独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)エネルギー半導体エレクトロニクス研究ラボ【研究ラボ長 奥村 元】大橋 弘通 招聘研究員、田中 保宣 主任研究員、山口 浩 副研究ラボ長は、株式会社 東芝【取締役 代表執行役社長 佐々木 則夫】(以下「東芝」という)、東芝三菱電機産業システム 株式会社【取締役社長 伍香 秀明】(以下「TMEIC」という)、公立大学法人 首都大学東京【学長 原島 文雄】(以下「首都大」という)および独立行政法人 国立高等専門学校機構 茨城工業高等専門学校【校長 角田 幸紀】(以下「茨城高専」という)と共同で、SiC-PiNダイオードとSi-IEGTを用いた高電圧・大電力の電力変換器の開発を行い、試作器(直流電圧±5kV-300kVAの単相3レベル変換器)により、IEGTのスイッチング周波数を従来比4倍の2kHzとすることに初めて成功した。これは電力変換器としては4kHzと等価な高速駆動である。
今回試作した電力変換器には、産総研が開発した低損失で高速性に優れる6kV 級のSiC-PiNダイオードの大面積化技術の成果である4mm角SiCダイオードと、東芝製のSi-IEGTを用いた。従来技術ではSi-IEGTとSiダイオードで電力変換器を構成しているが、Siダイオードのスイッチング特性の制約から、IEGTのスイッチング周波数は500Hz程度が限界であった。今回、スイッチング特性に優れる高速のSiCダイオードを用いることで、IEGTの高スイッチング周波数化(2kHz駆動)を実現した。さらに、高スイッチング周波数化したことで、従来の絶縁変圧器を利用した直列多重接続方式ではなく3レベル変換方式が採用でき、絶縁変圧器の省略とフィルター容量削減が可能となった。これにより、電力変換設備の大幅な小型化(従来比約1/5)の見通しを得た。
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写真 試作したSiC-PiNダイオード(左)および電力変換器(右)
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大電力パワーデバイスを用いた高電圧・大容量の電力変換技術は電力分野、産業分野、鉄道交通分野などの社会インフラを支える重要なパワーエレクトロニクス技術となっている。特に最近は低炭素化社会の実現に向けて、スマートグリッド、メガソーラー(太陽光発電)、風力発電、高速鉄道などの分野で国内だけでなく世界的にも今後大きく需要が伸びると予想されており、環境産業競争力や環境技術協力の視点からも技術力の強化が必要である。
電力変換装置は、これまで他のエレクトロニクス装置と同様に高効率化、小型化、軽量化を、重要な技術ターゲットとして発展してきた。これを可能にしてきたコア技術がパワーデバイスの高速化・低損失化であり、大電力パワーデバイスの発展が高電圧・大容量の電力変換装置の進歩を常に支えてきた。しかし従来のSi半導体では、ダイオードのスイッチング特性に起因する素子損失が大きく、スイッチング周波数に上限が生じるため、高電圧・大容量の電力変換装置の高効率化、小型化、軽量化にも限界が生じていた。
このような限界を突破し世界的に新たなニーズに対応するために、社会インフラ向けの大型設備における電力の高効率利用を進める、新たな技術が望まれている。
今回の共同研究開発に参加した5機関は、この技術的な問題を解決するために、スイッチング特性に優れ高耐電圧のSiC-PiNダイオードと、Si-IEGTを組み合わせた高速スイッチングモジュールを、一括契約によりプロジェクト体制を構築して開発した。
産総研では、電力の高効率利用を目的に、次世代の半導体素子として期待されているSiCおよびGaNを利用した電力変換器技術に関する研究開発を進めており、パワーエレクトロニクス研究センター(平成13~19年度)およびエネルギー半導体エレクトロニクス研究ラボ(平成20年度~現在)において、材料の結晶から応用機器に至る領域を一貫体制で研究している。今回の共同研究開発において産総研は、世界トップレベルの高耐電圧(6kV級)SiC-PiNダイオード作製の技術と素子損失を正確に把握できる損失シミュレーターの技術を中心とする領域を担当している。
東芝は、半導体素子の製造やモジュール化に関する豊富な知見を活用し、今回試作した電力変換器に使われているSi-IEGTの供給、モジュール作製、素子損失の評価に関係する部分を中心とする領域を担当している。
TMEICは、電力変換器の設計・試験に関する豊富な知見を活用し、今回試作した電力変換器の基本設計や試験に関係する部分を中心とする領域を担当している。
首都大は、電力変換器の制御等に関する豊富な知見を活用し、電力変換器の制御や冷却体設計に関係する部分を中心とする領域を担当している。
茨城高専は、電力変換器の回路設計に関する豊富な知見を活用し、Si-IEGT素子の高速駆動を可能にするゲートドライブ回路の設計に関係する部分を中心とする領域を担当している。
今回の共同研究開発は、上記の5機関が協力し、それぞれの知見を集約して実施された。
