独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)環境管理技術研究部門【研究部門長 田尾 博明】地球環境評価研究グループ 兼保 直樹 主任研究員は、独立行政法人 国立環境研究所【理事長 大垣 眞一郎】(以下「国立環境研」という)アジア自然共生研究グループ・アジア広域大気研究室 高見 昭憲 室長および佐藤 圭 主任研究員、学校法人 福岡大学【学長 衛藤 卓也】理学部 地球圏科学科 林 政彦 教授および原 圭一郎 助教とともに、九州北部の大気中に浮遊する微小粒子状物質(PM2.5)の濃度は、2009年春季には域外からの輸送に事実上支配されていたことを明らかにした。
東アジア地域での急速な経済発展により、偏西風帯の風下に位置するわが国へ運ばれてくる大気汚染物質の増大が懸念されている。そこで、九州北部の大都市である福岡市(人口約144万人)と、福岡市の西方約190 kmに位置する五島列島福江島(人口約4万人)において、2009年春よりPM2.5濃度の通年観測を開始した。さらに4月上~中旬の大気中の粒子状物質について組成を分析した。これらの結果、春季の福岡市でのPM2.5濃度は福江島より半日程度遅れて変動していること、また濃度レベルも同程度または福江島の方がやや高いことが判明した(図1)。
月平均濃度でみても、4月の福江島のPM2.5濃度は福岡市よりやや高く、2009年春季の九州北部地域では、大都市域においてもPM2.5濃度は、基本的には域外からの輸送による広域的な汚染状況に支配されていたといえる。今後のPM2.5濃度低減対策では、国内の発生源だけでなく東アジア地域全体での国際協力による発生源対策を推進することが重要であると考えられる。
|
図1 五島列島福江島と福岡市における2009年4月上~中旬のPM2.5濃度の変化
|
大気中に浮遊する粒子状の物質のうち、粒径10 µm以下の粒子(浮遊粒子状物質:SPM)については、産業活動および自動車からの排出に対する各種の法的規制や技術的対応により2000年以降には環境基準の達成率が大幅に向上した。一方、より微小な粒子PM2.5は、健康影響に関する疫学的調査が長期にわたって行われた結果、米国では1997年に環境基準が設定された。わが国でも健康影響についての検討が続けられてきたが、2009年9月9日に新たに環境基準が設定された。PM2.5についても、その組成、起源、大気中での二次的な生成量や変質などに対する実態解明を進め、大気中の濃度低減のための対策を立案、推進していくことが求められている。
また、東アジア地域起源の粒子状物質の発生量は今後増大することが予想されるが、偏西風帯の下流域にあるわが国への影響が懸念されている。2007年5月に九州北部地域で発生した高濃度オゾンの発生事例から、東アジア地域からもたらされる大気中の微量成分は、国内の環境基準の達成状況に量的に直接影響する「大気汚染物質」として考えなければならない状況となっている。
産総研では、以前より産業活動起源の大気汚染防止に向けた対策立案に資するため、大気中の粒子状物質の拡散・輸送・変質などに関する研究を進めてきた。2008年11月に、東アジア地域における、大気中の粒子状物質による植物・人間への影響に関するプロジェクト(文部科学省 科学研究費補助金「新学術領域研究:東アジアにおけるエアロゾルの植物・人間系へのインパクト」http://www.tuat.ac.jp/~aerosol/index.html)が始まり、その一部を担当する本グループでは、2009年春より福江島の研究機関共同大気観測施設と福岡市の福岡大学に自動測定器を設置し、PM2.5濃度と黒色炭素粒子濃度などを1時間ごとに測定する通年観測を開始した。また、沖縄本島辺戸岬にある国立環境研の大気観測施設においても同様の物質を測定している。さらに、2009年4月上~中旬までの期間、多環芳香族炭化水素類や重金属など、人体に有害であるとされる粒子状物質の濃度と組成を集中的に観測・分析した。
