発表・掲載日:2011/06/09

転写因子Glis1により安全なiPS細胞の高効率作製に成功

-Nature 6月9日号に掲載-

ポイント

  • 転写因子Glis1の導入によりマウス/ヒトiPS細胞の樹立効率が大幅に改善される。
  • Glis1は、不完全に初期化された細胞の増殖を抑制し、完全に初期化されたiPS細胞のみを増殖促進させる。
  • Glis1が初期化を促進する仕組みにも迫る。

1.要旨

 前川桃子助教(京都大学ウイルス研究所/同iPS細胞研究所/JST山中iPS細胞特別プロジェクト)と山中伸弥教授(京都大学物質-細胞統合システム拠点/同iPS細胞研究所/JST山中iPS細胞特別プロジェクト)の研究グループは、五島直樹主任研究員(産業技術総合研究所バイオメディシナル情報研究センター/NEDO iPS細胞等幹細胞産業応用促進基盤技術開発)の研究グループとの共同研究で、卵細胞で強く発現する転写因子注1Glis1を用いると、従来の方法に比較して非常に効率よくiPS細胞(人工多能性幹細胞)注2を誘導できることを発見しました。

 従来は、レトロウイルスベクター注3で4つの転写因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)を線維芽細胞注4に導入してiPS細胞を作製していましたが、原がん遺伝子c-Mycによる腫瘍発生が懸念されていました。また、c-Mycなしでの誘導では、作製効率が低いこともあり、安全なiPS細胞を効率よく誘導する方法の開発が望まれていました。

 本研究では、iPS細胞誘導に関与する新規因子の探索を行い複数の因子を同定しましたが、そのうちのGlis1を3因子(Oct3/4, Sox2, Klf4)と一緒に、マウスまたはヒトの線維芽細胞にレトロウイルスベクターを用いて導入したところ、いずれにおいてもiPS細胞の樹立効率が顕著に改善されました。さらに、Glis1は初期化が不完全な細胞の増殖を抑制し、完全に初期化した細胞のみ増殖することを明らかにしました。また、Glis1が初期化を促進する機構についても詳細な解析を行いました。今回発見された転写因子Glis1とそこから得られた知見は、将来の臨床応用に役立つことが期待されます。

 本共同研究は、科学技術振興機構(JST)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)等、「6.本研究への支援」の機関が省庁の垣根を越えた連携のもとでの支援を受け実施されました。

 この研究成果は、英国科学誌「Nature」6月9日号で公開されます。



2.研究の背景

 山中教授の研究グループは、線維芽細胞にレトロウイルスベクターを用いて、4つの転写因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc) を導入してiPS細胞の作製に成功しています。しかし、導入したc-Mycの影響と思われる腫瘍形成のリスクや、c-MycなしではiPS細胞の樹立効率が極端に低いことが示されています。

 そこで、臨床応用に使用できるiPS細胞を効率よく作製する方法の確立のために、本研究グループは、より安全でより効率の良い新規初期化因子の探索を行ってきました。その過程で、五島主任研究員らがNEDOプロジェクトで構築してきたヒトcDNA注5ライブラリー(ヒトタンパク質発現リソース)から選出した1,437個の転写因子を用いて、Klf4の代替因子として新規に18因子を同定しました。

 いずれの因子もKlf4代替因子としての誘導効率は低かったのですが、その18因子の1つである転写因子Glis1を、3因子(Oct3/4, Sox2, Klf4)あるいは4因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)と一緒に、マウスやヒトの線維芽細胞に導入すると、非常に効率よくiPS細胞を作製できることを見出しました。さらに、Glis1が初期化を促進する機構を詳細に検討しました。

3.研究結果

1) Glis1の導入によりマウスおよびヒトiPS細胞の樹立効率改善

 Glis1を3因子(Oct3/4, Sox2, Klf4)あるいは4因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)と同時に、マウスやヒトの線維芽細胞に導入したところ、ES細胞(胚性幹細胞)注6と同様の多能性マーカー遺伝子を発現し、形態も類似したiPS細胞を効率よく誘導することができました。

