独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)
エネルギー技術研究部門【研究部門長 長谷川 裕夫】燃料電池材料グループ 堀田 照久 研究グループ長、下之薗 太郎 研究員は、
固体酸化物形燃料電池(SOFC)実用機の
セルスタックの酸素イオン化、酸素イオンの拡散現象を凍結状態で可視化する技術を開発した。
この技術は、酸素の安定同位体(18O)をラベル元素として使用し、2次イオン質量分析計(SIMS)を用いて、安定同位体酸素原子(18O)の濃度分布をマイクロメートル以下の高解像度で測定するものである。今回は、高温運転中の実用機セルスタック(下図A、B中温筒状平板形セルスタック)に安定同位体酸素(18O2)を導入しながら燃料電池反応を行わせた後、室温に急冷して固体中の同位体酸素濃度分布を測定し、実用機のセルにおける酸素のイオン化反応活性サイトを可視化・特定することができた(下図C、D)。この技術は、電極や電解質における酸素のイオン化反応活性の高い部分を特定することができるとともに、酸素イオンの流れ(拡散)による濃度分布を可視化できるため、高性能電極/電解質界面の設計指針や劣化機構解明に貢献するものと期待される。
なお、この技術の詳細は、2010年9月5~7日に京都で開催される「アジア固体酸化物形燃料電池国際シンポジウム」(Asian SOFC Symposium)で発表される。
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図 実用機セルスタックの酸素のイオン化反応の活性サイトや濃度分布可視化の例
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近年、高効率発電システムである燃料電池が注目されている。SOFCは、600 ℃以上の高温で作動する燃料電池であるが、電気への変換効率が各種燃料電池の中で最も高く(40 %以上)、次期定置用燃料電池として期待され、実証研究が行われている。SOFCは、主に固体のセラミックスで構成されており、酸素分子(O
2)がイオン化して酸素イオン(O
2-)になり、固体電解質中を拡散した後に水素と反応して電気を発生する(表紙図C)。
SOFCを高性能化するためには、酸素のイオン化と酸素イオンの拡散に伴う反応抵抗を低減する必要がある。これまでは電極反応機構モデルを仮定して、さまざまな条件で電気的な信号を測定し、酸素や酸素イオンの動きを推定する間接的な方法が主であった。実用機で酸素のイオン化反応活性の高い部分や、拡散による濃度分布を直接的に可視化することは困難であり、その実現が望まれていた。
産総研は、SOFC材料を開発するため、反応ガスのイオン化とその拡散現象の総合的理解を目指しており、SIMSなどの分析装置を用い、同位体酸素をラベル元素として酸素の拡散現象を明らかにしてきた。また、SIMS技術を不純物濃度測定に応用して、劣化機構解明、長期寿命予測技術を開発している。今回、これまで培ってきたSIMS技術を応用することによって、実用筒状平板形セルスタックにおける酸素のイオン化、酸素イオンの動きの可視化に成功した。
なお、本研究開発の一部は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)の委託事業「固体酸化物形燃料電池システム要素技術開発/基礎的・共通的課題のための研究開発(平成20~24年度)」による支援を受けて行った。
この技術は、酸素の安定同位体(
18O)をラベル元素とする方法(
同位体酸素ラベル法)を応用したものである。600 ℃以上の作動温度にて高濃度の
18O
2を導入すると、同位体濃度差によって
18O
2は、固体表面の酸素空孔近傍にて吸着、解離をし、イオン化して酸素イオン(
18O
2-)となって固体中に入る。この時、同量の固体中に含まれる
16O
2-が気相へと拡散し、同位体交換が行われる(図1A上図)。燃料電池反応が起こっている状態では、気相中の
18O
2が発電によって固体中に取り込まれる(図1A下図)。取り込まれる酸素量は、酸素のイオン化量や電流密度に比例し、発電セルの酸素イオン化反応活性の高い部分の特定や電流密度分布を推定することができる。
今回、高温(650 ℃)で運転中のSOFC実用機のセルスタック(筒状平板形セルスタック 京セラ株式会社製)に高濃度(体積で92 %)の18O2を導入した。スタックの電圧が1.622 V、 平均電流密度0.25 A/cm2で同位体酸素(18O2)を300 秒間導入し、その後室温に急冷した。SIMSを用いて、セルスタック中の18Oの濃度分布をマイクロメートル以下の高解像度で測定した。これによって実用機では初めて酸素のイオン化活性サイトの可視化、酸素イオン分布の可視化を行った。
図1(B、C)に、発電セルの空気極/中間層/電解質界面近傍での18O濃度の分布を示す。中間層付近で18O濃度は極大を示し、中間層付近で酸素のイオン化(O2+4e-→2O2-)が活発に起こっていることがわかる。また、中間層と電解質界面での18O濃度分布は不連続であり(図1C)、電解質中への酸素イオンの拡散がスムーズではないことも示している。
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図1 (A)同位体酸素交換反応 (B)SIMSによる18Oの分布 (C)SIMS像の濃度分析
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セルスタック中の電流分布を推定するため、3セルスタックのうち、外側の1つのセルを取り出して、18Oの濃度分布を測定した結果を図2に示す。電解質中での18O濃度は、ガス導入部近傍(図2B)において高く、ガス排出部近傍(図2A)では低めとなっている。一枚の単セルで電気的にはつながっているにもかかわらず、上下のセル中での電流分布が異なることによるものと考えられる。
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図2 1つのセルにおける18O濃度の相違:下部(ガス導入部)での電解質中の18O濃度は、上部(ガス排出部)よりも高く、下部での電流密度が高いことを示すと考えられる
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図3は、図2の18O濃度分布図のある部分を抽出し、空気極/中間層/電解質付近における18O濃度を、セルの上下で比較したものである。18O濃度は中間層で極大となっており、この部分で酸素のイオン化が活発に起こっていることが示唆される。セルの上下で中間層の18O濃度は同じであるのに対し、電解質中での18O濃度はSIMS像でも明らかなように、セル下部で高い。従ってセル下部での電流密度が高いことが示唆された。また、中間層/電解質界面での18O分布は、スムーズではなく不連続な段差が存在している。これは、イオンとなった18O2-がスムーズに拡散していないことを示しており、中間層/電解質界面近傍で低拡散層が存在することを示唆するものである。このように本技術を適用することで、実用セルでの酸素イオンの流れ分布を初めて視覚化することに成功した。
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図3 安定同位体酸素(18O)濃度分布のガス導入部(セル下部)とガス排出部(セル上部)での比較
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さまざまな条件で運転したセルスタックの酸素イオン濃度分布を測定し、酸素のイオン化に伴う抵抗の発生起源の機構を解明し、高性能な電極/電解質界面の設計指針を示す予定である。また、長期間運転したセルを測定して、劣化部分の特定や劣化メカニズムの解明につながる情報を提供していきたい。