JST 課題解決型基礎研究の一環として、産業技術総合研究所 ナノシステム研究部門の大谷 実 研究グループ長とグエン・タンクン 研究員らの研究チームは、ポストシリコン材料として注目されている炭素原子のシート「グラフェン注1)」が絶縁体基板である酸化シリコン上に吸着されると、その電子物性が基板との相互作用により、狭小なバンドギャップを持つ半導体へと変わり、本来備わっている金属的な性質が損なわれることを理論的に明らかにしました。
グラフェンは炭素原子が蜂の巣状に六角形のネットワークを形成したシートで、原子一層からなる究極の薄さと、そのシート上に高移動度の電子が存在するという特長から、世界的に注目されている新材料です。しかし、グラフェンを次世代デバイスとして応用するためには、既存のシリコン半導体デバイス構造において絶縁体として用いられている酸化シリコン膜との複合構造がどのような機構により形成されて、どのような性質を持つのか理論的に解明する必要があります。
本研究チームは今回、グラフェンが酸化シリコン膜上で半導体に変わることを理論的に示すとともに、グラフェンの高い電子移動度を応用した電子デバイスの設計に際しては、絶縁体基板との相互作用の効果も含めた複合構造を考慮することの重要性を明らかにしました。また、絶縁体基板の物質種・表面構造の制御によって、グラフェンの物性・機能をデザインすることが可能になると考えられ、今後のグラフェンデバイス実現・設計において重要な知見となりえます。
本研究成果は、筑波大学 大学院数理物質科学研究科の岡田 晋 准教授との共同研究によって得られたもので、米国物理学会誌「Physical Review Letters」のオンライン速報版で近日中に公開されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域: 「次世代エレクトロニクスデバイスの創出に資する革新材料・プロセス研究」
(研究総括:渡辺 久恒 株式会社 半導体先端テクノロジーズ 代表取締役社長)
研究課題名:「計算科学によるグラファイト系材料の基礎物性解明とそのデバイス応用における設計指針の開発」
研究代表者: 岡田 晋(筑波大学 大学院数理物質科学研究科 准教授)
共同研究者: 大谷 実(産業技術総合研究所 ナノシステム研究部門 研究グループ長)
研究期間: 平成21年10月~平成27年3月
JSTはこの領域で、微細化パラダイムのみでは実現できない機能・性能を持つ、革新的かつ実用化可能なエレクトロニクスデバイスを創製するための材料・構造の開発およびプロセス開発を行っています。
上記研究課題では、グラファイトやグラフェン、ならびにグラフェン誘導構造を持つナノメートルスケール炭素物質群に対して、量子力学に立脚した計算科学的手法による基礎物性解明を行い、グラファイト系デバイスの設計指針の提示を行っています。
半導体エレクトロニクスデバイスは、シリコンの微細化によって、高集積化、高速化、低消費電力化を達成してきました。しかし、最近ではデバイスの微細化だけでは高速化や低消費電力化を達成することが困難な状況になってきており、新しい材料や原理に基づく機能デバイスを実現するための研究が盛んに行われています。
カーボンナノチューブやグラフェンに代表されるカーボン系材料は近年、そのネットワークが本質的に持つ、低次元性、ナノメートルスケールの微細性、さらには高い電子輸送特性注2)からポストシリコン材料として注目されています。
本研究では、グラフェンのデバイス応用においてキーとなる、酸化物で形成された基板との相互作用についてシミュレーションを行い、その重要性を明らかにしました。その重要性とは、基板との相互作用によってグラフェンが半導体化されるために、グラフェン上の伝導電子の有効的な質量が増大し、デバイスとしてのキャリア伝導特性が著しく低下するということです。この結果は、グラフェンを用いたデバイスは、基板との相互作用を完全に取り込んだ複合構造で設計する必要があることを理論的に示すものです。
半導体エレクトロニクスデバイスは、シリコンの微細化によって、高集積化、高速化、低消費電力化を達成してきました。しかし、最近ではデバイスの微細化だけでは高速化や低消費電力化を達成することが困難な状況になってきており、新しい材料や原理に基づく機能デバイスを実現するための研究が盛んに行われています。
カーボンナノチューブやグラフェンに代表されるカーボン系材料は近年、そのネットワークが本質的に持つ、低次元性、ナノメートルスケールの微細性、さらには高い電子輸送特性注2)からポストシリコン材料として注目されています。
本研究では、グラフェンのデバイス応用においてキーとなる、酸化物で形成された基板との相互作用についてシミュレーションを行い、その重要性を明らかにしました。その重要性とは、基板との相互作用によってグラフェンが半導体化されるために、グラフェン上の伝導電子の有効的な質量が増大し、デバイスとしてのキャリア伝導特性が著しく低下するということです。この結果は、グラフェンを用いたデバイスは、基板との相互作用を完全に取り込んだ複合構造で設計する必要があることを理論的に示すものです。
本研究では、完全に欠陥のないグラフェンが、半導体デバイスにおいて絶縁体膜として用いられる酸化シリコン表面に吸着したと仮定し、そのときのグラフェンの電子構造の変化を第一原理電子状態計算法注3)を用いて詳細に調べました。その際、酸化シリコンの構造モデルとして、シリコンと酸素がαクオーツ注4)構造を持つ酸化シリコンを用い、その表面は完全に平滑であるとして計算を行いました(図1)。特に、これまでの類似先行研究とは異なり、酸化シリコン表面の原子構造を完全に最適化したものをグラフェンに対する基板として考え、より現実的な相互作用の解明を行っています。通常、孤立したグラフェンはフェルミレベル注5)における状態密度がゼロの特異な金属となりますが、計算結果から酸化シリコン上のグラフェンは数十meV(ミリ電子ボルト)の狭小なバンドギャップを持つ半導体となることが明らかになりました(図2)。この半導体化は、グラフェン上の電子の受ける局所ポテンシャルが、酸化シリコンを形成する原子と電子によって空間的に変調されたことによるものです。これは、酸化シリコン基板が、有効的にグラフェン上の炭素原子の性質を不均一にし、あたかもグラフェンが化合物半導体注6)のように振る舞うことに対応します。また、半導体化に伴い、グラフェンの伝導電子の持つ有効的な質量が増大し、グラフェンの特徴である高い電子移動度が著しく低下します。この結果は、グラフェンの高い電子移動度をデバイスに利用するためには、基板も包括的に取り扱ったグラフェン複合構造の電子物性の解明とその制御手法の提示が重要であることを意味します。同時に、グラフェンと絶縁体基板との複合構造の制御により、金属であるグラフェンが完全な2次元半導体材料となる可能性を示すものです。
実際のデバイスでは、酸化シリコン膜は非晶質構造を持ち、その表面にはナノメートルスケールの構造揺らぎが存在しています。このような構造を持つ表面上のグラフェンに対して、その電子物性の解明を行っていく予定です。また、ほかの絶縁体基板に対しても同様の解析を行っていきます。さらに、基板との相互作用を積極的に用いた、グラフェンデバイス構造の設計とその物性の理論的予測を行っていきます。
“Semiconducting electronic property of graphene adsorbed on (0001) surfaces of SiO2”
((0001)面SiO2上に吸着されたグラフェンの半導体化)