 また、Glis1は、c-Mycによって誘導される初期化が不完全な細胞や形質転換された細胞の増殖を抑制していることがわかりました(図1,2)。

GFP陽性コロニー数(マウス)の図
図1.GFP陽性コロニー数(マウス)
(上)Glis1はc-Mycと同等に、またGlis1はc-Mycと相乗的にGFP陽性コロニーを増殖させる。
(下)Glis1で誘導されたコロニーはほとんどがGFP陽性
  ES細胞類似コロニー数(ヒト)の図
図2.ES細胞類似コロニー数(ヒト)
(上)Glis1はc-Mycと同等に、またGlis1はc-Mycと相乗的にES細胞類似コロニーを増殖させる。
(下)Glis1で誘導されたコロニーの多くがES細胞類似コロニー
 

 Glis1と3因子(Oct3/4, Sox2, Klf4)で誘導したiPS細胞は、奇形腫注7を形成(三胚葉注8へ分化能を証明)し(図3)、さらに、iPS細胞由来キメラマウス注9は生殖系譜にも寄与できることがわかりました(図4)。またGlis1から作成されたキメラマウスでは、c-Mycを用いて作製された場合のような顕著な腫瘍発生や短命化は認められませんでした。

Oct3/4, Sox2, Klf4, Glis1を導入して作製されたiPS細胞由来の奇形腫(マウス)の写真
図3.
Oct3/4, Sox2, Klf4, Glis1を導入して作製されたiPS細胞由来の奇形腫(マウス)左から、神経細胞、平滑筋、円柱上皮

Oct3/4, Sox2, Klf4, Glis1を用いて樹立されたiPS細胞由来のキメラマウスの写真
図4.
Oct3/4, Sox2, Klf4, Glis1を用いて樹立されたiPS細胞由来のキメラマウス(上)
F1の体毛色から生殖系譜への寄与が確認できた(下)

2) Glis1の機能解析結果

Glis1を含む転写因子をマウス胎仔線維芽細胞に導入し、5日後の初期化早期に遺伝子発現解析を行ったところ、Glis1は初期化誘導に寄与することが報告されている複数の遺伝子の発現を促進することがわかりました。
Glis1はOct3/4, Sox2, Klf4とたんぱく質レベルで相互作用していることを明らかにしました。
Glis1はES細胞では発現レベルが低いことを確認しました。そこで、マウスES細胞にGlis1を強制発現したところ、ES細胞の増殖が抑制されました。このことから、iPS細胞誘導過程において、細胞に導入された因子の発現が抑制されない初期化不完全細胞では、Glis1の発現が継続することにより、細胞の増殖が抑制されていることを示唆しています。言い換えれば、増殖している細胞は、完全に初期化されたiPS細胞であることを示しています。

4.まとめ

 今回の研究から、未授精卵や受精卵1細胞期で高度に発現している転写因子Glis1を3因子(Oct3/4, Sox2, Klf4)と共に線維芽細胞に導入すると、従来の方法に比較して非常に効率よくiPS細胞を作製できることが明らかになりました。更に、Glis1は初期化が不完全な細胞の増殖を抑制し、完全に初期化した細胞のみ増殖させることがわかりました。また、Glis1は初期化誘導に寄与することが報告されている複数の遺伝子の発現を上昇させることによって初期化を促進していることもわかりました。

 これらの結果は、Glis1を用いることにより、安全性の高いiPS細胞を効率よく作製できる可能性を示しており、臨床応用に使用可能なiPS細胞作製方法の確立に大きく貢献することが期待されます。

5.論文名と著者

○論文名
Direct reprogramming of somatic cells is promoted by maternal transcription factor Glis1
○ジャーナル名
Nature
○著者
Momoko Maekawa (1,2), Kei Yamaguchi (3), Tomonori Nakamura (1,4), Ran Shibukawa (1,2), Ikumi Kodanaka (1,2), Tomoko Ichisaka (1, 4), Yoshifumi Kawamura (3), Hiromi Mochizuki (3), Naoki Goshima (5), and Shinya Yamanaka (1,2,4,6)
○著者の所属機関
1)京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
2)JST山中iPS細胞特別プロジェクト
3)バイオ産業情報化コンソーシアム
4)京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)
5)産業技術総合研究所バイオメディシナル情報研究センター
6)グラッドストーン研究所、サンフランシスコ

