岩崎電気株式会社(本社:東京都中央区馬喰町1-4-16、代表取締役社長:渡邊 文矢)技術研究所 所長 木下 忍、東海大学(所在地:神奈川県平塚市北金目4-1-1、学長:髙野 二郎)工学部機械工学科 教授 岩森 暁、独立行政法人産業技術総合研究所(本部:東京都千代田区霞ヶ関1-3-1、理事長:野間口 有)環境管理技術研究部門(所在地:茨城県つくば市小野川16-1、研究部門長:田尾 博明)計測技術研究グループ 主任研究員 野田 和俊らの研究グループは、この度水晶微小天秤(Quartz Crystal Microbalance, QCM)法を利用した新しい活性酸素検出モニターを開発しました。
活性酸素は、紫外線(UV)ランプや大気圧プラズマなどを用いた表面処理プロセス分野に幅広く利用されていますが、これまでその作用量を簡便に計測できる手段がありませんでした。空間中の活性酸素計測手法としては、レーザー誘起蛍光法や真空紫外吸光分光法などが知られていますが、いずれも計測装置の価格が数千万円以上と高価で、また装置そのものが大型という欠点がありました。
開発した手法では、水晶振動子上に形成した有機系薄膜と活性酸素との反応による薄膜質量の変化量を水晶振動子の共振周波数の変化量として計測することができ、活性酸素の表面作用量を連続的にモニタリングすることが可能になりました。図1に活性酸素検出モニターの水晶微小天秤センサーヘッド部の写真を示します。水晶振動子上に形成される有機系薄膜の材料を変えると、活性酸素検出感度が変化するため、用途に応じて使い分けることができます。この開発品は、産官学が連携して産み出した成果であり、表面処理プロセスの活性酸素作用量モニターとしての応用が期待され、工程歩留りの向上に道筋を拓くものとなります。
なお、この研究開発は、独立行政法人科学技術振興機構(JST) 研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP) シーズ顕在化タイプ(課題名「活性酸素種の殺菌プロセスへの応用と評価モニタリング技術の開発」(企業責任者:木下 忍(岩崎電気)、研究責任者:岩森 暁(東海大学))により行われているものです。
|
開発した活性酸素検出モニター用の水晶素子
素子表面にそれぞれ異なる種類の有機系薄膜がコーティングされている
|
現在、ガラス基板の洗浄、各種エンジニアリングプラスチック(ポリマー材料)の表面改質、医療品の表面殺菌など工業的な表面処理プロセスでは、UV、プラズマ、電子線などが利用されています。これらの表面処理には共通して、“活性酸素”が重要な作用因子として機能していることが、古くから知られています。
活性酸素は、文字通り空気中に含まれる基底状態(励起されていない通常の状態の)酸素分子(O2)よりも高活性で、桁違いに高い酸化力を有する酸素種の総称と定義されています。活性酸素のプロセス中での生成量を計測する手段は、レーザー装置を使用する方法(レーザー誘起蛍光法)や真空紫外線の吸収を利用する方法(真空紫外吸光分光法)などが知られていますが、何れも測定装置が大型、高価であり、UVやプラズマなどのプロセス装置ごとへの搭載は困難でした。
こうした事情を鑑みて、私たちは、安価で簡便な活性酸素の計測手法を確立し、プロセス装置ごとへの搭載を実現するため、水晶微小天秤法の適用を検討し、この度、活性酸素の表面作用量をモニタリングできる活性酸素検出モニターを開発しました。
水晶微小天秤法は古くから蒸着速度・膜厚モニターや、ガス検出に応用されており、装置が小型で安価という特長を持っています。
私たちは、2009年頃からこの手法による活性酸素検出の基礎研究に着手し、各種の検出材料を用いた検証試験を行い、有機系薄膜が工業プロセス装置内部で生成する活性酸素のモニターに有効であることを実証してきました。
この手法を用いた活性酸素作用量の検出法として、水晶微小天秤の母体となる“水晶振動子”上に銀薄膜を形成し、銀薄膜と活性酸素との反応による酸化銀(Ag2O)形成に伴う質量増加量を振動子の共振周波数の変化量としてモニタリングする手法が報告されていますが、銀薄膜を用いた場合、徐々に薄膜表面が酸化銀層で被覆されて、長時間作用量をモニタリングできないという欠点がありました。
新しい開発手法では、水晶振動子上に高周波スパッタリング法によって形成した有機系薄膜が活性酸素と反応することによる、化学的なエッチングに伴う質量減少量を水晶振動子の共振周波数変化量としてモニタリングすることが可能になりました。また、活性酸素との反応によって、常に新たな有機系薄膜表面が露出し、活性酸素に曝露するため、銀薄膜を用いた場合の問題を解決することができます。
図2に各種出発材料を用い、高周波スパッタリング法で形成した有機系薄膜による活性酸素(原子状酸素)のモニター特性を示します。横軸は活性酸素の照射時間、縦軸は水晶振動子の共振周波数変化量(単位:Hz)を示しています。カーボン系薄膜(図中、“Carbon”)、ポリイミドを出発材料として形成した有機系薄膜(図中、“Polyimide”)、ポリテトラフルオロエチレン(polytetrafluoroethylene)を出発材料として形成した有機系薄膜(図中、“PTFE”)それぞれの材料は、同一の活性酸素照射量に対して、異なる周波数増加特性、すなわち質量減少の挙動を示し、形成する薄膜材料によって活性酸素の測定感度を変化させることができました。
さらに多くの有機系薄膜材料を開発することにより、使用用途や装置に応じた活性酸素モニタリングが可能になるため、有機薄膜の物性、活性酸素との反応機構などを解明することができます。
|
図2 有機系薄膜付き水晶振動子の活性酸素モニター結果
|
有機系薄膜を用いることで、直線性良く活性酸素(原子状酸素)をモニターできることが実証されています。また、有機系薄膜の材料を変えることで、異なる検出感度の活性酸素検出モニターが作製できるという知見が得られています。図中、“PTFE”はポリテトラフルオロエチレン、“Polyimide”はポリイミド、“Carbon”はカーボンをそれぞれ出発材料として成膜したものです。 |
今回開発した活性酸素検出モニターは、2011年中に、岩崎電気より150万円以下での装置販売を行う予定です。さらにこの装置を用いて、表面処理プロセス中の活性酸素作用量のモニター結果と、実処理効果(洗浄、改質、殺菌など)との相関関係を明らかにし、処理速度の向上、最適化、新たな表面処理装置(滅菌装置等)の開発に繋げたいと考えています。