発表・掲載日:2009/08/04

SiCダイオードを活用し高電圧・大容量の電力変換器の高速駆動に成功

-社会インフラ向けの大型電力変換設備を格段に小型化できる技術-

ポイント

  • SiC-PiNダイオードとSi-IEGTを組み合わせて従来比4倍の高スイッチング周波数(2kHz駆動)を実現
  • 単相3レベル方式の電力変換器(±5kV-300kVA)を試作し、4kHzと等価の高速駆動を実証
  • 従来必要であった絶縁変圧器を省略し、フィルター容量を削減することで設備を小型化

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)エネルギー半導体エレクトロニクス研究ラボ【研究ラボ長 奥村 元】大橋 弘通 招聘研究員、田中 保宣 主任研究員、山口 浩 副研究ラボ長は、株式会社 東芝【取締役 代表執行役社長 佐々木 則夫】(以下「東芝」という)、東芝三菱電機産業システム 株式会社【取締役社長 伍香 秀明】(以下「TMEIC」という)、公立大学法人 首都大学東京【学長 原島 文雄】(以下「首都大」という)および独立行政法人 国立高等専門学校機構 茨城工業高等専門学校【校長 角田 幸紀】(以下「茨城高専」という)と共同で、SiC-PiNダイオードSi-IEGTを用いた高電圧・大電力の電力変換器の開発を行い、試作器(直流電圧±5kV-300kVAの単相3レベル変換器)により、IEGTのスイッチング周波数を従来比4倍の2kHzとすることに初めて成功した。これは電力変換器としては4kHzと等価な高速駆動である。

 今回試作した電力変換器には、産総研が開発した低損失で高速性に優れる6kV 級のSiC-PiNダイオードの大面積化技術の成果である4mm角SiCダイオードと、東芝製のSi-IEGTを用いた。従来技術ではSi-IEGTとSiダイオードで電力変換器を構成しているが、Siダイオードのスイッチング特性の制約から、IEGTのスイッチング周波数は500Hz程度が限界であった。今回、スイッチング特性に優れる高速のSiCダイオードを用いることで、IEGTの高スイッチング周波数化(2kHz駆動)を実現した。さらに、高スイッチング周波数化したことで、従来の絶縁変圧器を利用した直列多重接続方式ではなく3レベル変換方式が採用でき、絶縁変圧器の省略とフィルター容量削減が可能となった。これにより、電力変換設備の大幅な小型化(従来比約1/5)の見通しを得た。

試作したSiC-PiNダイオードの写真 電力変換器の写真
写真 試作したSiC-PiNダイオード(左)および電力変換器(右)


開発の社会的背景

 大電力パワーデバイスを用いた高電圧・大容量の電力変換技術は電力分野、産業分野、鉄道交通分野などの社会インフラを支える重要なパワーエレクトロニクス技術となっている。特に最近は低炭素化社会の実現に向けて、スマートグリッド、メガソーラー(太陽光発電)、風力発電、高速鉄道などの分野で国内だけでなく世界的にも今後大きく需要が伸びると予想されており、環境産業競争力や環境技術協力の視点からも技術力の強化が必要である。

 電力変換装置は、これまで他のエレクトロニクス装置と同様に高効率化、小型化、軽量化を、重要な技術ターゲットとして発展してきた。これを可能にしてきたコア技術がパワーデバイスの高速化・低損失化であり、大電力パワーデバイスの発展が高電圧・大容量の電力変換装置の進歩を常に支えてきた。しかし従来のSi半導体では、ダイオードのスイッチング特性に起因する素子損失が大きく、スイッチング周波数に上限が生じるため、高電圧・大容量の電力変換装置の高効率化、小型化、軽量化にも限界が生じていた。

 このような限界を突破し世界的に新たなニーズに対応するために、社会インフラ向けの大型設備における電力の高効率利用を進める、新たな技術が望まれている。

研究の経緯

 今回の共同研究開発に参加した5機関は、この技術的な問題を解決するために、スイッチング特性に優れ高耐電圧のSiC-PiNダイオードと、Si-IEGTを組み合わせた高速スイッチングモジュールを、一括契約によりプロジェクト体制を構築して開発した。

