独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門【研究部門長 南 信次】山崎 聡(エネルギー技術研究部門主幹研究員と兼務)、徳田 規夫 元産総研特別研究員は、計測標準研究部門【研究部門長 岡路 正博】長さ計測科 幾何標準研究室【室長 高辻 利之】 権太 聡 主任研究員らと共に、ナノテクノロジーの技術開発や生産に不可欠なナノメートル(nm)サイズの寸法の基準となるものさしを、ダイヤモンドの結晶構造を利用して作製した。
現在、ナノメートルサイズの物質や現象を扱うナノテクノロジーを利用した新材料や新機能の研究開発が進められ、科学技術の革新的発展が期待されている。しかしながら、現在市販されているナノテクノロジーの基盤となるものさしの最小の目盛りは約10 ナノメートルであり、安定で正確なナノメートルサイズのものさしがなかった。産総研はダイヤモンド半導体の研究開発で培ってきたダイヤモンドの製膜技術を高度化することによって、現在の市販品に比べて約50分の1となる最小目盛り0.2 ナノメートルを持つ非常に安定で正確なものさしの作製に成功した。
今回開発したものさしは、今後、世界共通のナノメートルサイズの長さ標準となり、ナノテクノロジー時代を支えていくと期待される。
本研究成果は、2009年4月17日に応用物理学会発行の「Applied Physics Express」誌オンライン版に掲載される予定。
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0.2nmの高さステップを持つダイヤモンドナノ構造
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これまでの科学技術や産業技術は、時間、長さ、質量、温度などの厳密な定義に基づいた世界共通の揺らぐことのないものさし(標準)を基礎として発展してきた。現在、バイオテクノロジーでの分子の操作や半導体技術における高集積デバイスなどナノメートル(100万分の1ミリメートル)サイズを対象とした技術開発が活発に行われている。このため、ナノメートル刻みのものさしが必要となってきたが、1ナノメートルの長さは原子の大きさのたかだか数倍しかないために原子レベルでの制御が必要であり、また、原子レベルでの安定性も重要で、これまで理想的なナノメートル刻みのものさし(標準試料)がなかった。
そこで、世界的にナノメートル刻みの安定なものさしの研究開発が行われている。現在実用化されているものさしの材料はシリコンであるが、表面の酸化や荒れ、原子レベルの平坦さが得られないなどの理由から、ナノメートルサイズの測定における標準試料と呼べるものではなかった。(表1を参照)
表1 本開発ものさしと従来のシリコンを用いたものさしの比較
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長さ・高さ標準試料
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今回開発したダイヤモンドナノ構造
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シリコン原子ステップを用いたナノ構造
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現在、市販のシリコンナノ構造
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製造方法
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プラズマCVDによる製膜 |
酸を用いた表面処理 |
エッチング |
最小目盛り(nm)
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0.2 |
0.31 |
10 |
安定性
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非常に安定 |
酸化によって変化するため不安定 |
金属でカバーすることにより安定化 |
熱膨張率(1/K)
室温
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1x10-6 |
2.6x10-6 |
2.6x10-6 |
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ダイヤモンドはシリコンと同様に半導体としての性質を持っている。メタンガスと水素ガスを用いた化学気相堆積法(CVD法)を用いた高品質ダイヤモンドが開発され、急速に半導体デバイスの材料としての開発が進んでいる。
産総研ではダイヤモンド半導体を用いた高性能電子デバイスの開発を行ってきている。ダイヤモンド半導体デバイス作製の重要な技術の一つに平坦なダイヤモンド表面の作製がある。ダイヤモンドは物質中最も固い材料なので、原子レベルで平坦な表面を得ることは困難と考えられていたが、産総研では化学気相堆積法の高度化や、ダイヤモンド製膜前の基板に特殊な構造を作ることにより、0.1ミリメートル四方の領域に原子レベルで平坦な表面を作製することに成功している。今回、この平坦な表面上に、原子ステップを形成することにより、A)ナノメートルサイズのものさしを作製することを試みた。
なお、原子ステップの観察としては、住友電気工業株式会社の築野氏らがダイヤモンド表面において0.09nmの原子ステップ((001)面)や三角形の0.2nmステップ((111)面)のナノ構造を観測している。1),A)
本研究の一部は独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費補助金(20760455)の助成を受けて行ったものである。
これまでに産総研は化学気相堆積法の条件を制御することで、原子レベルで平坦なダイヤモンド表面構造を作製することに成功している。今回、この平坦なダイヤモンド表面が作製できる条件を少し変化させると、平坦なダイヤモンド表面の上に原子レベルで一段高い島を作製できることを発見した。図1に原子間力顕微鏡(AFM)で測定した島の構造を示す。
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図1 0.2nmの高さステップを持つ三角形のダイヤモンドナノ構造
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この島は原子一層からなるため、その高さはダイヤモンドの結晶構造から正確に決まっている。結晶の隣り合う炭素原子ネットワークの間隔が島の高さに相当し、0.206ナノメートル(理論値)であると理論的に導かれている。この島の形は、ダイヤモンド結晶内の炭素原子の配列構造を反映して(ダイヤモンド(111)表面は3回対称性を持つ)、幾何学的に正確な正三角形をしており、また、三角形の三つの辺の直線性も優れている(図2)。
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図2 ダイヤモンドナノ構造の原子模型
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よく知られているようにダイヤモンドは様々な物質のうち最も硬い材料であるため、傷つけようとしてもその構造が変化することはほとんどない。温度や化学薬品に対する耐性も高く、シリコンのように表面が酸化することもない。表面が汚れても、化学薬品で処理することにより汚れを除去し、清浄なダイヤモンド表面を再生させることができる。このように今回開発したダイヤモンドの正三角形島構造は、構造のち密さ、物理・化学的な安定性など、ナノメートルサイズのものさしとしての理想的な資質を備えているといえる。
現在、ナノメートルサイズの測定は原子間力顕微鏡や走査型電子顕微鏡などで行われているが、あらかじめこれらの装置で今回開発したナノメートルサイズのものさしを測ることによって装置の正確な較正を行うことができる。これによりナノメートルサイズの測定値の信頼性が向上するものと期待される。
また、図3にあるように複数の段を持つ正三角形島の作製も可能である。この構造を使うと、0.2ナノメートルの整数倍の高さのものさしとして使える可能性があり、測定対象のサイズに合わせたものさしを作製することができる。
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図3 5段のステップを持つダイヤモンドナノ構造
(1.0nm の高さの標準として使うことができる。)
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このように化学気相堆積法で作製したダイヤモンドの正三角形島構造はナノメートルの高さのものさしとしての利用が期待できる。さらに、島の正三角形の辺の長さもダイヤモンドの結晶構造を反映しているため、これまでにない正確なナノメートルサイズのものさしとして利用できると期待される。
今回作製したダイヤモンドナノ構造によるナノメートルサイズのものさしについて、長さの国家計量標準に基づいた値付けを行っていく。
また、今回開発したものさし(標準試料)の作製だけではなく、共同研究を通じて、様々なダイヤモンドナノ構造の電子デバイスなどへの応用を探っていきたい。
1)T.Tsuno, et al., Journal of Applied Physics, 75 (1994) 1526.
T.Tsuno, et al., Japanese Journal of Applied Physics, 30 (1991) 1063.
記事に関連研究を追加しました。変更箇所は下記のとおりです。( A)、B)は訂正記事中の注釈番号に対応します。)(2009年5月28日 17:00)
A)関連研究について追加記述しました。
B)関連研究に関する論文を参考文献として掲載しました。