独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)計測フロンティア研究部門【研究部門長 秋宗 淑雄】山田 家和勝 副研究部門長と、光・量子イメージング技術研究グループ 清 紀弘 主任研究員、小川 博嗣 研究員は、小型自由電子レーザー装置を開発し、単色性がよく高強度かつ短パルスの赤外線およびX線の同時発生に成功した。
この研究では、以前に産総研が川崎重工業株式会社と共同で開発した自由電子レーザー専用の電子蓄積リングNIJI-IV(以下「NIJI-IV」という)を使用した。今回、挿入光源として周期長が長く磁場の強い全長3.6mの光クライストロンETLOK-IIIおよび振動振幅が0.5µm以下の高安定光共振器を新たに開発し、赤外線領域である波長域0.84~1.50µmで最大出力1.6mWの赤外線自由電子レーザー光発振に成功した。
この発振した赤外線自由電子レーザー光と、光速に近い速度で運動する電子バンチ(束)とを光共振器内で衝突させ、ほぼ単色のX線ビームを生成することにも成功した。得られたX線ビームの収量(光子数)は106 Photons/s程度、エネルギー(X線の波長に対応)は1.2~2.1MeVで、これまで単色X線源を得るのが困難な領域(0.3~1.5MeV)を含んでいる。
これらの成果は、赤外線とX線のエネルギー(波長)可変2色高収量ビーム源としての応用が期待できる。また、エネルギー回収型リニアックなどの加速器に応用すると、大型放射光施設でも得にくい0.3MeV超のエネルギーと、収量1012 Photons/sの準単色のX線ビーム源として利用することも期待される。このX線ビームは磁気材料研究においてこれまで不可能であった測定を可能にし、超高密度磁気記録装置の実現などに貢献できる。
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自由電子レーザー専用の電子蓄積リングNIJI-IVの写真(左)および概略図(右)
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光速近くまで加速された電子ビームが向きを変える時、その接線方向に出てくる放射光は指向性の高い連続スペクトル光源として利用できるので、放射光利用を目的とした電子蓄積リングの建設が70年代から開始されるようになった。その後、放射光施設の大型化による光子エネルギーの増大が図られるようになり、放射光の高輝度光源は数10keVのエネルギー領域まで拡大し、高輝度X線は物質科学や生命科学、そして産業の発展に貢献している。しかしながら、0.3MeVを超えるエネルギーのX線ビームを得ることは現在でも困難である。
0.3MeVから1.5MeVまでのエネルギー領域のX線と物質との相互作用は、合金や薄膜の磁性研究に欠かすことのできない電子運動量密度分布の計測に適しており、光源の開発が新たな応用分野を開拓すると期待されている。
産総研ではこれまでに、NIJI-IVを使用して自由電子レーザー光発振波長の短波長化に取り組み、自由電子レーザー光の最短波長記録更新や、国内初となる真空紫外域でのレーザー光発振などの成果を挙げてきた。今回、これまで開発してきた先端的自由電子レーザー光発振技術を応用して、蓄積リング自由電子レーザー光の長波長化にも取り組むことにした。
なお、本研究は原子力委員会の評価に基づいた文部科学省原子力試験研究費課題「自由電子ビームを用いた広帯域量子放射源とその先端利用技術に関する研究(2004年度~2008年度)」により実施した。
0.3MeVから1.5MeVまでのエネルギー領域における単色性のよい高エネルギーX線ビームは、レーザー光と光速に近い速度で運動する電子バンチとを衝突させる逆コンプトン散乱によって得ることができる。蓄積リングの電子バンチを使用する場合には、電子のエネルギーを比較的低くして、レーザー光の波長も赤外線領域にしなければならない。そこで産総研では、赤外線専用の蓄積リング自由電子レーザー装置を製作して、X線ビームの発生を計画した。
NIJI-IVには2つの長い直線部があり、1つは短波長自由電子レーザー光の開発に使用している。もう一方の長直線部を赤外線専用のビームラインとして、赤外蓄積リング自由電子レーザーを開発することにした。挿入光源として図1に示す光クライストロンETLOK-IIIを製作し、NIJI-IVの長直線部に挿入した。
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図1 光クライストロンETLOK-IIIの写真(左)および光クライストロンの概念図(右)
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この光クライストロンETLOK-IIIは全長が3.6mで長直線部の約半分と比較的短くなっており、自由電子レーザー逆コンプトン散乱のための衝突点を磁場のない領域で複数取ることができる。全長は比較的短いが、2つの1.4mアンジュレーター(図1概念図でグリーンに色分けされた部分)の中央に磁場の強い0.75m分散部が配置されており、高い自由電子レーザー光の増幅率が得られる。光クライストロンETLOK-IIIが放出する自発放出光(図2)のスペクトルを測定し、充分なモジュレーションが得られていることから設計に近い増幅率が得られることを確認した。また、赤外線専用ビームラインの両端に、自発放出光を閉じこめる高安定光共振器を設置した(図3)。この光共振器は共振器ミラーの3軸並進と2軸回転を独立に制御でき、光軸方向の位置の精度は0.1µmである。外部からの振動を抑制する機構を持ち、共振器ミラーの振動変位は0.5µm以内である。