 産総研では、電力の高効率利用を目的に、次世代の半導体素子として期待されているSiCおよびGaNを利用した電力変換器技術に関する研究開発を進めており、パワーエレクトロニクス研究センター(平成13~19年度)およびエネルギー半導体エレクトロニクス研究ラボ(平成20年度~現在)において、材料の結晶から応用機器に至る領域を一貫体制で研究している。今回の共同研究開発において産総研は、世界トップレベルの高耐電圧(6kV級)SiC-PiNダイオード作製の技術と素子損失を正確に把握できる損失シミュレーターの技術を中心とする領域を担当している。

 東芝は、半導体素子の製造やモジュール化に関する豊富な知見を活用し、今回試作した電力変換器に使われているSi-IEGTの供給、モジュール作製、素子損失の評価に関係する部分を中心とする領域を担当している。

 TMEICは、電力変換器の設計・試験に関する豊富な知見を活用し、今回試作した電力変換器の基本設計や試験に関係する部分を中心とする領域を担当している。

 首都大は、電力変換器の制御等に関する豊富な知見を活用し、電力変換器の制御や冷却体設計に関係する部分を中心とする領域を担当している。

 茨城高専は、電力変換器の回路設計に関する豊富な知見を活用し、Si-IEGT素子の高速駆動を可能にするゲートドライブ回路の設計に関係する部分を中心とする領域を担当している。

 今回の共同研究開発は、上記の5機関が協力し、それぞれの知見を集約して実施された。

研究の内容

 今回の共同研究開発では、電力変換器の高速化を妨げている技術的な問題を突破するために、スイッチング特性に優れる高耐電圧(6kV級)のSiC-PiNダイオードとSi-IEGTを組み合わせた高速スイッチングモジュールを開発した(図1、2)。

試作したSiC-PiNダイオード2インチウェハー上に作製した4mm角素子の写真   今回試作した電力変換器に用いたモジュールの基板一式の写真
図1 試作したSiC-PiNダイオード2インチウェハー上に作製した4mm角素子
 
図2 今回試作した電力変換器に用いたモジュールの基板一式

 従来はSiダイオードの特性から電力変換器のスイッチング周波数の上限が決まっていたが、今回、Siダイオードではなく、より高速で低損失、高耐電圧のSiCダイオードを用いることで、この限界を超える高速化を図った。これまで培ってきた、産総研のSiC素子の大面積化技術を活用することで開発された4mm角の大面積SiC-PiNダイオード素子を、東芝製のSi-IEGTと組み合わせて高速スイッチングモジュールを作製するとともに、このスイッチングモジュール用の冷却体設計と高速駆動ゲートドライブ回路を開発した(図3)。

試作した高速スイッチングモジュールとゲートドライブ回路の写真
図3 試作した高速スイッチングモジュールとゲートドライブ回路

 この高速スイッチングモジュールを利用することで、Si半導体だけを使う従来型の電力変換器に比べ、高速駆動が可能となる。また、素子が高速駆動できることから、絶縁変圧器が必要不可欠な直列多重接続方式ではなく、変圧器が不要の3レベル変換方式を採用することが可能となる(図4)。これに加え、3レベル変換方式による出力は素子のスイッチング周波数の2倍の動作と等価な電力変換器である。スイッチング周波数の高速化により出力波形が改善されるので、出力波形の歪みを除くためのフィルターの容量も削減できる。これまで、高電圧・大電力の電力変換設備を直列多重接続方式で構成する場合、絶縁変圧器はシステムの約半分のスペースを、フィルター設備はシステムの約1/4のスペースをそれぞれ占めており、電力変換設備の省スペース化の大きな障害となっていたが、3レベル変換方式を採用できれば、電力変換設備の装置スペースを大幅に削減することが可能となる。

 スイッチング周波数の高速化を実証するために、今回作製した高速スイッチングモジュールを用いて単相3レベル変換方式の試験器(±5kV-300kVA:図5)を試作し、その性能の実証試験を行った。その結果、Si半導体だけを使う従来の電力変換器(スイッチング周波数500kHz)に比べて4倍以上の高速駆動(スイッチング周波数が500Hzから2kHzに向上)ができることが実証できた。また、3レベル変換方式を採用したことにより、絶縁変圧器を省略でき、フィルター設備の容量も削減できる。それによる小型化の効果を見積もったところ、Si半導体のみを使う従来型の電力変換設備に比べて、約1/5に小型化できる見通しを得た(図6)。

 今回の技術は、高電圧・大電力用の電力変換設備の大幅な小型化、省スペース化を可能とするもので、社会インフラとして利用される電力変換設備の普及拡大につながるものと期待される。高電圧・大電力の電力変換設備の需要は世界的にも増加しており、この分野の産業競争力強化からだけでなく、今後の環境技術協力の視点からも重要な成果である。