福江島および福岡市における2009年4月上~中旬の2週間にわたる、PM2.5濃度の変化(図1)から、輸送イベントが多く出現する春季の、両地点での濃度変動および濃度レベルは極めて近いものであった。特に、4月8日は風上の福江島では1時間平均値で90 µg/m3、風下の福岡市では福江島での観測から12時間後に80 µg/m3の最大濃度を示す、時間幅の広い高濃度の輸送イベントが観測された。同日の日平均濃度はそれぞれ72.6および60.7 µg/m3であった(環境基準値は日平均で35 µg/m3)。また、4月5日深夜から6日にかけて観測された時間幅の狭い輸送イベントでは、福岡市では福江島より8時間遅れて最大濃度(それぞれ72.7および73.6 µg/m3)がみられた。さらに、4月16日のように福江島だけで濃度が上昇する輸送イベントも出現した。
同期間に実施した集中観測と分析により、このような高濃度のPM2.5を構成する物質で最大の割合を占めるのは硫酸塩粒子、次いで粒子状有機物であることがわかった。硫酸塩粒子は石炭など硫黄を含む物質が燃焼して発生する二酸化硫黄が大気中で酸化されて粒子化したものである。図2に、PM2.5を含んだ全浮遊粒子中の、非海塩起源硫酸塩の日平均濃度の比較を示す。4月8日を中心とする濃度増加時には福江島の方が福岡市より濃度が高く、福岡市の方が濃度の高い時期はむしろ少ない。
|
図2 福江島と福岡市における2009年4月上~中旬の全浮遊粒子(TSP)中の非海塩硫酸塩(非海塩SO42-)の日平均(福岡市でのTSP採取開始時刻は福江島の9時間後にずらしてある)濃度の比較
|
このように、輸送イベント時には島内での汚染物質発生量が少ない福江島で福岡市より先に最大濃度が出現し、その汚染濃度が福岡市よりも高いことなどから、春季の福江島でのPM2.5濃度変動に対する福岡市からの影響は相対的に少なく、両地点での濃度レベルや変動はアジア大陸からの輸送状況を反映しているといえる。なお、4月6日と8日の状況を詳細にみると、6日の時間幅の狭いイベントは寒冷前線の後方の輸送、8日を中心とする、時間幅の広いイベントは移動性高気圧辺縁流による輸送と、それぞれのメカニズムが異なるものである。
さらに、両地点での月平均PM2.5濃度を比較すると(図3)、梅雨明け前の6月までの期間(基本的にアジア大陸性気団の影響下にある)の濃度は夏季と比較して8~15 µg/m3程度高いこと、福江島と福岡市での濃度の差はわずかであること、4月には福江島の方が平均濃度としても高いことがわかる。
|
図3 福江島と福岡市における、2009年度前半の月平均PM2.5濃度の比較
|
以上より、2009年春季の九州北部地域では、福岡市のような大都市域においてもPM2.5濃度は域外からの輸送による広域的な汚染状況に支配されていることが明らかとなった。この結果は、PM2.5濃度低減のためには、国内での発生源対策の推進だけでなく、国際協力により東アジア地域全体において発生源対策を進めることの重要性を示すものである。
現在、同期間に捕集した多環芳香族炭化水素などの分析が国立環境研において行われている。また2009年10月には、国立大学法人 東京農工大学が実施した、航空機による汚染物質輸送の観測と同期して、地上での集中観測を実施し、観測結果を解析中である。今後、本研究で得られるデータは、同地域で国立大学法人 筑波大学が実施する疫学的調査に使用され、PM2.5および有害成分による健康影響の研究が進められる予定である。
-
プレスリリース修正情報
-
修正箇所
「用語の説明」の「全浮遊粒子」に記載の「浮遊粒子状物質(SPM)や微小粒子状物質(PM2.5)のように、」を
「浮遊粒子状物質(SPM)や微小粒子状物質(PM2.5)のような」と修正(2009年12月21日 10:00)