独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門【研究部門長 南 信次】近接場ナノ工学研究グループ【研究グループ長 時崎 高志】王 学論 主任研究員は、表面にリッジ(うねり)構造を作製し、さらに酸化シリコン薄膜(SiO2)をコーティングすることで半導体の内部で発生した光を世界最高効率で空気中に取り出せることを発見し、そのメカニズムを解明した。
半導体材料の屈折率は一般に空気より大きいため、半導体と空気との界面では、光の全反射現象が起こることが多い。そのため、半導体の中で発生した光を高い効率で空気中に取り出すことが極めて難しい。例えば、平たんな基板上に形成した半導体発光材料では、全発光量の数 %しか空気中に取り出せない(ヒ化ガリウムで約2 %、窒化ガリウムで約4 %)。これは、発光ダイオードなど各種の半導体光デバイスの実質的な発光効率の向上を妨げる大きな要因の1つである。
これまでに、半導体材料の表面に微小なリッジ構造を作製することで光の取り出し効率が向上することを見出していたが、今回、さらにリッジ構造の表面上に半導体より屈折率の小さいSiO2などの薄膜を堆積させるという簡単な方法によって、半導体の発光を従来の構造に比較して1.5倍以上の効率で外部に取り出せることを発見した。この方法は、さまざまな半導体光デバイス、特に21世紀の省エネルギー照明・表示用光源として期待されている発光ダイオードの高効率化技術として期待できる。
この研究成果は、2010年3月20日に東海大学湘南キャンパスで開催される第57回応用物理学関係連合講演会で発表される。
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発光層で発生した光がリッジ構造の頂上平たん面から効率良く取り出されている様子を示すシミュレーション結果
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化合物半導体を用いた高効率発光ダイオード(LED)は、照明・表示用の省エネルギー光源として大きな注目を集めており、その大規模な普及に向けた研究開発が各国で進められている。今後20年、LEDの普及によって、世界で消費されている電気エネルギーの10 %以上が削減でき、1200億ドル相当の省エネルギー効果があると予測されている。
LEDの発光効率を向上させるには、半導体内部で発生した光をできるだけ高い効率で外部(空気中)に取り出さなければならない。しかし、半導体材料の屈折率が大きいことが原因で起こる空気界面での全反射現象によって、光が半導体の内部に閉じ込められやすく、高い効率で外部に取り出すことが極めて難しい。これまでにさまざまな光取り出し技術が開発されたが、効率や作製コストの面で多くの課題が残されている。LEDの本格的普及のために、高効率で低コストの光取り出し技術の開発が強く望まれている。
産総研では、あらかじめさまざまな形状に加工した基板上に形成した半導体ナノ構造を利用した新規な光取り出し技術の開発を進めてきている。
これまでに、V字型の溝を基板表面に作製し、それによって形成された微小なリッジ構造における
エバネッセント光の干渉現象を発見し、50 %の光取り出し効率を実現している(
2009年3月3日産総研プレス発表)。すなわち、図1に示すように、リッジ構造の平たん面の下部に形成された
量子井戸発光層からの光がリッジ構造の傾斜面で全反射する際に、左右対称に2つのエバネッセント光(反射面の近くにだけしみ出してくる特殊な光)が発生する。2つのエバネッセント光は、波長より幅の狭いリッジ頂上平たん面で互いに干渉して、非常に高い効率で空気伝播光に変換される。今回の成果は、上記技術をさらに発展させたものである。
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図1(a):微小なリッジ構造におけるエバネッセント光の干渉現象を示す模式図、(b):エバネッセント光が干渉によって空気伝播光に変換される様子を示すシミュレーション結果
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なお、本研究の一部は、独立行政法人 日本学術振興会「平成21年度科学研究費補助金基盤研究(B)・形状基板におけるエバネッセント光の空気伝播光変換技術の研究」の助成を受けて行ったものである。
今回作製した試料は、図2に示すように、微小なV字型の溝を持つヒ化ガリウム(GaAs)基板上に有機金属気相成長法を用いてGaAs/ヒ化アルミニウム・ガリウム(AlGaAs)系のナノ構造を形成したものである。隣接する2つのV字型溝の間に、1つの平たん面と2つの傾斜面によって構成される微小なリッジ構造が形成されている。平たん面の横幅は約0.5 µm(図2中のW)である。次に、この試料の表面に厚さ約150 nmのSiO2膜をプラズマCVD法によって堆積した。
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図2 今回作製した試料の模式図
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この試料の発光特性をフォトルミネセンス法で評価したところ、リッジ平たん面の下に形成したGaAs量子井戸発光層の発光強度は、SiO2膜をコーティングしていない場合に比べて約1.7倍強くなっていることがわかった(図3)。これは、SiO2膜によって光の取り出し効率が増大したためである。このような発光強度の増大は、100-600 nmの非常に広いSiO2膜厚範囲にわたって観測された。また、室温においても同様な効果が確認されている。図4の発光強度の空間分布データを定量的に解析した結果、SiO2膜が堆積されている試料の光取り出し効率はSiO2膜のない試料に比べて1.5倍以上に達していることがわかった。これは、GaAsやリン化アルミニウム・ガリウム・インジウム(AlGaInP)などの屈折率の大きい半導体材料(屈折率>3)では、これまでにない光取り出し効率である。
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図3 SiO2膜のある試料とない試料のフォトルミネセンス発光スペクトル
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図4 SiO2膜のある試料とない試料のフォトルミネセンス発光強度の空間分布
(a)と(b)はそれぞれV字型溝ストライプに垂直および水平な面内で測定した発光強度の空間分布である。V字型溝ストライプに垂直な面内において、発光強度がリッジ平たん面の垂直方向に強く集中していることが分かる。
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SiO2膜による光取り出し効率増大現象のメカニズムは、電磁波強度の理論シミュレーションにより解明した。図5にシミュレーション結果を示す。SiO2膜が存在する場合、半導体とSiO2膜およびSiO2膜と空気という2つの界面のそれぞれでエバネッセント光が発生している。これによって、リッジ平たん面でのエバネッセント光の干渉効果が増強され、空気中に取り出される光の量が増えると考えられる。
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図5 SiO2膜の堆積されている試料における(a)エバネッセント光の二重干渉現象を示す模式図および(b)電磁波強度のシミュレーション結果
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今回発見した現象は、SiO
2膜に限定したものではなく、半導体層より屈折率の小さい材料、例えば、LEDの電流拡散層として広く使われているITOや酸化亜鉛(ZnO)などの透明導電膜によっても生じる。したがって、この成果を利用することによって、既存のLED作製プロセスを変更することなく、高い光取り出し効率を実現することが可能になる。
今回の成果は、GaAs/AlGaAs系材料のフォトルミネセンス法による評価によって得られたものである。今後は、可視光LEDに重要なAlGaInP系およびGaN系材料において同様な現象を発現させるとともに、それを利用した光取り出し効率の極めて高い超高効率半導体発光ダイオードの開発を行う。