発表・掲載日:2011/09/02

世界初の電力増幅作用を持つダイヤモンドトランジスタ

-省エネに大きく貢献する超低損失パワーデバイスの実現に道-

ポイント

  • 低抵抗ダイヤモンド薄膜(高濃度不純物ドーピング層)を利用
  • ダイヤモンドバイポーラトランジスタを作製し、増幅率10を確認
  • 次世代省エネ社会実現につながるグリーンエレクトロニクス技術

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)エネルギー技術研究部門【研究部門長 長谷川 裕夫】山崎 聡 主幹研究員、電力エネルギー基盤研究グループ【研究グループ長 西澤 伸一】加藤 宙光 研究員、小山 和博 元研修員らは、ダイヤモンド半導体を用いた電力増幅作用を持つバイポーラトランジスタを世界で初めて作製した。

 ダイヤモンドには、半導体材料として最も高い絶縁耐圧と最も高い熱伝導率という非常に優れた特長がある。高電圧をかけても壊れず、また大電流を流したときに発生するジュール熱を効率的に逃がすことができる。その一方、ダイヤモンドは一般的には電気抵抗が非常に大きな、絶縁体に近い半導体であり、そのため大電流を流すことができないことが、ダイヤモンドをパワーデバイスとして利用する上で大きな課題となっている。これまでに産総研は、品質の劣化を極力押さえつつ高濃度の不純物を添加した低抵抗ダイヤモンド薄膜の作製に成功し、この低抵抗ダイヤモンド薄膜を用い、さらにダイヤモンド固有の性質を活かすことで、従来のパワーデバイスとは原理的に異なる超低損失パワーデバイスを提案している。今回、この低抵抗ダイヤモンド薄膜を用い、デバイス作製プロセスを工夫することにより、世界で初めて、電力増幅が可能なバイポーラトランジスタの作製に成功した。これは省エネルギー効果が期待される次世代ダイヤモンドパワーデバイスの開発に道筋をつけるものである。

 なお、この技術の詳細は、2011年9月5日からドイツで開催される第22回ダイヤモンド欧州会議で発表される。

(左)ダイヤモンドバイポーラトランジスタの実物写真と(右)ダイヤモンドバイポーラトランジスタの模式図
(左)ダイヤモンドバイポーラトランジスタの実物写真
(右)ダイヤモンドバイポーラトランジスタの模式図
概要図

※なお、本研究成果は独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST)「二酸化炭素排出抑制に資する革新的技術の創出」の「超低損失パワーデバイス実現のための基盤構築」の委託を受け、一部は独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構 産業技術研究助成事業(若手研究グラント)「大電力密度電子デバイスの実現に向けたn型ダイヤモンド半導体の低抵抗化ならびにオーミック接合技術の開発」の助成を受けて行った。


開発の社会的背景

 省エネルギーによって二酸化炭素の排出を抑制するためには、再生可能エネルギーを大量導入したり、スマートグリッドなどによって電力を自在にコントロールしたりする必要がある。また、電力をコントロールするパワーデバイスを高効率化することが省エネルギー量を決める大きな要素となっており、高性能パワーデバイスの開発が進められている。

 高性能パワーデバイスのための新しい半導体材料として、絶縁耐圧や熱伝導率に優れたシリコンカーバイド(SiC)窒化ガリウム(GaN)が開発され、現在主流であるシリコン半導体との置き換えが図られている。ダイヤモンドはSiCやGaNよりもさらに絶縁耐圧や熱伝導率に優れていることからダイヤモンドによる革新的な省エネ超低損失パワーデバイスの創出が期待されている。

