独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)電子光技術研究部門【研究部門長 原市 聡】強相関エレクトロニクスグループ 澤 彰仁 研究グループ長、山田 浩之 主任研究員、鶴巻 厚 産総研特別研究員は、導電性をもつ酸化物強誘電体を用いて新しい酸化物抵抗変化メモリー(抵抗変化メモリー(Resistance Random Access Memory: ReRAM))を開発した。
ReRAMは、構造が単純なため素子の面積を小さくできる。また電気抵抗の変化が大きく複数の電気抵抗値に設定できるため多くの値を記憶できる。これらの特長から、次世代の高密度不揮発性メモリーとして期待されている。
従来のReRAMは酸化物の酸化還元反応、あるいは酸化物中の酸素欠陥の移動を利用しているが、今回開発したReRAMは酸化物強誘電体の電気分極反転を利用している。この新しい原理によって材料の劣化に起因するデータ書き換え特性や保持特性などの低下を解決できるので、機能性酸化物を用いた高密度不揮発性メモリーの実用化を前進させることが期待される。
本成果は、ドイツの科学誌Advanced Functional Materialsのオンライン版で発表される。
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図1 ビスマスフェライト(BiFeO3)を白金(Pt)とルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO3)で挟んだ構造の強誘電抵抗変化メモリー素子の概念図と電圧パルス印加による電気抵抗スイッチング特性
矢印は電気分極の方向 |
近年、機能性酸化物を金属電極で挟んだ構造の素子に、電圧を加えると素子の電気抵抗が変化し、電圧を除いた後も電気抵抗変化が保持される抵抗スイッチング現象を利用したReRAMの研究開発が行なわれている。しかし、従来の酸化物の抵抗スイッチング現象は、酸化物の酸化還元反応、あるいは酸化物中の酸素欠陥の移動を起源とするため、スイッチング動作を繰り返すと材料の劣化が起こり、そのため、実用化にあたってデータの書き換え特性、保持特性などの信頼性の問題が懸念されている。
産総研は、機能性酸化物を用いた新原理エレクトロニクスの実現を目指した研究開発を行っており、これまでに機能性酸化物を用いたReRAMなどを開発してきた。現在、ReRAMの信頼性の問題を解決するため、従来の酸化還元反応や酸素欠陥の移動とは異なる原理による抵抗スイッチング現象の探索と、それを利用した新しいReRAMの研究開発に取り組んでいる。これまでに酸化物強誘電体を用いたReRAMは、1970年代に江崎 玲於奈 博士(1973年ノーベル物理学賞)らによる最初の報告がなされているが、その動作機構の詳細が未解明であったことや、フラッシュメモリーなど半導体不揮発性メモリーが普及したため、その後、実用化に向けた研究開発はほとんど行われていなかった。しかし、フラッシュメモリーの大容量化は近く限界をむかえると予想され、近年、大容量化に加え低消費電力化が期待されるReRAMの研究開発が、研究機関、半導体メーカーなどで精力的に展開されている。今回、産総研は導電性を持った酸化物強誘電体をスイッチング材料に用いた強誘電抵抗変化メモリー素子の開発に取り組んだ。
なお、この研究の一部は、内閣府 総合科学技術会議により制度設計された独立行政法人 日本学術振興会による最先端研究開発支援プログラム「強相関量子科学」(平成21~25年度)の助成を受けて行われている。
今回、強誘電体であるビスマスフェライト(BiFeO3)を抵抗スイッチング層に用いてReRAMを作製した。その特性を詳細に調べることで、強誘電体と金属電極の界面に形成されたショットキー障壁の高さが、強誘電体の電気分極の向きに依存して変化することが、抵抗スイッチング現象の動作機構であることを明らかにした。BiFeO3は、結晶内でビスマス(Bi)イオンが本来の位置からずれることにより強誘電性が現れ、また鉄(Fe)イオンの価数が本来の3+の状態から変化することにより、容易に導電性をもつことが知られている。今回開発した素子では、BiFeO3に電気伝導性をもたせるため、薄膜原料のBiとFeの組成比率を調整してBi欠損を含むBi1-δFeO3薄膜を作製し、p型半導体特性をもつこの薄膜を抵抗スイッチング層に用いた。作製したBi1-δFeO3薄膜が強誘電性と電気伝導性の両方をもつことは、走査型圧電応答顕微鏡により確認した。素子の下部電極には導電性酸化物のルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO3)、上部電極には白金(Pt)を用いた。