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図2 光クライストロンETLOK-IIIの自発放出光の一例。基本波は赤外領域なので目には見えないが、3次および4次光は可視光なので見ることができる。
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図3 高安定光共振器。赤外線専用ビームラインの両端にそれぞれ1台ずつ設置されている。
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このような構成により、赤外線専用の蓄積リング自由電子レーザー装置としては世界で初めて自由電子レーザー光の発振に成功した(図4)。発振波長域は0.84~1.50µm、最大出力は1.6mWである。最大出力から、光共振器内に蓄積されているパワーは5W程度と評価される。自由電子レーザー光の相対線幅は3×10-4以下であり、この波長帯の自由電子レーザー光としては最も狭く、波長が安定している。この光源の最大輝度はおよそ1015 Photons/s/mm2/mrad2/0.1%b.w.であり、赤外域の蓄積リング光源としては世界最高輝度である。
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図4 CCDカメラによって測定された赤外波長870nmの自由電子レーザープロファイル。写真のサイズは、およそ4mm(V)×5.4mm(H)。ほぼ完全なガウス分布をした円形ビーム形状であり、ビームサイズは波長から評価される値とほぼ一致していた。
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NIJI-IVには最大で16個の電子バンチを蓄積できるが、蓄積リングの周長と光共振器の往復の共振器長は同一なので、自由電子レーザー光発振には電子バンチが1つあればよい。しかし、自由電子レーザー逆コンプトン散乱によってX線を発生させるには少なくとも2つの電子バンチが必要である(図5)。どの2つの電子バンチを残すかによって、自由電子レーザー逆コンプトン散乱が生じる場所を選択することができるので、任意の電子バンチを残すことが可能な装置を開発した。選択した2つの電子バンチを残して赤外蓄積リング自由電子レーザー光を発振させ、自由電子レーザー逆コンプトン散乱による準単色X線ビーム発生を行うことに成功した(図6)。電子バンチ間隔の選択によって自由電子レーザー逆コンプトン散乱の衝突点を光クライストロンの磁場のない領域に選ぶことができ、図6で示したような単色性のよいエネルギースペクトルを持つX線ビームを発生させることができた。
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図5 電子蓄積リングNIJI-IVを用いた自由電子レーザー逆コンプトン散乱の概念図。薄い灰色は電子バンチが存在できる位置を示している。電子バンチ1は自由電子レーザーパルス1(FELパルス1)と、電子バンチ2は自由電子レーザーパルス2(FELパルス2)と同期している。電子バンチ1はFELパルス2と衝突点Aで、電子バンチ2はFELパルス1と衝突点Bで逆コンプトン散乱を生じる。もし、電子バンチ2が中濃度の灰色の位置に在れば、自由電子レーザーパルス1とその位置で衝突することになる。このように、電子バンチの位置を選択することで、衝突点を選択できる。
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このような高品質な自由電子レーザー逆コンプトン散乱X線が得られたのはDuke大学に次いで2番目であり、複数の自由電子レーザーパルスで複数の衝突点について同時観測を行ったのは世界で初めてである。ほぼ単色のX線ビームのエネルギーは、自由電子レーザー光の波長によって可変で1.2~2.1MeV、最大収量はおよそ106 Photons/sであった。
自由電子レーザー逆コンプトン散乱による準単色X線ビームは、パルス幅は約100psと自由電子レーザー光のパルス幅に比べて10倍ほど長いが、自由電子レーザー光と同期して同一方向に射出される。したがって、今回開発した装置により赤外蓄積リング自由電子レーザー光と準単色X線ビームとを同時照射することができる。例えば、2つの帯域で同時イメージングを行う応用や、X線による物性変化を分子振動の情報が豊富な赤外線領域で分光測定する等の応用が考えられる。本研究により、赤外線とX線を複合させた新たな研究領域の開拓が期待できる。
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図6 自由電子レーザー逆コンプトン散乱X線のエネルギースペクトルの一例。図中の半値全幅には、検出系の分解能も含まれている。1MeV以下の信号は、検出器の応答特性に由来する成分がほとんどであり、X線ビームは準単色性を示している。
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今回開発した赤外線専用の蓄積リング自由電子レーザー装置を、さらに長波長化して、逆コンプトン散乱によって発生する準単色X線ビームの低エネルギー化を図る。また、多バンチ運転での自由電子レーザー発振技術を開発して、X線ビームの高収量化を図る。これらを通じて、自由電子レーザー逆コンプトン散乱が0.3MeV以上のエネルギー領域における有望なエネルギー可変準単色光源であることを実証する。