研究の経緯

 産総研では次世代超低損失パワーデバイスを目指し、ダイヤモンド固有の性質を活かした新しい構造の高性能パワーデバイスの研究開発を行っている。その過程で、ダイヤモンドに不純物を添加しても結晶構造が良好に保たれることに注目した高濃度の不純物を混入する技術の開発と、さらに、ホッピング伝導と呼ばれる電気伝導機構を積極的に利用することでダイヤモンドの低抵抗化を実現した。これらの成果を基に、今回、低抵抗ダイヤモンドを用いて高性能パワーデバイスに必要な増幅作用を持つバイポーラトランジスタの開発に初めて成功した。

研究の内容

 一般的にダイヤモンドは電気抵抗が大きく、絶縁体に近い半導体であるが、ホウ素やリンを混入することによって電気抵抗を小さくできる。ホウ素が入ったダイヤモンドはブルーダイヤモンドとして自然にも存在し、正孔がプラスの電荷を運ぶことができる(p型の半導体)。また、自然には存在しないが、リンを混入すると自由に動き回れる電子ができてマイナスの電荷を運べるようになる(n型の半導体)。一般的に半導体デバイスには、p型とn型の両方の半導体が必要で、ダイヤモンドでもp型とn型の半導体が作製できるようになっていたが、ダイヤモンドの誘電率が他の半導体材料に比べ小さいために、動き回れる電子や正孔の量が少なく、流れる電流はわずかであった。

 この欠点を補うため、産総研では非常に大量の不純物を添加し、しかも欠陥の発生を極力抑えた低抵抗ダイヤモンド薄膜を作製することに成功した〔1〕。不純物を高濃度に添加したダイヤモンドでは電子や正孔が移動することで電流が流れるが、その電子や正孔の移動の仕方は一般の電子デバイスに見られるバンド伝導と呼ばれる機構ではなく、ホッピング伝導と呼ばれる特有の機構である。

 ダイヤモンドパワーデバイス開発には、ホッピング伝導とバンド伝導を巧妙に組み合わせるという工夫が必要になってくる。図1に、産総研で開発した高濃度にホウ素を添加したp+層と高濃度にリンを添加したn+層の間に、不純物の混入を極力低くしたイントリシック層(i層)を入れたダイオードを示す。このダイオードでは、10,000 A/cm2を超えるという大きな電流密度を実現することができ、また、逆方向に電圧をかけても電流が流れない良好な半導体特性が確かめられた〔2〕。

高濃度不純物層(n+層、p+層)を使ったバイポーラダイオードの模式図
図1 高濃度不純物層(n+層、p+層)を使ったバイポーラダイオードの模式図

 今回開発したバイポーラトランジスタは、前回のダイオードよりもさらに巧みにホッピング伝導とバンド伝導を組み合わせることによって実現できた。開発したバイポーラトランジスタの模式図を図2に示す。高濃度不純物層であるp+層とn+層、不純物をほとんど含まないi層に加えて、リンの濃度をコントロールしたn層を使い、デバイス構造を工夫することによって作製したものである。

ダイヤモンドバイポーラトランジスタの模式図
図2 ダイヤモンドバイポーラトランジスタの模式図

 図3にこのトランジスタによる電力増幅を測定した結果を示す。トランジスタの入力に対応するベース電流の変化に対して、出力となるコレクター電流の変化が10倍程度となり、電流の増幅率が10を超えることが確認できた。これまでにもダイヤモンド半導体を用いたバイポーラトランジスタを作製した例はあったが、有意な電力増幅は確認されていなかった。

 今後、電流密度を増やすなど、さらに特性を向上させる必要があるが、ダイヤモンド半導体でも室温でバイポーラ動作によるトランジスタが実現できたことは、ダイヤモンドの優れた物性を活かした高性能パワーデバイス実現への第1歩となると考えている。

トランジスタによる電力増幅を測定した結果の図
図3 入力のベース電流に対して、およそ10倍の出力となるコレクター電流を得ることができている。

今後の予定

 スマートグリッドなどのダイヤモンドパワーデバイスの将来の活躍の場を明確にし、絶縁耐圧や電流密度などの優位性を確認することにより、現在、産総研を中心に産学官共同で行っているダイヤモンドパワーデバイスの研究開発を加速し、発展させていく予定である。

 〔1〕H. Kato, H. Umezawa, N. Tokuda, D. Takeuchi, H. Okushi, and S. Yamasaki, "Low specific contact resistance of heavily phosphorus-doped diamond film", Appl. Phys. Lett. 93, 20202103, (2008).

