発表・掲載日:2009/05/28

無機酸化物を用いた薄膜エレクトロルミネセンス素子の開発

-交流10V程度の発光開始電圧で赤く面発光-

ポイント

  • 化学的に安定なペロブスカイト型酸化物を用いるため、製造プロセスの簡素化が可能。
  • 透明電極を利用した面発光により、広い視野角を確保。
  • 駆動電源の小型化が見込まれ、将来のディスプレイ等への応用に期待。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)エレクトロニクス研究部門【研究部門長 金丸 正剛】超伝導計測デバイスグループ【研究グループ長 神代 暁】高島 浩 主任研究員らは、化学的安定性に優れたペロブスカイト型酸化物薄膜を用いて赤色を発光するエレクトロルミネセンス(EL)素子を開発した。

 古くから電気回路のコンデンサーとして利用されているチタン酸バリウム(BaTiO3)等に代表されるペロブスカイト型の無機酸化物を用いて薄膜EL素子を作製した。発光開始電圧は交流10V程度であり、低電圧駆動のため電源の小型化が可能と考えられる。また、透明電極全体から光を出す面発光を行うため、広い視野角が得られる。この素子の発光層・絶縁層に用いた材料は世界中に多く存在するため資源的な制約が少ない。発光層をはじめ素子の各層は優れた化学的安定性を持つ無機材料で構成されるため酸化や熱による特性の劣化が極めて少なく、封止等のプロセスが短縮でき、製造プロセスの省エネルギー化が期待される。今後、高輝度化、多色化することで照明・光源・ディスプレイ等への応用が期待される。

 

 なお、本研究成果は、ドイツの科学誌「Advanced Materials」に掲載される。

今回作製したペロブスカイト型酸化物を用いた無機EL素子の発光の写真
今回作製したペロブスカイト型酸化物を用いた無機EL素子の発光

開発の社会的背景

 照明機器は、現在蛍光灯が主流となっているが、蛍光灯中の水銀による環境負荷が問題視されている。また、省エネルギーの観点から代替照明の開発が進められている。現在、無機EL、有機EL、白色LEDが代替照明の候補と考えられている。有機ELは、大型化・輝度と寿命のトレードオフ、大気暴露による特性劣化、封止のためのプロセスの煩雑さ、材料コストなどに問題がある。白色LEDは高輝度のものが開発され、代替照明として有望であるが、点光源であることによる視野角の制限やガリウム等の資源的制約、コストの問題を抱えている。一方、ペロブスカイト型無機酸化物を用いた無機ELは、化学的な安定性、耐熱性などから劣化に強く、資源的な制約も少ないことから代替照明の有力な候補として、その開発が期待されている。

研究の経緯

 産総研エレクトロニクス研究部門では、革新的新機能デバイスの創出を目指して、新電子現象・材料の探索・解明と、それを用いたデバイスの開発を行っている。その一環として、多数のペロブスカイト型酸化物が紫外線による励起で顕著な蛍光を発することを見出している。これまでに発光層の薄膜化に成功していることから、これを絶縁体薄膜と積層化して、安定性に優れた無機EL素子の開発を試みた。

研究の内容

 今回の無機EL素子は、図1に示すように電極基板上に絶縁層/発光層/絶縁層をパルスレーザー堆積法(PLD法)を用い積層して作製した。作製条件は、ArFエキシマレーザー(波長193 nm)を使用し、基板温度は700℃、成長雰囲気は酸素10Paである。大気中での熱処理後、PLD法で透明電極を形成しEL素子とした。

今回開発した無機EL素子の模式図
図1 今回開発した無機EL素子の模式図
発光層は絶縁層で挟まれ、電極基板と透明電極の間に交流電圧をかけると発光する。発光は透明電極から取り出す。

