独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノチューブ応用研究センター【研究センター長 飯島 澄男】スーパーグロースCNT研究チーム【研究チーム長 畠 賢治】山田 健郎 主任研究員は、配向した単層カーボンナノチューブ(単層CNT)の薄膜を伸縮性のある高分子基板の上に貼り付け、CNT膜の電気抵抗変化によってひずみを検出できるひずみセンサーを開発した。
このCNTひずみセンサーは、従来の金属製ひずみセンサーの約50倍となる、280 %の大きさのひずみまで検出可能である。また、150 %以下のひずみに対しては1万回以上の繰り返し耐久性を持ち、ひずみに対する応答性はわずか14ミリ秒と、100 %以上の大きなひずみを測定できるセンサーとしては最速である。さらに、導電性材料と高分子との複合材料で作られたひずみセンサーと比較すると、クリープが小さく、クリープからの回復も20倍以上速い。
CNTひずみセンサーは簡単に衣服や体に貼り付けることができ、膝の屈伸・指の動きや呼吸・発声をモニターできる。将来のウェアラブルデバイスの開発につながり、レクリエーションや医療分野での応用も期待される。
なお、本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「プロセスインテグレーションによる機能発現ナノシステムの創製」【研究総括 独立行政法人 物質・材料研究機構 理事 曽根 純一】研究領域における研究課題「自己組織プロセスにより創製された機能性・複合CNT素子による柔らかいナノMEMSデバイス」【研究代表者 畠 賢治】の一環として行った。
詳細は、英国の学術誌「Nature Nanotechnology」に2011年3月28日(日本時間)にオンライン掲載される予定である。
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CNTひずみセンサーの構造概略図(左) 膝の動きをモニタリングするデバイスとしての応用(右)
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ウェアラブルデバイス、ユビキタスデバイスが注目されるに伴い、いろいろなデバイスの微少化・軽量化が進む一方、従来の硬く脆いシリコンデバイスとは異なる、柔らかいデバイスの開発も重要になってきている。ひずみセンサーは材料の変形を測定・評価する以外に、ウェアラブルデバイスの1つであるデータグローブなど人体の動きの検出にも用いられてきたデバイスであるが、従来の金属製ひずみセンサーでは検出できるひずみが5 %程度までと小さいため、人間の動作範囲を制限してしまうという問題があった。
導電性材料と高分子との複合材料を用いたひずみセンサーでは、100 %程度までのひずみを検出できるが、急激なひずみの場合にはクリープ変形が生じてしまい、変形が安定してひずみが測定できるまでに100秒以上の時間がかかる。また、デバイスとしての耐久性についてはこれまでほとんど検討されていない。
産総研ナノチューブ応用研究センターは、炭素純度の高い単層CNTの合成法であるスーパーグロース法を開発し、単層CNTのさまざまな用途開発を進めてきた。垂直配向した長尺の単層CNTフィルムを高密度化処理してシリコンウエハー上に倒伏させ、高密度配向CNTウエハーを作製することに成功し、このCNTウエハーを用いてCNT 3次元デバイスの大量作製も実現した。この高密度配向CNTウエハーを、柔らかい基板の任意の位置に、任意の配向方向で貼り付ける技術を開発し、CNTと伸縮性のある高分子基板を組み合わせた柔らかいデバイスの作成が可能となったため、今回ひずみセンサーへの応用を試みた。
図1にCNTひずみセンサーの作製法を示す。シリコン基板上に触媒を線状にパターニングして合成した垂直配向単層CNTフィルムをシリコン基板からはがし、伸縮性のあるポリジメチルシロキサン(PDMS:シリコンゴムの一種)基板上に並べ、イソプロピルアルコール(IPA)に浸漬させる。この処理により配向した単層CNTは高密度化して倒伏し、ファンデルワールス力により基板に接着する。なお、CNTの配向方向は、ひずみの方向と直交している。
また、スーパーグロース法によって合成したCNTを分散させた導電性ゴムとPDMSを使った接着剤を用いて、変形しても特性の変わらない柔らかい電極の接合法を新たに開発し、CNTひずみセンサーの両端に取り付けた。この電極によって、電極も含めてすべてが伸縮するひずみセンサーを作製することができた。いろいろなサイズのひずみセンサーを作ることができるが、今回作製したうち、最大のものは15 cm×5 cmである。