図2に、作製した素子に交流1 kHzの電圧をかけて測定した電流-電圧特性を示す。プラス方向とマイナス方向で、素子に流れる電流の絶対値に大きな差がある、いわゆる整流特性が見られ、整流特性の方向からPt電極とp型半導体特性をもつBi1-δFeO3の界面にショットキー障壁が形成されていることがわかる。プラス方向の電圧をかけると、約6.5 V以上の電圧で素子に流れる電流が急激に増大した後、電流が流れやすい低電気抵抗の状態へと転移する。その後電圧を下げても低電気抵抗状態は維持される。さらに素子にかける電圧の極性をマイナスにすると、約-2.5 V以下の電圧で電流値は急激に減少し、電流の流れにくい高電気抵抗状態へと転移する。その後、電圧をゼロに戻しても高電気抵抗状態は維持されている。この結果は、素子に極性の異なる電圧を加えることにより、電気抵抗状態を可逆的に変えることができ、その後電圧をゼロに戻しても電気抵抗状態が保持されるメモリー効果が実現されていることを示している。また、電流-電圧特性に観測される電流値の極大、極小は、Bi1-δFeO3の電気分極の反転による強誘電変位電流値に対応している。素子の電気抵抗のスイッチング現象が、これら電流値の極大、極小の後に起こることから、電気抵抗スイッチング現象は電気分極の反転によるものであることがわかる。なお、高電気抵抗状態では電気分極はPt電極からSrRuO3電極の方向、低電気抵抗状態では反対にSrRuO3電極からPt電極の方向を向いている。
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図2 強誘電抵抗変化メモリー素子の概念図と素子の電流-電圧特性
素子概念図の矢印は電気分極の方向 |
図3に、電圧パルスによる電気抵抗スイッチング特性の測定結果を示す。電流-電圧特性と同様に、素子にプラスの電圧パルスを加えることにより、低電気抵抗状態へと変化し、マイナスの電圧パルスを加えると高電気抵抗状態へと変化した。電気抵抗の変化比は、電圧パルスの時間幅に依存し、時間幅を長くすると増加する。この素子では、時間幅が100ナノ秒(ns)では電気抵抗変化比は約2、1マイクロ秒(µs)では約100、1ミリ秒(ms)では1000以上である。
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図3 異なる時間幅を持つ電圧パルスによる素子の電気抵抗スイッチング特性 |
図4に、時間幅1マイクロ秒、電圧+7 Vと-7 Vのパルス電圧を交互に100万回ずつ加えた場合の抵抗変化の繰り返し書き換え特性の測定結果を示す。1桁以上の電気抵抗変化が10万回以上の繰り返し書き換えまで維持され、100万回でも3倍以上の電気抵抗変化が得られた。
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図4 素子のデータ書き換え特性
印加した電圧パルスの電圧は±7 V、パルス幅は1マイクロ秒。 |
図5に、室温における低電気抵抗状態と高電気抵抗状態の保持特性の測定結果を示す。この測定結果は、時間幅10マイクロ秒、電圧+7 Vと-7 Vのパルス電圧を交互に1000回ずつ加えて、繰り返しデータ書き換えを行った後に得られたものである。低電気抵抗状態、高電気抵抗状態ともに10万秒まで抵抗変化の時間変化はほとんど見られず、1桁以上の抵抗変化比を保持し、メモリー機能を維持していることがわかる。しかし、温度を125℃に上げた加速試験では、1000秒を超えたあたりから高電気抵抗状態の抵抗値の低下が観測され、今後、実用化に向けて高温でのデータ保持特性の改善が必要である。
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図5 室温での素子のデータ保持特性 |
今回開発した強誘電ReRAMは電気分極の反転による電気抵抗の変化を動作原理としているため、酸化物の酸化還元反応や酸素欠陥の移動など材料劣化を伴う現象を動作原理とする従来の酸化物ReRAMとは異なり、データの書き換え特性や保持特性などの信頼性の向上が期待できる。また、100ナノ秒の電圧パルスにより抵抗スイッチング(データ書き換え)でき、105回以上のデータ書き換えができるほか、従来技術と同様に単純な素子構造、大きな電気抵抗変化比などの特性をもち、機能性酸化物を用いた高密度不揮発メモリーの実用化に貢献できると期待される。
今後は、材料開発による高温でのデータ保持特性の改善、微細化および集積化に向けた素子構造の設計、多値記憶に向けた電圧パルスの条件検討など、実用化に必要な要素技術の研究開発を展開する予定である。