独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)地質情報研究部門【研究部門長 栗本 史雄】地球変動史研究グループ【研究グループ長 山崎 俊嗣】小田 啓邦 主任研究員、上嶋 正人 元主任研究員、長期変動研究グループ【研究グループ長 伊藤 順一】宮城 磯治 主任研究員と国立大学法人 高知大学【学長 相良 祐輔】(以下「高知大」という)教育研究部 自然科学系 理学部門【部門長 鈴木 知彦】臼井 朗 教授(専門 資源地質学)は、米国マサチューセッツ工科大学・米国ヴァンダービルド大学と共同で、海底の鉄マンガンクラストに残された過去の地球磁場の痕跡から、その形成年代と成長速度を推定した。
この研究成果は超伝導量子干渉素子(SQUID)を利用したSQUID顕微鏡を用いて鉄マンガンクラストの薄片表面の磁場を読み取って、世界で初めて0.1 mm単位の高分解能で過去の地球磁場逆転の記録を復元し、標準地球磁場逆転年代軸との比較(図1)によって形成年代と成長速度を推定したものである。研究成果の詳細は、2011年3月1日に米国の学術誌Geologyにて発表される。
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図1 北西太平洋海底から採取された鉄マンガンクラストの薄片の分析結果。(A)走査電子顕微鏡画像。濃淡として見える縞は同一時間面を表す。(B)SQUID顕微鏡による表面磁場。青が下向き、赤が上向きの磁場を表す。(C)標準地球磁場逆転年代軸。黒が正磁極期、白が逆磁極期。
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鉄マンガンクラストには数千万年にわたる海洋環境や気候変動の記録が残されており、鉄マンガンクラストの正確な形成年代を決めることで、長期にわたる過去の地球環境情報の精密な復元が期待される。これまで鉄マンガンクラストの形成年代を推定する方法は、化学分離と加速器質量分析装置によるベリリウムなどの同位体分析しかなかったが、分析に手間や時間がかかるという問題があった。そのため、迅速かつ正確な物理計測による形成年代と成長速度の推定方法が待ち望まれていた。
産総研は、旧工業技術院地質調査所時代の1974年から海洋地質調査船「白嶺丸」および「第2白嶺丸」によって、太平洋において海底鉱物資源の調査を進めてきた。また、2004年から国連海洋法条約に対応して大陸棚調査プロジェクトを進め、国内関連機関とともに大陸棚画定申請の根拠となる基礎データを収集してきた。これらをもとに現在、大陸棚調査プロジェクトでは、大陸棚画定申請の審査への対応および関連海域の地質や資源に関する研究を進めている。
これらの調査などによって、太平洋全域から鉄マンガンクラスト試料が収集されたが、その形成年代と成長速度の推定は非常に困難であった。ベリリウムなどの同位体分析による推定方法は時間のかかる化学分離と加速器質量分析に依存しており、限られた数の分析しか行うことができない。そこで、1998年に上嶋元主任研究員と臼井教授が、試料に残された過去の地球磁場逆転の痕跡から形成年代と成長速度の推定を試みたが、厚さ数mmに切断した試料で分析を行うことが限界であり、地球磁場逆転の間隔よりも細かい分析ができなかった。一方、ヴァンダービルト大学は、常温・常圧での試料分析が可能な中で最も高分解能のSQUID顕微鏡の開発を行い、それを用いて生体機能の解明を進めている。マサチューセッツ工科大学は、このSQUID顕微鏡を用いて火山岩や隕石などの地質試料の分析についてノウハウを蓄積してきた。
今回、産総研、高知大、マサチューセッツ工科大学はヴァンダービルト大学のSQUID顕微鏡を用いて鉄マンガンクラスト試料の分析を行い、形成年代と成長速度の推定に取り組んだ。
なお、本研究は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費補助金挑戦的萌芽研究「鉄マンガンクラストのヨウ素129による超新星爆発確認と古地磁気層序による年代推定」(平成21~22年度)による支援を受けて行ったものである。また、走査電子顕微鏡観察およびSQUID顕微鏡による分析のための高品質薄片は、産総研 地質標本館の高度な作成技術によるものである。
本研究では、鉄マンガンクラストの薄片の表面の磁場をSQUID顕微鏡によって読み取ることで、0.1 mm程度の分解能で過去の地球磁場逆転の記録の復元を可能とし、標準地球磁場逆転年代軸との比較によって形成年代と成長速度の推定に成功した。
分析に用いた試料は、ハワイ大学などとの共同研究で北西太平洋の正徳海山の露岩表面に成長した鉄マンガンクラストを採取したものである。互いに直交する向きの2つの薄片A1とB1を作成し走査電子顕微鏡で観察したものを図2に示す。さらにSQUID顕微鏡によって薄片表面の磁場を測定し(図3)、ノイズ除去処理の後に、走査電子顕微鏡画像の成長縞に見られるような湾曲を真っすぐに伸ばす画像処理を行った(図4 A、C)。得られた磁場画像の極性反転部分(ゼロ交差線)を標準地球磁場逆転年代軸(図4 B)と対応づけることによって、各ゼロ交差線の年代が推定でき、それらから成長速度を求めることが可能となった。2つの薄片試料の平均の成長速度は百万年あたり5.1 mmであった。同じ試料のベリリウム同位体分析による成長速度は百万年あたり6.0 mmであり、両者はおおよそ一致することが確認できた(図4 D)。
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図2 北西太平洋の正徳海山で採取した鉄マンガンクラスト試料から切り出した互いに直交する向きの薄片試料(A1とB1)の走査電子顕微鏡画像。濃淡による成長縞が見える。
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図3 ヴァンダービルト大学のSQUID顕微鏡の磁場検出部分の写真。透明なフィルムの下にあるのが鉄マンガンクラスト薄片試料。試料表面と磁気センサー(SQUID素子)は0.17 mmしか離れていない。SQUID顕微鏡内部は高真空かつ極低温(マイナス269 ℃程度)に保たれているが、試料を常温・常圧に保ったまま測定を行うことができる。
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図4 (A)A1薄片のSQUID顕微鏡による磁場測定結果にノイズ除去処理を行ってから成長縞の湾曲を補正した画像。青が下向き、赤が上向きの磁場を表す。
(B)標準地球磁場逆転年代軸。黒が正磁極期、白が逆磁極期。
(C)A1薄片と同様の処理によって得られたB1薄片の画像。
(D)鉄マンガンクラストの成長速度線。青がA1薄片、赤がB1薄片。 黒はベリリウム同位体分析から求められた成長速度線。 それぞれの成長速度(百万年あたりに何mm成長するか)を色分けして数字で示してある。
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今後は産総研においてSQUID顕微鏡の導入・開発を進めることにより、鉄マンガンクラストの成長過程の解明を迅速かつ詳細に行いたい。これによって、長期間にわたる地球環境情報の精密な復元を行う。