多摩美術大学【学長 清田 義英】(以下「多摩美」という)美術学部 情報デザイン学科 須永 剛司 教授は、独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)情報技術研究部門【研究部門長 関口 智嗣】メディアインタラクション研究グループ 濱崎 雅弘 研究員およびサービス工学研究センター【研究センター長 持丸 正明】大規模データモデリング研究チーム 西村 拓一 主任研究員らと共同でイベント参加者のコメントをアート作品として可視化するシステムを開発した。
このシステムは、イベント参加者が感想や考察を自由に記述したコメントカードの集まりを会場内でアート作品として展示できる。多摩美が開発したカード間の意味のつながりを幾何模様として可視化するシステムと、産総研が開発したデータの意味を属性情報として簡単に追加できるシステムとを組み合わせている。
このシステムは2011年2月2~13日に国立新美術館(東京都港区)で開催される第14回文化庁メディア芸術祭協賛事業「先端技術ショーケース'11」(主催:文部科学省、国立新美術館、独立行政法人 科学技術振興機構(以下「JST」という))にて公開され、来場者が体験できる。
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ユーザー参加型の展示システム
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博物館や美術館などの展示会の来場者は、展示物を見てさまざまな感想や気付きをえるが、多くの場合それは個人の体験として完結してしまう。しかし、それらは新しい表現の種となりうるものである。また、イベントにて展示物を見るだけという受動的な立場から、来場者自らが発信者として参加することができるアプローチの可能性が示唆されている。
2009年度の文化庁メディア芸術祭にて感想をコメントカードと呼ぶ小さなカードに自由に書いてもらったところ、文章だけで書かれた平板な感想文ではなく、色とりどりのイラストや装飾がちりばめられたコメントカードが作られていた。これらのコメントカードの集合を、新たな展示物とすることで、イベントの来場者が発信者としても参加できるシステムを開発することとした。
多摩美は、道具のデザインだけでなく活動をも形づくる研究を進めている。そのなかで、芸術の非専門家である人々が自らの表現を楽しむとともに、それらの表現群が編み上げる新たな作品を作り上げるための場をつくる研究を行っている。今回はその成果を美術館来場者のための表現の場づくりに応用した。
産総研は、わが国のサービス産業を活性化し、サービス生産性を向上させるために、公共サービスや情報プラットフォーム、新サービスの創出に貢献する技術開発を行っている。その一環として、オンライン上のさまざまなコンテンツを理解し分析する技術を研究し、ユーザーが付与したデータを用いてコンテンツを解析し、検索やナビゲーション機能を提供するユーザー参加型のウェブサービスの開発に取り組んできた。今回、ユーザー参加によるデータの構造化(属性情報の付与)が集合知により簡単に行えるシステムを開発して、イベント来場者が参加できる展示物の実現を目指した。
なお、この研究開発の一部は、JST戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「デジタルメディア作品の制作を支援する基盤技術」研究領域における研究課題「情報デザインによる市民芸術創出プラットフォームの構築(平成18~23年度)」(研究代表者:須永 剛司)の一環として行われた。今回、同研究領域において研究開発されたメディア芸術と関わりのある先端技術が「先端技術ショーケース'11」にて紹介される。
「先端技術ショーケース'11」にて、多摩美と産総研は「かえり道のアートスペース」と題した展示を行う。これは、来場者が展示物を見るだけの受動的な参加ではなく、自らの感想をコメントカードとして提出したものが、その場で1つの新しい作品として表現される展示システムである(図1)。
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図1 コメント間のつながりを幾何模様で描く「表現ネビュラ」
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集められたコメントカードを色鮮やかな幾何模様にするシステムが、多摩美が開発した「表現ネビュラ」である。このシステムはコメントカード間のつながりをもとにカード間の配置と配色を決め、幾何模様を描き出す。図2はコメントの集まりから幾何模様を描くプロセスを示している。ランダムに並べられた、多くのコメントカード(図2-左)から意味的なつながりを持つカードを選び出し、そのつながりを幾何模様として描く(図2-下)。これを1つの新たな作品として記録して表示していく(図2-右)。さらに、これらの作成過程に合わせた音楽を自動生成できる。
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図2 コメントの集まりから幾何模様が描かれるプロセス
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これまでにも来場者のコメントを壁に張り出したり、スキャナーで取り込んでソーシャルメディアに書き込んだり、といった方法で可視化する試みは多くなされていたが、多数のコメントがランダムか時系列に列挙されるだけで、すぐに埋もれていってしまうということが起きていた。コメントの分類・整理も意見集計の一環として行われていたが、多くの場合イベント後の作業であった。
今回開発したシステムは分類し整理する作業をその場で行いながら、同時にそれを用いてコメントカード集合を作品化し、その会場内にて展示するが、課題となるのがコメントカード間のつながりをどのようにして求めるかということである。コメントカードは手で書かれた文字もイラストも混じっているため、機械で自動的に分類・整理することは困難である。そこで人手を用いて分類・整理を行うが、最初に分類や整理のやり方を決めておくと、コメントカードの表現の多彩さが失われてしまうおそれがある。一方、自由に説明文やタグを付けていく方法ではコメントカード集合をまとめることが難しくなる。
産総研の開発したシステムでは、分類や整理のやり方にあたる「属性」を自由に追加できる(今回の展示では属性の入力は会場にいる複数のスタッフが行う)。同時にすでに入力済みのデータからシステムが「属性」を推薦することによって、属性入力の負担や自由に入力することで属性がばらばらになってしまうことも避けられる。属性の推薦は「データにはそれぞれ持ちうる属性があり、その属性の類似性が種類である」という発想のもとに考案した確率モデルにもとづいて行われる。これは一般的な「データには種類があり、その種類に応じた属性がある」という発想とは異なるものである。この種類を事前に決めつけないというアプローチにより、コメントカードのような多彩なデータに対しても柔軟な属性情報の付与が可能になる。
展示システムは、さまざまな可視化のアプローチをとりながら、参加者一体型展示を継続して行う予定である。産総研の開発したデータ構造化システムは、コメントカードに限らない多様なデータを対象としたシステムへの展開に取り組む。