日本電信電話株式会社(以下、「NTT」 東京都千代田区、代表取締役社長:三浦惺)は、独立行政法人産業技術総合研究所(以下、「産総研」 東京都千代田区、理事長:野間口有)および、有限会社スペクトルデザイン(以下、「スペクトルデザイン」 栃木県大田原市、代表取締役:深澤亮一)とともに、テラヘルツ波※1を用いた遠隔分光センシングシステム※2のプロトタイプを開発しました。また、学校法人東京理科大学(東京都新宿区、理事長:塚本桓世)総合研究機構 火災科学研究センターにおいて本システムの評価実験を行った結果、火災現場などで発生する危険ガスの一種とされる、シアン化水素ガス※3の遠隔検知に有効であることが検証されました。本システムにより、火災現場に足を踏み入れることなく危険ガスを検知できるようになることから、火災現場で救助活動にあたる消防士の二次災害リスクを大幅に軽減できることが期待されます。
本開発の一部は、独立行政法人情報通信研究機構からの委託(「ICTによる安全・安心を実現するためのテラヘルツ波技術の研究開発」)を受け実施されたものです。
また、開発を進めるうえで、国立大学法人東京大学(東京都文京区、総長:濱田純一)大学院総合文化研究科小宮山研究室の指導を受けました。
周波数軸上で電波と光の間に位置するテラヘルツ波は、赤外線や可視光に比べると波長が長いため、粉塵や煙、炎を伝播しても、散乱されて減衰することがほとんどない、という性質を持っています。
また、多くの物質は、それぞれ異なる周波数のテラヘルツ波を吸収する性質を持っていることから、テラヘルツ波の吸収パターンを測定することで、有毒ガスなどの危険物質を識別することが可能であることが知られています。
しかし、テラヘルツ波にはこのような有用性がある一方で、発生・検出の技術が未成熟で、産業的な応用が難しいという課題がありました。NTTでは、2006年よりテラヘルツ波の有用性を災害現場に適用すべく、課題であった発生・検出技術の研究を進め、従来、二次災害の危険を冒しながら災害現場に足を踏み入れてサンプリング調査しなければ検知できなかった危険ガスを、遠隔でリアルタイムに検知するシステムの実現を目指してきました。
今回、要素技術として高出力・広帯域テラヘルツ波発生器※4、低雑音・広帯域ミキサ※5、スペクトル解析技術※6を開発し、これらをシステム統合することにより、遠隔分光センシングシステムのプロトタイプを実現し、危険ガスの一種であるシアン化水素ガスの模擬火災環境下での遠隔リアルタイム検知に成功しました。
1. 光からテラヘルツ波を発生させる技術(NTT)
1台の波長可変光源と2台の波長固定光源から発生する光信号の波長配置と合波の工夫、NTTが光通信用に独自開発した単一走行キャリア・フォトダイオードの動作周波数の改良により、200から500GHzまでを1秒で周波数掃引する、高出力・広帯域のテラヘルツ波発生器を実現した。
2. 低雑音・広帯域ミキサ(産総研)
超伝導デバイス技術を用いて、テラヘルツ帯で汎く使われる半導体ミキサに比べ、 低雑音性・広帯域性に優れた超伝導ミキサを開発するとともに、 その動作に必要な摂氏マイナス269度の極低温環境を提供する 小型機械式冷凍機に、そのミキサを実装した可搬型受信器を開発した。
これにより、可搬型システムでの微弱なテラヘルツ波の受信が可能になった。
3. スペクトル解析技術(スペクトルデザイン)
危険ガスや建築材料・煤などのテラヘルツ帯分光スペクトルのデータベース※7を構築した。また、データベースを基に、遠隔分光スペクトルを数学的に解析し、危険ガスの濃度を定量的に算出するための解析アルゴリズムとソフトウェアを開発した。
4.評価実験(東京理科大学 火災科学研究センター※8)
同センターの大型実験設備を利用して、実スケールの模擬火災環境下で遠隔分光センシングシステムの評価実験を行った。
今回開発した、遠隔分光センシングシステムに対する現場のニーズなどを収集するとともに、分析可能なガス種類を拡大し、現場に持ち運びやすいサイズまで小型化するなど、実用化に向けた研究開発に引き続き取り組んでいきます。
1. 火災現場を再現した環境での試験
6畳間を模して造られた構造物(ルームコーナー試験機と呼ばれる)内部で、ウレタンブロックを燃焼させ、内部に煙を充満させる。この状態で、試験機入り口から5mほど離れたところに設置した、テラヘルツ帯遠隔分光センシングシステムからテラヘルツ波を照射、反射して戻ってきたテラヘルツ波のスペクトルから試験機内部に存在するガスを調べた。
なお、本実験では、金属製コーナーリフレクタを用いて人為的にテラヘルツ波を反射させているが、本来は、部屋の角などでのテラヘルツ波の反射を利用することを想定しており、金属製コーナーリフレクタは必ずしも必要ではない。
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火災現場の再現イメージ |
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模擬火災環境下での実験の様子 |
2.シアン化水素ガスの遠隔検知に成功
下記の図は、模擬火災環境下で得られたスペクトルを示している。燃焼開始70秒から160秒にかけて、265と355、444GHzに、周波数が上がるにつれて強度が強くなる吸収ピークが観測されている。
これは、シアン化水素ガスのスペクトルの特徴によく一致している。
また、この実験では同時に、燃焼中のルームコーナー試験機内の気体をサンプリングし、別途化学分析によりシアン化水素ガスの濃度を調べたが、これにより得たシアン化水素ガスの濃度が、スペクトル分析により得たシアン化水素ガスの濃度とほぼ一致した。このことは、テラヘルツ帯遠隔分光センシングシステムにより、模擬火災によりで発生したシアン化水素ガスを遠隔から検知することに成功したことを示している。
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模擬火災環境下で得られたスペクトル |