独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【研究部門長 村山 宣光】集積加工研究グループ 佐藤 治道 主任研究員および同研究部門 明渡 純 上席研究員 兼 集積加工研究グループ長は、株式会社アツデン【代表取締役社長 村上 英一】(以下「アツデン」という)、東京計装株式会社【代表取締役社長 杉 時夫】(以下「東京計装」という)と共同で、10 mL/min(誤差±0.1 mL/min)以下の極微量な流量を精密に測定できる超音波流量計を開発した。
この流量計は、超音波(ガイド波)の伝搬に関する基礎理論の見直しを行い、超音波を高周波化し、設計を最適化することにより開発した。これまでの超音波流量計では計測できなかった微小な流速領域での流量測定ができる。この超音波流量計は、半導体製造装置で利用される薬液の高精度な制御を可能にし、半導体製造装置の高性能化、環境負荷の低減、ランニングコスト削減へ貢献すると期待される。
なお、この技術の詳細は、平成22年11月24~26日に東京ビッグサイトで開催される「INTERMEASURE 2010(第24回国際計量計測展)」および平成22年12月1~3日に千葉市の幕張メッセで開催される「セミコン・ジャパン2010」にて出展・発表される。
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写真 試作した極微量超音波流量計
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半導体製造装置には、耐薬品性に優れ、また非接触で液体の流量を測定でき、測定結果を電気信号として取り出せるPFA製の超音波流量計が使われている。近年の半導体回路の微細化や省資源化のため、より微小な流量の測定ができる超音波流量計が求められている。また、非接触で微小流量を測定できる流量計は、半導体業界だけでなく製薬業界でも求められており、社会的なニーズが大きい。
一方、超音波流量計は、例えばパイプラインのような内径が大きくて硬いパイプ内の液体の流量の測定をするために開発されてきた。微小流量用の超音波流量計もその延長上で開発が進められてきたが、測定の精度や安定性の向上という市場ニーズに応えきれずにいた。
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図1 超音波流量計の例
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産総研では、超音波計測技術や超音波アクチュエーターに関する理論解析・デバイス開発を行ってきた。また、ミニマルマニュファクチャリングの実現を目指し、ものづくり産業やそれを支える中小企業からの要請に基づいた課題解決の支援に取り組んでいる。一方、アツデン、東京計装は、超音波流量計の開発、製造、販売、保守を行っている。そこで、平成17年度から三者は共同で極微量超音波流量計の研究開発を開始した。
これまでの超音波流量計では、主にパイプ内を流れる流体内を縦波が伝搬するという前提で設計され、周波数の設定は重視されていなかった。しかし、境界のある媒質を伝搬する超音波の伝搬特性はその境界条件の下で解析する必要がある。そこで、パイプも含めた超音波流量計の超音波伝搬について詳細な理論解析を行い、その結果を基に製品を設計することとした。
なお、この研究開発の一部は、経済産業省「平成21年度産業技術研究開発委託費(中小企業等製品性能評価事業)」によって行ったものである。
図2に超音波流量計の概略と流速の測定原理を示す。超音波送受信子によって超音波の励起と受信を行い、それらの伝搬時間差を測定して流量を得る。具体的には、上流から下流に伝搬する超音波と下流から上流に伝搬する超音波の伝搬時間の差(ΔT)および流速が0 m/sの時の超音波の伝搬速度(vg)と伝搬距離(L)から、流体の速度(v)を計算し、流速と流路(パイプ内部)の断面積(S)の積から流量(Q=Sv)を求める。原理的には、パイプの内径を細くすれば断面積が小さくなって流速(v=Q/S)が速くなり、より微小な流量を測定できることになる。例えば、パイプの内径を半分にすれば断面積が4分の1になり、流速は4倍となるため、流速の測定感度も4倍になる。しかし、断面積を小さくすると、液体を伝搬する超音波が少なくなるなどして受信信号の強度が低下する。これまで、微小流量を測定するため、パイプの細径化が進められてきたが、信号強度の低下により細径化の限界に達していた。
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図2 超音波流量計の概略と流速の測定原理
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そこで、流路を伝搬する超音波について、実際のデバイス構造に即したより厳密な解析を行い、細径化の限界に達していた原因と解決策を探った。図3に超音波流量計の解析モデルを示す。超音波送受信子で励起された超音波はパイプと液体をそれぞれの境界の影響を受けながら伝搬していく。そこで、伝搬していく超音波を表す波動方程式を、適切な境界条件を満たすように解き、音速や変位分布を計算するプログラムを作成した。
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図3 超音波流量計の解析モデル
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作成したプログラムを用いて、水を満たしたφ16 mm×φ2.5 mmのPFAパイプを伝搬するガイド波の伝搬速度を計算した(図4、 図5)。
図4に示すように、2 MHzの超音波では、伝搬速度がPFAの縦波音速(1230 m/s)より遅いモードの波しか存在しない。この事実は、流体の流速変化を測定できるモードの波も、PFAの縦波音速より遅い速度で伝搬してくることを示す。かつ、図4右に示したように、さまざまなモードの波が小さな速度差の中に存在するため、波が重なり合い分離が困難になる(S/N比が小さくなる)。よって、流路がこの形状であれば2 MHzの超音波は流速の測定には利用できないと結論付けられる。
一方、図5から、3.8 MHzの超音波を用いると、PFAの縦波音速より速く、水の流れる方向の変位(つまり縦波成分)が中心のモードがあった。このモードは、図5右に示したように、液体中を縦波が伝搬した状態に近く液体中の音速を測定できる。さらに、他のモードとの音速差もあるため、それらの波が邪魔になりにくく、S/N比の点でも有利である。これらのことから、超音波を高周波化(周波数の最適化)することで、流量計を高精度化できると結論付けられた。この結論は、従来の高周波化すると減衰が大きくなり実用化できないとの概念を覆すものであった。
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図4 2 MHz近傍の超音波の伝搬速度
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図5 3.8 MHz近傍の超音波の伝搬速度
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これらの解析結果を基に、超音波流量計の設計試作を行い、性能試験を行った。図6は試作機と2種類の従来品の流量ごとの測定精度である。なお、目標エリアの上限に記した一点鎖線は今回の開発における達成目標である。
従来品 Aは100 mL/minで±1 %の精度があるものの、それ以下の領域では測定精度が急速に悪化した。従来品 Bは100 mL/minでの精度は従来品 Aに劣るが、従来品 Aより少ない流量の測定が可能であった。しかしながら、10 mL/minの精度は±4.5 %で、それ以下の測定精度は急速に悪化した。
一方、今回作成した試作機は、10~800 mL/minの広い範囲で±1 %の精度であることが確認され、1 mL/minの微小流速も精度±10 %で測定可能であった。すなわち、今回開発した超音波流量計の試作機は、従来の半導体製造装置用超音波流量計では測定できない微小流量の測定ができる。
このような微小流量の測定が可能になったのは、パイプの内径を従来の0.625倍と小さくしたため流路の断面積は約0.4倍になり、周波数を1.9倍にしたことによる(約5倍の性能向上が見込める)。さらに、超音波の周波数を最適化したことで安定性が向上したことも要因と考えられる。
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図6 流量の測定精度
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本製品は、原材料コントロールの高精度化などを通してミニマルマニュファクチャリングに貢献すると考えている。今後は、製薬分野やバイオケミカル分野への展開も視野に入れていく予定である。
なお、アツデンは本格事業化を前提に、沖縄県うるま市 特別自由貿易地域(特自貿)に本格量産工場としての現地法人 株式会社 琉SOKを平成22年10月29日に設立し、来年度には東京計装が市販化を予定している。