独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)
サステナブルマテリアル研究部門【研究部門長 中村 守】金属材料組織制御研究グループ 石崎 貴裕 研究員は、国立大学法人 名古屋大学【総長 濵口 道成】エコトピア科学研究所 所長 高井 治 教授、齋藤 永宏 教授、竹田印刷株式会社【代表取締役社長 山本 眞一】と共同で、植物由来の普通紙(以下「普通紙」という)に
はっ水性、
耐水性、抗菌性などの機能を低コストで簡便に付与できる処理技術を開発した。
今回開発した処理技術では、大気圧プラズマにより普通紙に活性化処理を施したのち、抗菌性や防汚性をもつナノ粒子、さらに疎水性をもつ自己組織化単分子膜を紙の繊維表面に分散し固定化する。従来の普通紙へのはっ水表面処理は紙の最表面に薄膜を形成する処理であるが、本技術は普通紙内部の繊維表面にも薄膜を形成する処理である。このため、最表面だけではなく一本一本の紙繊維にいたるまで、はっ水化でき、耐水機能を付与できる。さらに、処理した普通紙は抗菌性、防汚性も示す。
本処理技術は、1)低環境負荷型の室温・大気圧プロセスである、2)処理を施しても見た目の色合いがほとんど変化しない、3)大面積・高速の処理(A2サイズ、1,000枚/時)が可能である、といった特長がある。また、この紙は再生利用できるため環境負荷が小さい。屋外用ポスター、屋外用広告、カレンダー、メニューなどへの応用が期待される。
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本処理によりはっ水性を付与した普通紙上の水滴 |
植物由来の紙はさまざまな用途で用いられている。しかし、はっ水性・耐水性が要求される屋外用ポスター(選挙用ポスターなど)、屋外用広告、メニューなどには、石油由来のポリプロピレン樹脂を主原料とするプラスチックフィルムが、「合成紙」という名で使用されている。この合成紙はリサイクルができず、使用後焼却される。石油資源の枯渇、石油価格の高騰、焼却による温暖化ガスの排出等、合成紙には環境・エネルギーの観点から問題が多い。このため、合成紙を、はっ水性をもち再生利用できる普通紙で置き換えることが望まれている。さらに、市場調査によると、はっ水性をもつ普通紙に、油、泥、バクテリアなどの“よごれ”付着を防ぐ機能の追加が強く望まれていた。このため、簡便かつ低コストで普通紙にはっ水性、抗菌性、防汚性を付与する技術の開発が期待されている。
愛知・名古屋地域知的クラスター創成事業(第I期)において、産総研と名古屋大学のグループがもつ自己組織化単分子膜の形成技術と、竹田印刷株式会社がもつ印刷技術の融合を図り、超はっ水処理された普通紙の作製技術の基礎的研究を行ってきた。この基礎的研究を発展させ、合成紙を超えるはっ水性や、紙内部への水分浸透による構造破壊を防ぐ耐水機能を普通紙に付与し、さらに、よごれを防ぎ美しさを維持する防汚性や抗菌性をもった普通紙の製造を実現する技術開発をめざしていた。
今回、紙本来の微小な凹凸構造の特性をいかし、疎水性官能基をもつ自己組織化単分子膜(SAM)や防汚機能をもつナノ粒子を固定化する技術を用いて、普通紙にはっ水性、耐水性、抗菌性、防汚性を付与する技術を開発した。
なお、本研究は、経済産業省 地域イノベーション創出研究開発事業「よごれガード超はっ水ナノ分子ペーパーの開発」の一環として行われた。
本処理技術は、まず大気圧プラズマにより普通紙に活性化処理を施し、防汚性、抗菌性をもつナノ粒子(よごれガードナノ粒子)を分散させた溶媒を噴霧して、ナノ粒子を紙繊維の表面に固定化する。その後、超音波とガスの吹き込みを併用したハイブリッド式の原料噴霧装置により、疎水性のSAMを、ナノ粒子を固定化した普通紙に噴霧して紙繊維の表面に更に固定する。従来の普通紙のはっ水処理のように紙の表面だけに処理を施すのではなく、紙の内部にある紙繊維の表面にもSAMやナノ粒子を固定化できる点が今回開発した処理技術の特長である。本処理の概念図を図1に示す。これらの複合処理により、普通紙に高いはっ水性(図2)と抗菌性、防汚性を付与することができる。また、内部の繊維にまではっ水性を付与しているため、紙内部への水分の浸透による構造破壊を防ぐことができ、耐水機能をもつ。
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図1 本処理の概念図 |
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図2:本処理によりはっ水性を付与した普通紙上の水滴 |
図3はナノ粒子を分散させた溶媒の噴霧処理時間と抗菌効果の関係を示している。抗菌効果の測定は、大腸菌を用いて行った。本処理を施した上質紙上、37 ℃で24時間大腸菌を培養し、コロニーの生菌数(CFU: Colony forming unit)を測定した。噴霧処理時間が長いほど高い抗菌効果が得られた。また、見た目の色合いの変化の指標である色差(ΔE)を、処理前と処理後について計測したところ、色差は最大でも1.16であった。この値は、NBS単位(米国標準局)では、色の差をわずかに感じられるレベルであると定義されているが、一般の人には感じられないレベルの差である。また、印刷業界で行われる標準的な摩耗試験(加重:50g重、200回)を行った後も、はっ水性は維持されていた。
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図3:本処理を施した上質紙上での抗菌効果 |
今回開発した処理技術は、親水性の水酸基をもつセルロースからできているため水分に弱いという普通紙の欠点を、逆に積極的に利用している。すなわち、ナノ粒子やSAMを含む水溶液を噴霧し、紙繊維の親水性を利用して水溶液を普通紙の内部にまで浸透させ、それによって内部の紙繊維一本一本の表面にナノ粒子とSAMを固定化した。
この処理技術は、室温・大気圧で行うため低環境負荷プロセスである。また、従来の屋外用ポスターに使用されている合成紙の製造コストよりも低コストで処理できる。普通紙にはっ水性、耐水性、抗菌性、防汚性を低コストで簡便に付与できるため、屋外用ポスター、屋外用広告、カレンダー、メニューなどへの応用が期待される。また、この紙は再生利用が可能であり、環境負荷が小さい。さらに、製造からリサイクルまでの間に必要なエネルギーや二酸化炭素排出量を削減できると期待できる。
今後、処理技術の改善を通じて、はっ水性をはじめ品質を向上させ、屋外用ポスター、屋外用広告、メニューへの適用など、本処理技術の実用化をめざす。