独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)情報技術研究部門【研究部門長 関口 智嗣】地球観測グリッド研究グループ【研究グループ長 土田 聡】松岡 昌志 主任研究員、サービスウェア研究グループ【研究グループ長 小島 功】山本 直孝 研究員は、面でとらえた広域で詳細な地震動の揺れを推定する「地震動マップの即時推定システム(QuiQuake)」を開発し、その一部であるQuakeMap(https://gbank.gsj.jp/QuiQuake/)*をウェブ上に2009年10月13日より一般公開する。
今回開発したシステムは、産総研が保有する地形・地盤分類250mメッシュマップ全国版に基づく地盤のゆれやすさデータ(Vs30マップ)と、独立行政法人 防災科学技術研究所(以下「防災科研」という)が公開する強震観測網の地震観測記録とを、産総研のクラスターコンピューターで高速処理することにより、地震観測記録公開後速やかに広域かつ詳細な地震動マップを推定・図示するものである。さらに、1996年6月以降の約5,000個の主な地震の地震動マップを作成し、過去13年間の地震時の揺れを時系列的に示すアーカイブとして整備した。これらの地震動マップは、自治体や企業の事業継続計画(BCP)や効果的な地震災害対応のための基盤情報としての活用が期待される。この成果は、2009年10月15-16日に産総研つくばセンターで開催される「産総研オープンラボ」にて公開する予定である。
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図1 QuiQuakeシステム概要
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現在、地震時の揺れは全国に設置された約4,200地点の地震計によって震度として公開されている。しかし、地震動の揺れは地質や地形の違いによって異なるため、地震計のない地点での揺れは近接する地震計の震度とは必ずしも一致しない。そのため、震度発表された地域名に含まれた観光地などでは、実際には大きな揺れがなくても予約がキャンセルされたりする等のいわゆる風評被害の問題が起こっている。また、地震被害は行政界の区別なく発生することから、国や自治体が被害の全容を把握する場合や、多くのサプライヤーに依存する企業のBCPを考えると、本社・支社だけでなくサプライヤーが立地する地点や利用する道路網等のサプライチェーンに係る地域での地震動情報が必要になってきている。これらの課題を解決する第一歩として、広域でシームレス、かつ、均一な精度での地盤の揺れやすさのデータを整備し、地震後に速やかに地震動マップを推定・公開することが期待されている。
産総研は、グリッド技術を用いて地球観測データなどの大規模アーカイブおよびその高度処理を行い、分散環境下の各種観測データや地理情報システムデータと統融合した処理・解析を、防災や環境などさまざまな分野でユーザーが手軽に扱えることを目指した地球観測情報のインフラである地球観測グリッド(GEO Grid: Global Earth Observation Grid)に関する研究開発を推進している。そして、「安全・安心な社会」を構築するための研究の一環として、衛星からの活火山監視、地質や地形情報に基づく地盤災害評価、火山火砕流シミュレーション等の技術開発を進めてきた。さらなる災害軽減に資する情報の提供を目的として、他機関が所有・公開する情報と産総研が所有する地盤情報および計算機資源を統融合し、新たな価値ある情報をタイムリーに生成する試みとして、地震動マップの即時推定システムを開発した。
地震被害とその全容を把握する第一歩として、その地域がどの程度揺れたかという地震動の強さの分布を知ることが重要である。そのためには、行政界を超えた広い地域について、地盤の揺れやすさに係るデータを整備しておく必要がある。産総研は、防災科研と関東学院大学と協力して、地形・地盤分類250mメッシュマップ全国版を整備し、さらに、この地形区分に基づく地盤のゆれやすさデータ(Vs30マップ)を作成した【図2】。地震が発生すると気象庁等の各関係機関から地震観測点での地震動情報が公開されるが、この面的なゆれやすさデータを用いることで、地震計の無い地域における地震動が推定できるようになる。
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図2 地形・地盤分類250m メッシュマップ全国版と地盤のゆれやすさデータ(Vs30マップ)
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このシステムの概要を図1に示す。地震後に防災科研がFTPサイトにて公開する強震観測網(K-NET、 KiK-net)の地震観測記録を取得し、地震動の最大地動速度(PGV: Peak Ground Velocity)と計測震度相当値を算出する。これらの値は地震計が設置されている表層地盤の揺れやすさを反映しているため、まずその揺れやすさをVs30マップから抽出して取り除き、硬質地盤でのPGVと計測震度の値を推定する。そして、地震の震源からの距離減衰特性をトレンド成分とした空間補間計算を行うことで硬質地盤上におけるPGVと計測震度の分布が得られる。さらに、250mメッシュ単位にて地盤の揺れやすさを乗じることで、地表でのPGVと計測震度の分布を求めることができる。計算手順の模式図を図3に示す。
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図3 地震動マップの空間補間の計算手順
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本手順を自動化したシステムを産総研のGEO Gridクラスターコンピューターに実装した。これにより、地震記録の公開後速やかに広域かつ詳細なPGVと計測震度情報を発信でき、さらに、大地震後に多発する余震についてもクラスターによる分散処理により情報発信までの時間を短縮化するめどがついた。本震や余震における任意の地域の的確な地震動マップの時系列評価が可能なことから、限られた情報に起因する風評被害等の抑止にも役立つことが期待される。なお、システムの実証を兼ねて、1996年からの主な地震(約5,000個)についてPGVと計測震度分布を計算し、ウェブ(https://gbank.gsj.jp/QuiQuake/)*で結果を公開する。計算結果は、自治体や企業等の地理情報システムにて効率良く利用してもらうために、各種情報との重ねあわせができるようWMS(Web Mapping Service)による配信と、さらに、研究者や技術者の解析に供するため位置情報付きのデータをダウンロード可能にしている。
災害対応に資するべく迅速な情報公開を目指していることから、地震動マップの作成は簡便な手法に基づいている。このシステムの推定値は実測値の0.6~1.7倍程度の誤差(対数標準偏差で0.232)を持っている。したがって、社会基盤施設や特定地域におけるピンポイントな地震動推定値として利用するには注意が必要であり、詳細な地盤調査データに基づく、より高精度な手法との併用が望まれる。
今後は、情報をより迅速に提供するため、防災科研が準リアルタイムで公開している「即時公開データ」を活用することで、2010年度中には「地震動マップの即時推定システム(QuiQuake)」を完成させ、地震発生直後から任意の地域の地震動の揺れの情報を誰もが容易に取得できるよう機能の向上を目指す。また、他機関が所有する地震観測記録を積極的に活用して高精度化を図るとともに、人口分布、建物や道路の分布などと重ね合わせることで、人的被害や物的被害など災害対応行動に直結する情報の推定へと発展させていきたい。