独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)生物機能工学研究部門【研究部門長 織田 雅直】の石田 直理雄 上席研究員および源 利文 前産総研特別研究員(現 総合地球環境学研究所 上級研究員)は、国立大学法人 京都大学、国立大学法人 北海道大学、国立大学法人 東北大学、国立大学法人 東京医科歯科大学との共同研究で、カタユウレイボヤの生物時計の存在を生理レベルと遺伝子レベルから証明した。
ショウジョウバエよりもヒトに近い脊索動物であるホヤは発生生物学においてモデル生物としてよく研究されているが、生物時計の存在は知られていなかった。ホヤを水槽で飼育し、明暗条件並びに恒暗条件下で酸素消費量を測定したところ、明暗条件下だけでなく恒暗条件下においても酸素消費量のリズムが見られた(図1)。すべての遺伝子(約22,000個)について発現量を解析した結果、388個の遺伝子が24時間の生物リズムを示した。明暗周期を変動させてホヤを飼育して、24時間リズムを持つ遺伝子から4つを選び、遺伝子発現量を詳しく解析した結果、3つの遺伝子が光によってリセットされ、新しい位相変化を示した。この結果は、遺伝子レベルでのホヤの生物時計の存在に関する最初の報告である。
本研究結果は、生化学国際誌“The Journal of Biochemistry”に10月26日に掲載される。
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図1 ホヤの酸素消費量のリズム
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写真:カタユウレイボヤ(長さ13 cm)
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最近の先進国での高齢化、24時間活動化に相まって、睡眠障害を訴える患者が増大している。また、高度管理化、IT化に伴って概日リズム睡眠障害や、冬季うつ病の増加が社会問題となっている。しかしながら、これらの病気の背景にある生物時計の分子機構はいまだ明らかにされていない。
ショウジョウバエの場合には既知のClock、Bmal、period等の時計遺伝子で説明されているが、ヒトの生物時計については未解明のことが多い。ショウジョウバエよりもヒトに近い脊索動物であるホヤは発生生物学においてモデル生物としてよく研究されているが、生物時計の存在は知られていなかった。ホヤの生物時計の解明は、ヒトの生物時計機構の理解のために重要であると考えられた。
地球上の多くの生物は体内時計を利用して環境のさまざまな周期現象に適応している。産総研では、体内時計の分子機構の解明を目的とし、哺乳類やショウジョウバエとともにホヤを材料として、分子生物学的手法を用いた研究を行っている。
カタユウレイボヤは、進化的に最も下等な脊索動物で発生学においてモデル生物として用いられ、数多くの知見が蓄積され、ゲノム情報やESTなどの遺伝情報も豊富である。しかし、カタユウレイボヤの体内時計に関する研究はほとんど行われておらず、時計の存在自体も明らかではなかった。
哺乳類と無脊椎動物の間に位置する脊索動物であるホヤの生物時計の分子機構の解明は、ヒトの生物時計機構の成り立ちの理解のために有益と考え、研究を進めてきた。
最近公開されたカタユウレイボヤのドラフト・ゲノムのDNA配列を解析した結果、進化的に無脊椎動物から哺乳類まで保存されている既知の時計遺伝子のDNA配列は見つからなかった。
そこで、カタユウレイボヤを実験室内水槽で飼育し、酸素消費量を(明暗条件並びに恒暗条件下)測定した。その結果、夜の前半にピークがくるリズムを発見した(図1)。このリズムは明暗条件下だけでなく、カタユウレイボヤを恒暗条件下に移しても保たれた。
このホヤを明期12時間-暗期12時間の明暗周期で飼育し、遺伝子発現量(mRNAに読み取られた量)を調べた。それには北海道大学のグループが作製したマイクロアレイチップを用い、約22,000個の遺伝子の網羅的遺伝子解析を行った。その結果、388個の遺伝子が24時間の生物リズムを示すことを見いだした。
次に、明暗周期のない恒暗条件下でも継続するリズム(概日リズムという)について詳しく調べるために次の実験をおこなった。まず普通の条件として、明期12時間-暗期12時間の明暗サイクル下で3周期間飼育して明暗周期に同調させた後、恒暗条件下に移行し、移行後2日目から3時間おきに8時点(▼印)の遺伝子発現量の測定をした。これに対して周期長を変えるために、最後の3周期目後半を明暗逆転した条件にしてから、遺伝子発現量の測定をした(△印)(図2)。
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図2 遺伝子発現量の測定条件
普通の条件:明暗周期の3周目終了後、1日おいて2日目から遺伝子発現量を測定▼
明暗逆転:明暗周期3周目の暗を明に逆転して、1日おいて2日目から遺伝子発現量を測定△
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その結果を図3に示す。図3の■印に見られるように明暗周期に同調させた後、周期のない恒暗条件下に移しても、遺伝子発現量の振動が継続する概日リズムの存在が確認された。また、図3の□印に見られるように、遺伝子A、遺伝子B、遺伝子Cにおいて新しい周期に応答すべく遺伝子発現量の周期も変化している。遺伝子A、遺伝子B、遺伝子Cが光によって周期リセットされ新しい対応をしていると思われる。
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図3 遺伝子発現量の測定結果
■:明暗周期に同調させた後、周期のない恒暗条件下に移しても遺伝子発現量の振動が継続している。
□:最終周期の明暗逆転した新しい周期に応答すべく、遺伝子発現量の周期も変化している(遺伝子A、遺伝子B、遺伝子C)。
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生物時計は光によってリセットされるので、この結果は遺伝子レベルでのホヤの生物時計の存在を示す最初の報告である。ホヤのドラフト・ゲノムのDNA配列を解析しても、既知の時計遺伝子のDNA配列が見つからなかったことから、ショウジョウバエや哺乳動物と全く異なるシステムである可能性がある。
ホヤの生物時計分子機構をさらに詳しく探求するために、環境の変化に応答して発現周期の位相が変化する遺伝子について、その機能を探る。さらに、これらの遺伝子だけで説明できない場合、ホヤの生物時計機構の中心をなす遺伝子の探索を行う。