独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)計測標準研究部門【研究部門長 岡路 正博】量子放射科 放射線標準研究室 田中 隆宏 研究員と齋藤 則生 室長は、乳がん検診で使用するマンモグラフィ装置に用いられるX線の線量標準を確立した。これに伴い、マンモグラフィX線の線量計を校正するサービスを2009年3月5日から開始する。
(校正サービスURL http://www.nmij.jp/service/P/calibration/)
マンモグラフィ検診では乳房組織を撮影するため、モリブデンから放出される低エネルギーのX線が用いられるが、胸部レントゲン写真撮影装置のようなX線照射装置から発生するX線とはX線の性質(線質)が異なる。そのため、マンモグラフィ検診におけるX線照射線量を精度良く評価するには、X線の線質に合わせた線量標準が必要となる。しかし、国内においてマンモグラフィX線の線質での線量標準は今まで存在せず、医療現場からはより適正にX線照射線量の精度管理ができる線量標準の開発が求められてきた。
今回のX線線量標準の開発により、マンモグラフィ装置用の計量トレーサビリティが確保され、マンモグラフィ装置の精度向上が見込まれるとともに、医療現場のニーズに応えることができる。また、本開発はマンモグラフィ診断の客観性・再現性の確保にもつながることから、マンモグラフィ分野において日本が国際的な競争力を得たといえる。
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マンモグラフィX線の線量計を校正する国家標準器
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近年、乳がんの早期発見、早期治療の重要性が指摘され、乳がん検診でX線を用いた乳房撮影(以下「マンモグラフィ」という)の受診者数は、2000年度から増加し、2005年度には視触診のみの受診者数を抜き、2006年度には約163万人に達している(厚生労働省統計表データベースより)。このような受診者数の増加に伴い、マンモグラフィ装置の精度管理も重要となっている。
マンモグラフィ検診では、1年間に人間が自然界から受ける放射線量と同程度の線量を受ける。検診により受ける線量を必要最小限にするためにも、使用するX線照射装置の照射線量の適正な評価が装置の精度管理上、非常に重要である。現状では、胸部レントゲン写真撮影装置などに使用されるX線の国家標準を用いて線量評価を行っている。しかし、マンモグラフィ装置においてモリブデン管球から発生するX線は従来のタングステン管球から発生するX線と線質が異なっている。このため、マンモグラフィ装置の精度管理を行う放射線技師からは、より正確に線量評価を行うためにマンモグラフィに使われている低エネルギーのX線(以下「マンモグラフィX線」という)に合わせた、新たな線量標準(国家標準)の確立が望まれていた。
産総研では、これまでタングステン管球を用いてX線の線量標準を開発、供給、維持してきた。これは主に放射線防護や一般のX線撮影・CTなどのための線量標準である。しかし、近年のマンモグラフィ検診の受診者数の増加とともに、モリブデン管球を用いたマンモグラフィX線の線量標準のニーズが高まってきた。そこで、2007年からマンモグラフィX線の線量標準の開発に着手し、標準の設定に必要な補正係数の測定やシミュレーションを実施してきた。
一般に、X線を測定する線量計は同じ線量であってもX線の線質が異なると指示値が異なることが多い。したがって、医療現場で使用されるX線照射装置の種類に応じた線質での線量計の校正が必要となる。特に、マンモグラフィのようにエネルギーが低いX線を使用する装置の場合では、線量計の感度は、エネルギーに大きく依存するため、線量計の校正がより重要となってくる。
図1に、従来のX線標準に用いられているタングステン管球から発生するX線とマンモグラフィX線のエネルギー分布を示す。タングステンを用いたX線のエネルギーは広く分布しているのに対して、マンモグラフィX線は17.4 keVに強いX線が発生している。このように線質が大きく異なるので、マンモグラフィX線に適合した線量標準が必要となる。
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図1 シミュレーションで得られたマンモグラフィX線とこれまでのタングステンを用いたX線のエネルギー分布
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マンモグラフィX線の線量を絶対計測するために、図2に示したような平行平板型自由空気電離箱を国家標準として用いることとした。X線発生装置から出力されたX線を、コリメータ(円筒形の小さい穴)を通して電離箱の中に入射する。電離箱内でX線によって生じたイオンの量を測定することによって照射線量を求める。正確な照射線量を得るためには、さまざまな補正係数を決定する必要があるが、実験的に決定できる補正係数とシミュレーションによって決める補正係数とがある。これらの補正係数は、管電圧などX線の線質によって異なるので、線質ごとに評価して標準を設定した。
これまでのX線標準との違いの有無を確認するため、従来のX線標準とマンモグラフィ線量標準を用いて線量計の校正定数を測定した。その結果を図3に示す。
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図2 平行平板型自由空気電離箱の概略図
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図3 線量計の校正定数の例
赤:マンモグラフィ線量標準によって校正
青:従来のX線標準によって校正 |
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図3から、従来のX線標準と比較すると、マンモグラフィ線量標準による校正定数は約1%ずれていることが分かる。校正定数は線量計の構造・材質などによって異なるため、この結果がどの線量計に対しても適用できるわけではないことに注意しなければならない。このようにマンモグラフィ線量標準を用いて線量計を校正することが重要である。
今回の標準の開発により、マンモグラフィX線の線量評価について国家レベルでの計量トレーサビリティが確保され、正確で信頼のおける線量評価が可能となった。今後は、より安心・安全な乳がん検診の実現が期待できる。
今後、国際比較に参加し、マンモグラフィ線量標準の国際的な信頼性を高めることを予定している。また、マンモグラフィではX線照射装置にロジウム管球や、ロジウムフィルターが用いられることもあるため、これらについての線量標準の設定について検討し、マンモグラフィ線量評価の計量トレーサビリティ(図4)確立に向け研究を進めていく。
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図4 想定されるマンモグラフィ線量評価の計量トレーサビリティ
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