今回の共同研究開発では、電力変換器の高速化を妨げている技術的な問題を突破するために、スイッチング特性に優れる高耐電圧(6kV級)のSiC-PiNダイオードとSi-IEGTを組み合わせた高速スイッチングモジュールを開発した(図1、2)。
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図1 試作したSiC-PiNダイオード2インチウェハー上に作製した4mm角素子
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図2 今回試作した電力変換器に用いたモジュールの基板一式
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従来はSiダイオードの特性から電力変換器のスイッチング周波数の上限が決まっていたが、今回、Siダイオードではなく、より高速で低損失、高耐電圧のSiCダイオードを用いることで、この限界を超える高速化を図った。これまで培ってきた、産総研のSiC素子の大面積化技術を活用することで開発された4mm角の大面積SiC-PiNダイオード素子を、東芝製のSi-IEGTと組み合わせて高速スイッチングモジュールを作製するとともに、このスイッチングモジュール用の冷却体設計と高速駆動ゲートドライブ回路を開発した(図3)。
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図3 試作した高速スイッチングモジュールとゲートドライブ回路
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この高速スイッチングモジュールを利用することで、Si半導体だけを使う従来型の電力変換器に比べ、高速駆動が可能となる。また、素子が高速駆動できることから、絶縁変圧器が必要不可欠な直列多重接続方式ではなく、変圧器が不要の3レベル変換方式を採用することが可能となる(図4)。これに加え、3レベル変換方式による出力は素子のスイッチング周波数の2倍の動作と等価な電力変換器である。スイッチング周波数の高速化により出力波形が改善されるので、出力波形の歪みを除くためのフィルターの容量も削減できる。これまで、高電圧・大電力の電力変換設備を直列多重接続方式で構成する場合、絶縁変圧器はシステムの約半分のスペースを、フィルター設備はシステムの約1/4のスペースをそれぞれ占めており、電力変換設備の省スペース化の大きな障害となっていたが、3レベル変換方式を採用できれば、電力変換設備の装置スペースを大幅に削減することが可能となる。
スイッチング周波数の高速化を実証するために、今回作製した高速スイッチングモジュールを用いて単相3レベル変換方式の試験器(±5kV-300kVA:図5)を試作し、その性能の実証試験を行った。その結果、Si半導体だけを使う従来の電力変換器(スイッチング周波数500kHz)に比べて4倍以上の高速駆動(スイッチング周波数が500Hzから2kHzに向上)ができることが実証できた。また、3レベル変換方式を採用したことにより、絶縁変圧器を省略でき、フィルター設備の容量も削減できる。それによる小型化の効果を見積もったところ、Si半導体のみを使う従来型の電力変換設備に比べて、約1/5に小型化できる見通しを得た(図6)。
今回の技術は、高電圧・大電力用の電力変換設備の大幅な小型化、省スペース化を可能とするもので、社会インフラとして利用される電力変換設備の普及拡大につながるものと期待される。高電圧・大電力の電力変換設備の需要は世界的にも増加しており、この分野の産業競争力強化からだけでなく、今後の環境技術協力の視点からも重要な成果である。
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(a) 従来形回路(絶縁変圧器必要)
(等価スイッチング周波数:2kHz)
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(b) 3レベル変換回路(絶縁変圧器不要)
(等価スイッチング周波数:4kHz)
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図4 回路方式の比較
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図5 試作した電力変換器の外観
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(a) 従来方式(絶縁変圧器を介した500Hzスイッチング変換器の4直列多重接続)
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(b) 今回の方式(2kHzスイッチングの3レベル方式変換器、絶縁変圧器不要)
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図6 省スペース化の効果比較(10MVA級電力変換設備の場合)
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本共同研究開発に参加した5機関は、今回開発した技術の実用化を目指し、引き続き共同研究開発を進める予定である。