発表・掲載日:2009/03/30

繊維やプラスチックなどに使用可能な低コストの可視光応答型光触媒を開発

-色が黄ばんで見えず、アセトアルデヒド分解性能や抗菌効果も大幅に向上-

ポイント

  • 蛍光灯下で働き、これまで効果の出にくかった紫外線の少ない室内や車内で使用可能。
  • 酸化チタン、アパタイト、鉄を組み合わせ、低コストを実現。
  • 抗菌防かび、脱臭、大気浄化、水質浄化、防汚などへの応用で、光触媒市場の拡大に期待。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)サステナブルマテリアル研究部門【研究部門長 中村 守】環境セラミックス研究グループ 垰田 博史 研究グループ長は、脱臭や抗菌効果に優れ、繊維やプラスチック、紙等に使用可能で色が黄ばんで見えない汎用性の高い高性能かつ実用的な可視光応答型光触媒を開発した。これは従来の可視光応答型光触媒と異なり、貴金属や希少金属などを使用せず、安価で安全な酸化チタン、アパタイト、鉄を効果的に組み合わせたもので、光触媒スラリー1kg当たり数千円レベルという低価格で供給できる見通しである。

 酸化チタン、アパタイト、鉄の比率を最適化することにより、人体に有害なアセトアルデヒドの分解性能が、可視光応答化していない従来品に比べ、蛍光灯下で5.9倍向上した。また、アセトアルデヒドが二酸化炭素と水にまで完全に酸化分解していることを確認した。車内、喫煙室、トイレなど、紫外線の少ない場所での実際の脱臭効果のほか、黄色ブドウ球菌に対する抗菌効果とNOx浄化効果も確認した。これまで効果の出にくかった室内などでの光触媒の用途が拡がり、光触媒市場が大きく伸びるものと期待される。

新型光触媒の模式図と表面の電子顕微鏡写真
新型光触媒の模式図(左)と表面の電子顕微鏡写真(右)

開発の社会的背景

 光触媒は光の照射によって有害化学物質を水や二酸化炭素にまで分解することが可能で、抗菌防かび、脱臭、大気浄化、水質浄化、防汚などさまざまに応用できることから、環境技術の切り札の一つといわれている。しかし、従来から使用されている酸化チタンを中心とする光触媒は紫外線が必要なため、紫外線の少ない室内では機能が充分に発揮できず、室内用途への応用はなかなか進まなかった。

 そこで、窒素を導入した酸化チタン光触媒粒子や酸化タングステンおよび貴金属などを用いて可視光で働く光触媒が開発された。ところが、窒素を導入した酸化チタン光触媒粒子は空気中で長く使用すると窒素が空気中の酸素と置き換わって従来の酸化チタン光触媒に戻るため、可視光活性が低下するという問題があった。また、タングステンは希少金属で高価なため、実用化には経済的な問題が伴い、光触媒の性能が良くても広く普及させることが困難であった。さらに、これらの可視光で働く光触媒は黄色で、壁紙などに使用した場合、黄ばんで見えるという難点があり、しかも光触媒は接触するほぼすべての有機物を分解するため、繊維やプラスチック、紙等を基材に使用すると、基材自体が分解されるという問題があった。

研究の経緯

 産総研 サステナブルマテリアル研究部門は、1983年から化石燃料や有害な化学薬品を使わずに環境を浄化できる光触媒の研究を進めてきており、これまで用途に応じた高性能の光触媒の開発とさまざまな応用展開を行ってきた。

 今回、室内環境浄化機能を有する住宅部材を開発して光触媒の普及を進めるため、独立行政法人 科学技術振興機構(JST)の研究成果活用プラザ「プラザ東海」における実用化のための育成研究「可視光応答高機能マスクメロン型光触媒とその応用住宅部材の開発に関する研究(平成18~20年度)」による支援を受けて、繊維やプラスチックなどの有機材料にも使用可能な可視光で働く光触媒の開発を行った。

研究の内容

 これまでの可視光で働く光触媒と異なり、高価な貴金属や希少金属などを使用する代わりに、酸化チタン、アパタイト、鉄という安価かつ資源的に豊富で安全な物質を常温でかつ低コストの湿式法で複合化することにより、可視光で働く経済的な光触媒を開発した。

 この新型光触媒は、図1に示すように、揮発性有機化合物(VOC)の一種であるアセトアルデヒドの分解性能が、可視光応答化していない従来型光触媒に比べ、蛍光灯の光に対して5.9倍向上した。しかも、可視光だけではなく、紫外線に対する分解性能も大きく向上した。