 電極基板としてはニオブを1%添加したチタン酸ストロンチウム(1%Nb-SrTiO3)を用い、発光層としてはペロブスカイト型酸化物であるチタン酸カルシウム・ストロンチウム((Ca0.6Sr0.4)TiO3)のAサイトに微量のプラセオジム(Pr)を発光中心として添加したもの、絶縁層としてペロブスカイト型酸化物のチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)を用いた。PLD法により、これらの薄膜を連続成長させて二重絶縁構造薄膜EL素子を作製した。上部の透明電極はITOまたはSnO2膜である。なお、全層が配向成長していることをX線回折測定によって確認した。

 作製した無機EL素子に14 V、1 kHzの交流電圧を加えたときの発光スペクトルを図2(左)に示す。中心波長612 nmの鋭いピークで、赤色の発光である。写真から透明電極全体が一様に赤色に面発光していると分かる。なお、この発光はPr3+イオンの1D2から3H4へのエネルギー遷移によると考えられる。この無機EL素子の発光開始電圧は約10Vであり、これまでの無機EL素子の1/10以下の低電圧である。さらに、二層の発光層を持つ二重絶縁構造薄膜 EL素子を作製し、前述の単層発光層のEL素子のおよそ二倍の電圧24Vで強い赤色面発光を得た(図2(右))。このように低電圧で面発光するEL素子ができたことで、広範な応用が期待できる。

今回作製した無機EL素子の発光スペクトルと発光時の素子の写真
図2 今回作製した無機EL素子の発光スペクトルと発光時の素子の写真
(図中のCSTO:Prはペロブスカイト型酸化物((Ca0.6Sr0.4)0.997Pr0.002)TiO3の略である)
(左)発光層が単層の二重絶縁構造薄膜EL素子。電圧12Vで波長610nm付近に弱い発光が見られ、電圧を14Vに上げると発光が大きくなる。
(右)2層の発光層をもつ二重絶縁構造薄膜EL素子。電圧24Vで赤色面発光している。

 表1に今回開発したペロブスカイト型酸化物EL素子と、既存の無機EL素子(硫化物、非ぺロブスカイト型酸化物)や有機EL素子の特性比較を示す。有機EL素子に対しては、材料コストや大気暴露への耐性で優位であり、その他の無機EL素子に対しては低電圧駆動という点で優位である。

各種EL素子の特性比較の表
表1 各種EL素子の特性比較
硫化物、非ペロブスカイト型酸化物、ペロブスカイト型酸化物は無機ELに分類される。

今後の予定

 ペロブスカイト型酸化物を用いた無機EL素子を照明・光源・ディスプレイとして実用化するには、輝度の向上、低コストで大面積化する技術の確立、多色化が必要となる。発光特性の最適化と輝度向上、ナノテクノロジーを応用した大面積化技術の確立と高機能化や、他の材料を用いたEL素子の開発によるRGB三原色の実現を目指す。


用語の説明

◆化学的安定性
 
酸化剤や酸素による酸化などの化学反応による劣化をおこしにくい性質。本研究で用いた材料は、水、有機溶剤、酸素、熱等に耐性を有している。[参照元へ戻る]
◆ペロブスカイト型酸化物
 
電気回路中のコンデンサーに利用されているチタン酸バリウム(BaTiO3)のように、ABO3という3元系から成る遷移金属酸化物などペロブスカイト型の結晶構造を取る酸化物。元素構成によって電気伝導性・超伝導性・イオン伝導性・強誘電性・圧電性・焦電性・強磁性・触媒機能・エネルギー変換機能などの機能を示す。[参照元へ戻る]
◆エレクトロルミネセンス(EL)
 
主に半導体中において、電界を加えることによって得られる発光を指す。発光体が有機物か無機物かによって分類され、前者は有機EL、後者は無機ELと呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆二重絶縁構造薄膜EL素子
 
発光層を二層の絶縁層ではさんだ構造をもつEL素子。[参照元へ戻る]
◆配向成長
 
本研究では、単結晶からなる基板の結晶方向に対して、ある特定の方向に結晶成長すること。[参照元へ戻る]

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