を産み出すが、火傷などで表皮が過度に失われた際には、表皮となる細胞も産み出して、皮膚の修復に当たる。[参照元へ戻る]
◆遺伝子ノックアウト動物
特定の遺伝子について、動物の個体の全ての細胞または特定の細胞で、これを欠失するように遺伝子組み換え処理を行った動物。ある遺伝子の生理的機能を調べるためなどの目的で作成される。[参照元へ戻る]
◆繊維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor: FGF)ファミリー
1970年代に細胞培養系で細胞の増殖を促進する因子として発見された分子と、それに類似する構造をもつ分子が構成する分子群(ファミリー)。ヒトやマウスでは22種類の遺伝子によりコードされ、細胞の増殖分化の調節、個体発生の調節、生体の高次神経機能調節、代謝調節など、その生理機能は多岐にわたる。[参照元へ戻る]
◆受容体
細胞膜などにあって、細胞外からの刺激を感知し、細胞内で利用可能な情報に変換する一群の分子の総称。FGF受容体には大別して7種類のチロシンキナーゼ型受容体が知られている。[参照元へ戻る]

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