白色蛍光灯による従来型光触媒と今回開発の新型光触媒によるアセトアルデヒドの分解量の図
図1 白色蛍光灯による従来型光触媒と今回開発の新型光触媒によるアセトアルデヒドの分解量

 また、アセトアルデヒドが完全に酸化分解されて二酸化炭素(図2)と水になっていることが確認された。

白色蛍光灯による新型光触媒によるアセトアルデヒドの完全酸化の図
図2 白色蛍光灯による新型光触媒によるアセトアルデヒドの完全酸化
光照射時間の経過とともに、アセトアルデヒド量が減少、二酸化炭素が増加している。

 通常、光触媒は繊維やプラスチックなどの有機系基材に使用すると基材自体を分解してしまうため、これまで適用が難しかった。一方、新型光触媒は表面が光触媒活性を持たないアパタイトで部分的に覆われているため、有機系基材の分解が抑えられ、繊維やプラスチック、紙などにも適用可能である。実際に、新型光触媒を樹脂に混ぜ、カーボンアークランプ照射による樹脂の耐久性(劣化)試験を行った。その結果、表1に示すように、従来型光触媒を混ぜた場合に比べ、樹脂の重量減少率は小さく、樹脂劣化が5分の1以下に抑えられた。

表1 光触媒を混ぜた樹脂の耐久性試験
光触媒を混ぜた樹脂の耐久性試験の表

 アパタイトは、細菌や悪臭、NOxなどを吸着するため、抗菌や脱臭、大気浄化などに対しても優れた効果が得られる。この新型光触媒をアクリルバインダーでガラス板に塗布した試料を用いて、JIS試験法に準拠しNOガス(1ppm)を常時流し、NOx浄化効果を調べた結果を図3に示す。紫外線の光照射によりNO濃度が急激に減少して約90%という高い除去率が得られた。そして、光照射を停止することにより光触媒の反応が止まり、NOガス濃度が上昇して元の濃度に戻ることも確認できた。

新型光触媒によるNOx除去効果の図
図3 新型光触媒によるNOx除去効果

 続いて黄色ブドウ球菌に対する新型光触媒の抗菌効果を試験した結果を表2に示す。表2に示すように、白色蛍光灯の光照射により黄色ブドウ球菌の菌数が8時間後に10万分の1近くに減少し、この測定値からの計算により抗菌活性値が4.8となった。抗菌活性値が2.0以上(99%以上の死滅率)で抗菌効果があると定義されているので、今回の数値4.8は新型光触媒が優れた抗菌効果を有していることを示した。

 以上のように、可視光で働く光触媒が開発されたことにより、抗菌防かび、脱臭、大気浄化、水質浄化、防汚などへの応用が今後大きく進展することが期待される。

表2 新型光触媒の抗菌効果
新型光触媒の抗菌効果の表

今後の予定

 光触媒スラリー1kg当たり数千円レベルという低価格で供給できる見通しであり、今後の幅広い普及が期待される。特許を実施している企業を通じて、製造販売を進め、普及を図りたい。


用語の説明

◆可視光応答型光触媒
可視光は400nm(380nm)から800nmまでの波長領域の光である。代表的な光触媒である二酸化チタンはちょうど可視光領域の短波長側より短い波長の光を利用する紫外線応答型光触媒であるので、一般には二酸化チタンの吸収より長い波長の光を利用できる光触媒が可視光応答型光触媒とされる。 [参照元へ戻る]
◆アパタイト
リンとカルシウムを主成分とする鉱物で燐灰石ともいう。歯や骨にも多く含まれている。 [参照元へ戻る]
◆光触媒スラリー
光触媒を水などの溶媒に分散した液。光触媒塗料などの原料として使われる。 [参照元へ戻る]
◆アセトアルデヒド
揮発性有機化合物(VOC)の一種。タバコの悪臭成分で接着剤や防腐剤にも含まれ、有毒で刺激臭をもつ。シックハウス症候群の原因物質として問題視されており、室内濃度指針値は30ppb。[参照元へ戻る]
◆抗菌活性値
JIS Z 2801 抗菌性試験方法で定められている抗菌性能を示す値。24時間培養後の菌数をB、抗菌性能試験物を加えた場合の24時間培養後の菌数をCとすると、B/Cの対数値を抗菌活性値という。数値が大きいほど抗菌効果が大きく、抗菌活性値2.0以上(99%以上の死滅率)で抗菌効果があると定義される。[参照元へ戻る]

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