 〔2〕K. Oyama, S.-G. Ri, H. Kato, M. Ogura, T. Makino, D. Takeuchi, N. Tokuda, H. Okushi, and S. Yamasaki, "High performance of diamond p+-i-n+ junction diode fabricated using heavily doped p+ and n+ layers", Appl. Phys. Lett., 94, 152109, (2009).


用語の説明

◆ダイヤモンド半導体
ダイヤモンドは炭素だけからできているが、炭素は元素周期表では第IV族であり、電子部品の主役であるケイ素(シリコン)も同じ第IV族である。第IV族の中で炭素はケイ素の近くに位置し、ケイ素と似た性質を持っている。しかし、不純物や格子欠陥の少ない高品質のダイヤモンドがなかったことから、半導体としての研究は進んでいなかった。しかし、1980年ころに、化学気相合成法により高品質なダイヤモンドが人工的に合成できるようになった。その後、急速に半導体としての研究が進み、ひとつの応用としてLEDが作製できるようになった。パワーデバイスに必要な絶縁耐圧や熱伝導率といった特性は、シリコンやシリコンカーバイド、窒化ガリウムよりも優れている。[参照元へ戻る]
◆バイポーラトランジスタ
負の電荷を持つ電子と正の電荷を持つ正孔の二つを使ったトランジスタ。トランジスタはスイッチングや増幅作用を持つことができる。電子のみ、もしくは正孔のみを使ったユニポーラトランジスタもあるが、パワーデバイスとしてはバイポーラデバイスのほうが高い電圧でも動作することができ有利である。[参照元へ戻る]
◆パワーデバイス
電圧・電流・周波数を変換・制御するための一群の半導体素子。[参照元へ戻る]
◆シリコンカーバイド(SiC)
シリコンと炭素からなる半導体で、シリコンとダイヤモンドの中間の性質を持っている。シリコンに性質が似ておりデバイス化が比較的容易であるため、現在、研究開発の中心となっている。[参照元へ戻る]
◆窒化ガリウム(GaN)
窒素とガリウムからなる半導体で青色発光ダイオードの材料である。パワーデバイスとしての性質はシリコンとダイヤモンドの中間に位置している。[参照元へ戻る]
◆ホッピング伝導、バンド伝導
整然と原子・分子が配列した系でキャリア(電子または正孔)が結晶格子の特定方向に流れることをバンド伝導という。
一方、有機分子など非晶質構造で、キャリアが個々の分子間を飛び跳ねるように伝わっていくことをホッピング伝導という。一般的には、キャリアの流れやすさ(電流)は伝導経路および単位面積あたりのキャリアの数に依存し、バンド伝導のほうがホッピング伝導よりも素直であり、半導体デバイスとしては、バンド伝導が使われている。
ダイヤモンド半導体の場合には、もともとキャリアの数が少なくバンド伝導のみでは抵抗が大きくなる欠点を持っていた。今回バンド伝導と高濃度不純物を添加することによるホッピング伝導をうまく組み合わせることにより、その欠点を克服した。[参照元へ戻る]
◆ダイオード
電流の向きによって、ある方向には電流が流れ、その逆方向には電流が流れなくなる電子素子。構造としてはトランジスタよりも単純な構造を持っている。トランジスタとダイオードの組み合わせによって電力変換器を作ることができる。[参照元へ戻る]
◆バイポーラ動作
負の電荷を持つ電子と正の電荷を持つ正孔の二つが関与する電子デバイスの動作。[参照元へ戻る]

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