独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)エネルギー技術研究部門【研究部門長 長谷川 裕夫】熱電変換グループ 山本 淳 研究グループ長は、国立大学法人 広島大学【学長 浅原 利正】(以下「広島大学」という)大学院先端物質科学研究科 高畠 敏郎 教授、国立大学法人 山口大学【学長 丸本 卓哉】(以下「山口大学」という)大学院理工学研究科 小柳 剛 教授、株式会社KELK【代表取締役社長 梨和 哲美】(以下「KELK」という)、株式会社デンソー【代表取締役社長 加藤 宣明】(以下「デンソー」という)と共同で、バリウム(Ba)、ガリウム(Ga)、スズ(Sn)からなる新熱電材料を開発し、それを用いて熱電発電モジュールを試作した。試作した熱電発電モジュールは温度差300 ℃(高温側330 ℃、低温側30 ℃)で、発電出力1.7 W、発電効率約4 %を示し、既存の熱電発電モジュールと同等なレベルの発電性能を持つことが実証された。
今回開発した熱電材料は、従来の熱電材料の適用可能温度よりも高い温度で利用できるほか、わずかな組成調整によりp型熱電材料もn型熱電材料も製造可能である点や、資源量が少なく価格不安定要因をもつ材料を含まない点など、現在利用されている熱電材料に比べて有利であり、今後、工場廃熱の回収発電システムなどへの利用が期待される。
本成果の詳細は、2010年5月30日~6月3日に中華人民共和国 上海市にて開催される熱電変換国際会議(ICT2010)で発表される。
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図1 試作したBa-Ga-Sn系熱電材料を用いた8対型熱電発電モジュール
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わが国は、一次エネルギーの供給をほとんど輸入に依存しており、石油や天然ガスなどの化石燃料資源の有効利用が重要な課題となっている。しかしながら、現実には一次エネルギーの約7割が変換・利用の過程で未利用の廃熱エネルギーとして環境中に捨てられている。これらの廃熱エネルギーを回収し発電することで、エネルギーの利用効率を高めることが期待されている。
大規模かつ集約された廃熱は、蒸気回収やタービンによって発電に利用されているが、規模が小さく分散した廃熱の回収はコストなどの課題が多く、新たな技術開発が求められている。
近年、システム構成がシンプルで装置の小型化に適した熱電発電技術が廃熱回収発電技術として注目されている。発電性能の向上のためには、熱電材料の高性能化が必要であるが、金属なみの高い導電性とガラスのような低い熱伝導性を同時に実現する必要があるため、さまざまな研究機関で金属や半導体の熱電材料の研究開発や熱電発電モジュールの実証研究が進められている。
産総研では、住宅、ビル、工場などで発生する未利用の廃熱や自動車廃熱を有効に利用する技術の1つとして、「高性能熱電発電モジュール」の開発を推進している。既に実用化されているビスマステルル系熱電材料の使用上限温度は250 ℃であるため、より発電量の増大が可能な 300~400 ℃の中温度域の熱源に適用できる熱電材料や熱電発電モジュールの開発に取り組んできた。また、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」という)のプロジェクト「高効率熱電変換システムの開発」(平成14年度~平成18年度)において、財団法人 エンジニアリング振興協会とともに熱電発電モジュールの評価技術の研究開発を実施してきた。
さらに、産総研、広島大学、山口大学、KELK、デンソーは、平成21年6月より、NEDOのプロジェクト「ナノテク・先端部材実用化研究開発/カゴ状物質を利用したナノ構造制御高性能熱電変換材料の研究開発」(研究開発責任者 高畠 敏郎)において、200 ℃から300 ℃の温度領域で高性能化が期待されるBa-Ga-Sn系熱電材料を中心に、材料高性能化とモジュール試作を進めてきた。 広島大学の単結晶育成実験による材料組成の検討、山口大学による多結晶試料の製造条件の検討などをもとに、熱電材料の高性能化をはかり、これらの材料に産総研の熱電発電モジュール試作技術と評価技術を適用し、今回の研究成果を得た。
現在市販されているビスマステルル系熱電発電材料は200~250 ℃の廃熱に適用可能であり、発電効率は約5 %である。効率的に廃熱から電力を回収するシステムを構築するためには、現状の発電効率をさらに高くする必要があるが、最大発電効率は、熱電材料の性能により決まるため、ナノ構造を制御した熱電材料など高性能な新規熱電材料の開発が求められている。
Ba、Ga、Snはそれぞれ単体では金属であるが、一定の組成比にするとカゴ状の結晶構造をもつ化合物半導体となる。このようなカゴ状の化合物は一般にクラスレートと呼ばれるが、カゴの中に緩やかに束縛された原子(今回はBa原子)が存在することで熱の伝播を抑制する性質を持つ。このため、ビスマステルル系熱電材料を超える高い性能が期待できる。また、Ba-Ga-Sn系クラスレート化合物は、基本的な組成比からのわずかなずれにより、p型、n型両方の熱電材料となる特長がある。このため、p型とn型の熱的・機械的性質が同じとなり、両者を組み合わせたモジュール設計が容易になること、製造工程の共通化ができることなど、他の熱電材料系に比べて有利である。
今回p型とn型のBa-Ga-Sn多結晶に拡散防止などの表面処理をし、p型は5.0 mm角、n型は4.1 mm角、高さはそれぞれ2.5 mmに切り出して熱電発電素子とした。8対のpn素子対に金属電極を取り付けてハーフスケルトン型熱電発電モジュールを試作した(図1)。この熱電発電モジュールの外径寸法は28.0 mm×28.0 mm×5.5 mm、基板を含めた重量は約15 gであった。産総研の熱電発電モジュール評価装置を使用して、窒素雰囲気中で下部温度30 ℃とし、上部温度を330 ℃まで加熱して、最大300 ℃の温度差における発電特性を測定した。温度差300 ℃のときの開放起電力は約1.03 V、内部抵抗は155 mΩ、最大発電出力は1.71 W、通過熱量44.2 Wであり、これらから計算した発電効率は3.9 %となった(図2)。
現状の材料性能としてはn型の熱電性能指数が0.8程度、p型は0.3程度であり、材料性能はまだ向上が期待できる。熱電性能指数の最大値を示す温度差はビスマステルル系材料よりも高い200 ℃以上であるため、中温領域の新しい高性能熱電材料として、さらなる発展が期待される。
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図2 試作したBa-Ga-Sn系熱電材料を用いた8対型熱電発電モジュールの発電特性
左図は高温側温度と最大発電出力の関係、右図は高温側温度と発電効率の関係。
低温側温度は30 ℃で一定。
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今回、共同研究チームが開発したモジュールは多結晶材料を使用しているが、広島大学、デンソーにより開発中の小型単結晶では、熱電性能指数が1以上と、より高い性能が確認されている。これを応用して熱電材料をさらに高性能化し、300 ℃近傍の未利用廃熱を利用して変換効率10 %以上の発電効率で発電する高効率モジュールを開発し、高性能廃熱発電システムの実現を目指す。