回路方式の比較の図
(a) 従来形回路(絶縁変圧器必要)
(等価スイッチング周波数:2kHz)
(b) 3レベル変換回路(絶縁変圧器不要)
(等価スイッチング周波数:4kHz)
図4 回路方式の比較

試作した電力変換器の外観写真
図5 試作した電力変換器の外観

省スペース化の効果比較の図(従来方式)
(a) 従来方式(絶縁変圧器を介した500Hzスイッチング変換器の4直列多重接続)
省スペース化の効果比較の図(今回の方式)
(b) 今回の方式(2kHzスイッチングの3レベル方式変換器、絶縁変圧器不要)
図6 省スペース化の効果比較(10MVA級電力変換設備の場合)

今後の予定

 本共同研究開発に参加した5機関は、今回開発した技術の実用化を目指し、引き続き共同研究開発を進める予定である。



用語の説明

◆SiC
 
シリコンカーバイド(炭化ケイ素)。次世代の半導体素子として期待されている材料の一つである。SiC半導体は、Si(シリコン)半導体に比べて、低損失、高耐電圧、高速動作、耐高温性といった特徴を持つことから、特に電力変換器への適用が期待されている。[参照元へ戻る]
◆PiNダイオード
 
PiNダイオードは、高電圧向けのダイオード(電流を特定の方向にしか流さない整流動作を行う半導体素子)である。通常のダイオード(PNダイオード:P型半導体とN型半導体の接合で形成)に比べ、より高電圧に耐えられるようにP型半導体とN型半導体の間にi(真性半導体)層を設ける構造(PiN構造)になっている。[参照元へ戻る]
◆Si
 
シリコン(ケイ素)。現在の半導体の主流となっている材料。[参照元へ戻る]
◆IEGT
 
半導体素子の一種で、大電力のオン(通電状態)・オフ(非通電状態)の制御に用いられる。Injection Enhanced Gate Transistor(電子注入促進形絶縁ゲートトランジスタ)の略称。[参照元へ戻る]
◆電力変換器
 
電力の周波数や電圧などを利用目的に応じたものに変換するための装置を指す。例えばエアコン等に利用されているインバーターは、直流(周波数がゼロ)の電力を交流の電力に変換するための電力変換器である。
電力変換器は、半導体素子のオン(通電状態)・オフ(非通電状態)動作を利用して電力の周波数や電圧などを変換するので、半導体素子のオン・オフ動作の性能が電力変換器の性能にとって極めて重要となる。[参照元へ戻る]
◆3レベル変換器
 
オン・オフ動作の性能が同じ半導体素子を使用しても、電力変換器の回路方式が異なると、その制御性も異なる。3レベル変換器は、通常の変換器に比べて出力電圧波形の制御性が良い特徴を持つ。電力変換器の出力には歪み成分が含まれるため、歪み成分除去を目的とするフィルター設備が必要となるが、出力波形の制御性が良い場合は歪み成分の含有率を下げることができるので、フィルター設備の小容量化が可能となる。[参照元へ戻る]
◆スイッチング周波数
 
半導体素子のオン(通電状態)・オフ(非通電状態)の切り替えの1秒間あたりの回数を示す。(例えば、スイッチング周波数500Hzとは、半導体素子が1秒あたり500回のオン・オフの切り替えを行うことを示す。)
スイッチング周波数が高い半導体素子を利用すると、制御性や小型・軽量性に優れた電力変換器が実現できるが、高電圧・大電力用の半導体素子ほど高いスイッチング周波数での駆動が困難になる傾向がある。[参照元へ戻る]
◆直列多重接続方式
 
半導体素子のスイッチング周波数を高くできない場合、電力変換器の制御性が上がらず、出力波形が歪むという問題が生じる。この問題の解決策として、素子スイッチングのタイミングを相互にずらした電力変換器を複数用い、絶縁変圧器を介して直列接続する手法が取られる。この手法を直列多重接続方式と呼ぶ。
例えば、4直列方式の場合、各電力変換器のスイッチングのタイミングを相互に1/4周期ずつずらした上で、絶縁変圧器を介して直列に接続する。これにより、各電力変換器の4倍のスイッチング周波数が等価的に実現できるので、出力波形は大きく改善される。[参照元へ戻る]

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