 

6.本研究への支援

 本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。

  • 独立行政法人科学技術振興機構(JST)「山中iPS細胞特別プロジェクト」
  • 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
    「タンパク質機能解析・活用プロジェクト」
    「化合物等を活用した生物システム制御基盤技術開発」
    「iPS細胞等幹細胞産業応用促進基盤技術開発」
  • 文部科学省(MEXT)「再生医療の実現化プロジェクト」
  • 内閣府「最先端研究開発支援プログラム(FIRSTプログラム)」
  • 独立行政法人医薬基盤研究所(NIBIO)「保健医療分野における基礎研究推進事業」
  • 文部科学省、独立行政法人日本学術振興会「科学研究費補助金」


7.用語解説

 
注1)転写因子
たんぱく質合成は、DNA上の遺伝子を鋳型にしてメッセンジャーRNA(mRNA)が転写され、このmRNAが核外のリボソーム上で翻訳される過程で成り立っている。転写因子は、転写開始に関わる因子で、DNAに結合して働くものや因子間の相互作用によって機能するものがある。[参照元へ戻る]
注2)iPS細胞
人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)のこと。皮膚などの体細胞に特定因子を導入することにより作製される。胚性幹細胞(ES細胞)のように無限に増え続ける能力と体のあらゆる組織細胞に分化する能力を有する多能性幹細胞である。[参照元へ戻る]
注3)レトロウイルスベクター
ベクターとは、細胞外から内部へ遺伝子を導入する際の「運び屋」を指す。ウイルス由来のベクターは、遺伝子導入効率の高さから盛んに開発されてきた。目的遺伝子をウイルスに組み込み、細胞に感染させることにより遺伝子を導入する。レトロウイルスベクターは、このウイルスベクターの1種類として確立されたもので、宿主の細胞に感染したあと、宿主のDNAのなかに入り込み、自らのウイルスを増殖させる性質を利用するものである。[参照元へ戻る]
注4)線維芽細胞
皮膚などから得られる細胞の一種。[参照元へ戻る]
注5)cDNA
相補的DNAとも言う。ゲノムDNAは、アデニン、グアニン、シトシン、チミンの4つの塩基で構成されており、このDNAの一部が遺伝子として働く。たんぱく質合成の際に遺伝子として働く部分だけをコピーしたmRNAの塩基配列情報を写し取った相補鎖DNAのこと。[参照元へ戻る]
注6)ES細胞
胚性幹細胞(ES細胞:embryonic stem cell)のこと。ES細胞は受精後6、7日目の胚盤胞から細胞を取り出し、それを培養することによって作製される多能性幹細胞の一つで、あらゆる組織の細胞に分化することができる。しかし、作製には受精卵を破壊する必要があり、倫理的な問題がある。また、患者自身の細胞から作製することができないため、細胞移植に利用する際には、免疫拒絶の問題が指摘されている。[参照元へ戻る]
注7)奇形腫
ES細胞やiPS細胞を免疫不全マウスの皮下などに注射すると、腫瘍を形成する。この腫瘍はテラトーマと呼ばれ、様々な種類の組織が混在している。テラトーマを観察し、様々な組織に分化していることを確認することは、細胞の分化多能性を調べる一般的な方法の一つである。[参照元へ戻る]
注8)三胚葉
受精後の胚からできる細胞は、内胚葉、中胚葉、外胚葉に分けられる。内胚葉は、その後消化器官や呼吸器官を形成する。中胚葉は骨、心筋、赤血球などに分化する。外胚葉は、神経や感覚器官を形成する。[参照元へ戻る]
注9)キメラマウス
二つ以上の異なった遺伝子型の細胞、あるいは異なった種の細胞から作られた1個の個体をキメラという。例えば、ES/iPS細胞を初期胚に移植して作製したマウスのことをキメラマウスと言う。[参照元へ戻る]

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