独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)地質情報研究部門【研究部門長 栗本 史雄】池原 研 副研究部門長と国立大学法人 東京大学【総長 濱田 純一】 大気海洋研究所【所長 新野 宏】(以下「東大大気海洋研」という)、国立大学法人 横浜国立大学【学長 鈴木 邦雄】(以下「横浜国大」という)は、7月29日~8月5日に学術研究船「淡青丸」(610トン、独立行政法人 海洋研究開発機構 所有)による海底調査を実施し、仙台沖~大槌沖の海底堆積物表層に平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震により堆積したと考えられるタービダイトを認めると共に、仙台沖において地震動で変形した堆積物を発見した。変形した堆積物はタービダイトの直下にあるので、海底が破壊された後にタービダイトが形成されたと考えられる。これらの結果は、今回の地震よる海底の擾乱(破壊、変形や崩壊)が震源域の広域で起こったことや海底の震動が極めて大きかったことを示すほか、海底堆積物を用いて地震発生履歴を検討する上で非常に重要である。
この研究成果は10月24日~26日に京都大学で開催される第5回国際海底地すべりシンポジウムで発表される。
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図 仙台沖St.1から採取された海底堆積物コアの写真(左)、
X線CTによる透過X線画像(中央)とそのスケッチ(右)
海底面直下に通常時の堆積物とは構造の異なる泥を含むタービダイトが認められ、その下位に地震動によって破壊された堆積物が確認できる。
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平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震は2011年3月11日に三陸沖の海底を震源として発生した。このため、もっとも大きな地形的・地質的な変動は海底に残されていると考えられるが、その詳細は必ずしも明らかではない。この地震によってどのような変化が海底で生じたかを明らかにすることは、今後の日本周辺での地震研究、並びに、地震による災害の軽減に重要である。
産総研は日本周辺海域の地質情報整備のため海洋地質図の作成を継続して行っており、平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震前の海底堆積物の情報を保有している。その情報を活かし、産総研と東大大気海洋研、横浜国大は、東大大気海洋研が平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震後に公募した震災対応緊急航海の課題「東日本大震災による深海底生生物相への影響評価」(代表者:ロバート・ジェンキンズ(横浜国立大))および「地震動にともなう海底懸濁層の発生と堆積についての研究」(代表者:芦 寿一郎(東大大気海洋研))に対応して7月29日~8月5日に学術研究船「淡青丸」(610トン、独立行政法人 海洋研究開発機構所有)の2011年度第17次航海(KT-11-17航海:主席研究者 浜崎恒二(東大大気海洋研准教授))を実施した。
なお、上に述べた、震災対応緊急航海の課題「東日本大震災による深海底生生物相への影響評価」は、東京大大気海洋研が2006年度から開始した日本財団助成事業「新世紀を拓く深海科学リーダーシッププログラム」の一環として行われたものである。
KT-11-17航海において、仙台沖~大槌沖の水深122~5500 mの13地点(図1)でマルチプルコアラーによって海底堆積物試料(コア)を乱れのない状態のまま柱状に採取した。そのコアを産総研において肉眼、X線CT装置、透過X線画像撮影装置などを用いて観察したところ、13地点のうちの12地点で地震に伴い発生した海底崩壊や津波によって形成されたと考えられるタービダイトがコア表層部にあることを確認した。もっとも厚いタービダイトは大陸斜面下部の水深5500 mから採取したコアに認められ、約25 cm長のコアのすべてがタービダイトであった。
仙台沖の水深122 mから採取したコアには、厚さ約11 cmのタービダイトの下位に約5 cmの厚さの破壊された堆積物を確認した(図2)。この破壊された堆積物には、より下位の底生生物によってかき乱された部分とは異なり、縦方向の筋状の割れ目がある。これは地震の強い揺れによって海底が壊されたため作られた構造であると考えられる。このような大きな地震動による海底の破壊はこれまでに1993年北海道南西沖地震の際に報告されているほか、東南海地震の震源域である熊野沖でも見つかっている。
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図1 KT-11-17航海によるコア採取地点図 |
分析は、マルチプルコアラーによるコア(St.1、2、4、5、6、9、11A、12、13、14、15、19、20Mの13地点で採取)を使用した。St.20M以外の地点のコアに明瞭なタービダイトを認定した。 |
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図2 仙台沖のSt.1から採取された堆積物コアの透過X線画像 |
タービダイトの下位に縦方向の筋(割れ目)の入った堆積物が確認できる。 |
大陸棚~大陸斜面上部域と大陸斜面中・下部域のタービダイトの泥は色や組成がそれぞれ異なるので、タービダイトを構成する堆積物の供給源が異なっていることを示唆する。また、今回の地震源近くの水深893 mから採取したコアのタービダイト(図3)には複数の侵食面が認められ、複数回の混濁流の流下があったことが示唆される。これらのことから、混濁流を発生させる海底斜面の崩壊が多くの場所で発生したものと考えられ、今回の地震による海底の擾乱が震源域の広域で起こったこと、そして海底の震動が極めて大きかったことを示している。
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図3 震源に近いSt.6から採取された堆積物コアの透過X線画像 |
タービダイト中には複数の侵食面が見られ、複数の海底斜面崩壊の発生が推測される。 |
現在、以下の分析を進めている。
1)今回の地震による土砂輸送であることを最表層堆積物試料の放射性元素の分析を通じて確認中(国立大学法人 北海道大学、産総研)
2)土砂の供給源の特定のための堆積物の組成や構造の分析(産総研)
3)海底の地震動の大きさを推定するための堆積物の物性や強度の測定(産総研)
4)産総研により1982年に取得されているデータとの比較による堆積物並びに底生生物の変化の把握による地震の海底環境への影響の解明(横浜国大、静岡大、東大大気海洋研、産総研)
5)海水中の濁度分布の解析による地震の海水/海底環境への影響の解明(東大大気海洋研)
今回の結果により、大規模な海底地震はその発生海域で地震性タービダイトを堆積させる能力を持つことが明らかとなった。通常時には泥が降り積もる海底では、このような地震に伴うタービダイトは侵食されずに地層として残されることが期待される。この海域からより長い柱状の海底堆積物を採取して、その中に残された地震性タービダイトの堆積年代を決定していくことで、長期間にわたる本海域の地震発生履歴の解明に貢献できると期待される。今後、海底堆積物を用いた地震発生履歴の研究に取り組んでいく予定である。