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図1 CNTひずみセンサーの作製法
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図2にCNTひずみセンサーの特性を示す。なお、実験はすべて室温で行った。従来の金属製ひずみセンサーでは5 %程度のひずみ測定しかできなかったが、CNTひずみセンサーは最大280 %ひずみを測定できた(図2a)。なお、無配向のCNTを用いたひずみセンサーでは、このような大きなひずみは測定できない。また、図2bに示すように、1度目にひずみを与えたとき(図2b赤線)と、2度目以降(図2b青線)ではひずみに対し、異なる電気抵抗の変化を示し、2度目以降のひずみでは、傾きの異なる二つの線形領域を持っていた。しかしながら、150 %までのひずみに対して1万回以上の繰り返し耐久性を持ち、急激な100 %のひずみに対しても、3 %程度のクリープしか生じず、それもわずか5秒程で安定した。このひずみセンサーは100 %程度のひずみを測定できる導電性材料と高分子との複合材料(クリープ量:8.8 %、減衰:100秒以上、文献値)と比べると、クリープ量も少なくその減衰も早い。またひずみに対する応答性も非常に高速であり、わずかに14ミリ秒程度の遅れで追随できる。
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図2 CNTひずみセンサーの特性
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CNTひずみセンサーのメカニズムを解明するため、走査型電子顕微鏡を用いて表面を観察したところ、ひずみ前には、表面の凹凸は観測されなかったが(図3a)、初めて100 %のひずみを与えると、CNT表面に座屈が生じ、ひずみ方向と直交する方向(CNTの配向方向)に亀裂が入った(図3b、e)。2度目以降は、ひずみを解除すると亀裂が収縮し(図3c)、再度ひずみを加えると、初めに生じた亀裂が再度開く(図3d)。この亀裂の開閉により、伸縮性基板の動きにCNTが追随していることがわかった。さらに、走査型電子顕微鏡により、CNTの亀裂表面を詳細に観察したところ(図3d)、この亀裂はCNTにより架橋されており(図3f)、架け橋部分によって導電経路が確保されていることがわかった。
また、このメカニズムに対し、図3gに示すようなCNTの架け橋のモデルを導入し電気抵抗の変化を計算したところ、図2b青線の測定結果とよく一致した。
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図3 CNTひずみセンサーの伸縮メカニズムと電気抵抗変化モデル
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CNTひずみセンサーの応用として、呼吸・発声・手の動き・足の動きをモニタリングするデバイスを試作した。図4に測定結果を示す。膝の動きをモニタリングするタイツ(図4a)では、膝を曲げるとひずみが加わって電気抵抗が増加し、伸ばすとひずみが解放され電気抵抗が小さくなるが、足の動きに伴う電気抵抗の変化が検出できている(図4b)。また、ジャンプをするための膝の素早い屈伸動作と、着地に伴う衝撃を吸収する動作も検出できた。また、手袋の指それぞれにCNTひずみセンサーを取り付け(図4c)、指を動かすと各指の形状をすべて判別でき、データグローブとして利用の可能性を確認できた(図4d)。CNTひずみセンサーはデバイスとしての耐久性に優れるため、これらは複数の人間が繰り返し利用することも可能である。
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図4 CNTひずみセンサーを利用した膝や手指の動きのモニタリング
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今回開発したCNTひずみセンサーは人体の素早く、大きな動きも測定できるため、ウェアラブルデバイスへの応用が可能である。例えば医療分野において、リハビリテーションの際に患者の動きを妨げずにモニタリングすることや、呼吸モニターやデータグローブとしての利用も考えられる。また、コンピューターゲームの入力装置としてレクリエーション分野への応用も考えられる。
将来は企業などとの連携を進め、デバイスの実用化研究を進める。