発表・掲載日:2008/11/24

ポストゲノム研究を支える世界最大規模のヒトタンパク質発現用クローン、 研究者等へ提供を開始

本研究成果のポイント

  • 約2万2千個のヒト遺伝子の約70%にあたる約15,000種に対応する世界最大のヒトGateway®エントリークローン情報のデータベースを作り、クローンの提供を11月24日より開始致します。
  • 構築したクローンは、コムギ胚芽抽出液中で発現させ、酵素活性等を保持していることを確認した極めて品質の高いリソースです。
  • ヒトGateway®エントリークローンは網羅的なタンパク質の効率的な生産(ヒトタンパク質工場)に使われる他、タンパク質の相互作用やiPS研究等のポストゲノム研究で幅広く使われる非常に重要な研究資源です。
 注)Gateway®Invitrogen社の登録商標です。

 NEDO技術開発機構は、産総研、JBiC、NITEなどと共に、約2万2千個と言われるヒト全遺伝子の約70%にあたる約15,000種に対応するヒトGateway®エントリークローン1)を作製。世界最大規模の極めて品質の高いタンパク質発現リソースを構築し、研究者等への提供を開始しました。

 本研究成果の詳細は、Natureグループの科学雑誌Nature Methods12月号に掲載(DOI:10.1038/NMETH.1273、電子版は11月24日午前3時に公開)されます。


1.研究の概要・経緯

 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、社団法人バイオ産業情報化コンソーシアム(JBiC)への委託により、独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)、民間企業等との共同研究により、平成12~17年度の6年間、「タンパク質機能解析プロジェクト」及び「タンパク質機能解析・活用プロジェクト」を実施して参りました。

 これらプロジェクトは、わが国が世界をリードしてきたNEDO「完全長cDNA2)構造解析プロジェクト(FLJ cDNAプロジェクト)3)」の成果をもとに、タンパク質機能解析分野でも優位性を保つことを目的として実施したものであり、本プロジェクトの一環として、世界最大のヒトGateway®エントリークローンの整備を進めてきたものです。

 この度今までの成果を踏まえ、約2万2千個と言われるヒト全遺伝子の約70%にあたる約15,000種に対応するヒトGateway®エントリークローンを作製し、世界最大規模のタンパク質発現リソースを構築致しました。本リソースはコムギ無細胞タンパク質合成系で合成可能であることを確認し、酵素活性等にて機能を保持していることを確認した極めて品質の高いリソースです。

 本リソースは、NITEバイオテクノロジー本部生物遺伝資源部門(NBRC)から、分譲を希望する国内外の研究者等への配付を11月24日から開始致します。また、ヒトGateway®エントリークローンの情報が閲覧できるヒト遺伝子・タンパク質データベース(Human Gene and Protein Database, HGPD: http://www.HGPD.jp/またはhttp://HGPD.lifesciencedb.jp/)も同時に公開致しました。

 本クローンを用いることで、遺伝子産物であるタンパク質を簡単に、またハイスループットに生産することが可能となります。ポストゲノム研究を支える重要なバイオリソースであり、各方面でご活用いただくことによって、機能未知タンパク質の解析や、創薬研究等が促進されることを期待しております。

2.研究内容

 ヒトGateway®エントリークローンは、21,485個のヒトcDNAのORF領域4)をPCRで増幅し、Gateway®pDONR201ドナーベクターと組換えを行い、12,754個のN-型(ORFの終わりで翻訳終結シグナルをもつもの)と20,521個のF-型(同じ場所で翻訳終結シグナルをもたず、C末端にタグを付加できるもの)の総計33,275個を作製しました(詳細情報はhttp://www.HGPD.jpで公開)。タンパク質の生産には、このヒトGateway®エントリークローンをGateway®発現ベクター(デスティネーションベクター)と組換えを行い、ヒトGateway®発現クローンを作製し、このクローンをもとにタンパク質合成を行います。実験系を改良し、ヒトGateway®発現クローンのタンパク質合成に必要な部分のみをPCRでDNA増幅し、インビトロでのmRNA合成の鋳型としました。PCRで作ったDNA断片を鋳型としmRNAを合成し、それをコムギ胚芽抽出液5)と混ぜることによってタンパク質が合成されます。DNA組換えからタンパク質合成までの過程をすべてインビトロ合成にすることによって、ヒトの網羅的なタンパク質を簡便かつハイスループットに合成することが可能になりました。このようにして13,364個のヒトGateway®エントリークローンからタンパク質合成を試み、その合成効率を調べたところ、程度の差はあるが基本的に全てのタンパク質が合成されることがわかりました。また、殆ど全てのケースで可溶性画分6)にタンパク質が確認され、コムギ胚芽発現系は優れた系であることが再確認されました。フォスファターゼやサイトカインを例にとり、コムギ胚芽抽出液で作られたタンパク質に活性があることを確認しました。また、ヒトタンパク質の網羅的な発現の応用例として、13,277個のタンパク質を発現させ、スライドガラス上に合成タンパク質をスポットしてタンパクチップを作製しました。チロシンキナーゼ7)の活性測定を行うことにより、タンパクチップの有効性を示しました。このようにインビトロで網羅的に合成したタンパク質全体を対象とした研究を「インビトロ プロテオーム研究8)」と呼び、今後のプロテオミクス9)研究の新しいアプローチとして推進して行きたいと考えています。

 これらのヒトGateway®エントリークローンは、現在進めているNEDO「化合物等を活用した生物システム制御基盤技術開発(平成18~22年度)」プロジェクトにおいて、タンパク質の相互作用研究、創薬に繋がる化合物スクリーニングへの利用、iPS研究等、基礎研究から応用研究まで幅広く活用しております。

 ヒトGateway®エントリークローンの詳細情報、発現タンパク質情報、クローンの入手案内等はヒト遺伝子・タンパク質データベース(Human Gene and Protein Database, HGPD: http://www.HGPD.jp/またはhttp://HGPD.lifesciencedb.jp/) で公開しています。

3.クローンの入手方法

 今回作製されたヒトGateway®エントリークローンは、製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジー本部生物遺伝資源部門(NBRC)から入手可能です。価格は、1クローンにつき、大学・教育機関・国公立試験研究機関が15,750円(税込)、民間試験研究機関が31,500円(税込)です。詳細はホームページを参照(http://www.nbrc.nite.go.jp/hgentry.html)して下さい。


用語解説

1)ヒトGateway®エントリークローン
Gateway®汎用発現システムは、制限酵素やDNAリガーゼを用いず、インビトロにおける大腸菌ゲノムDNAとラムダファージDNAの部位特異的組換え反応を利用したDNA組換え技術である。ヒトGateway®エントリークローンと発現ベクター(デスティネーションベクター)との間の部位特異的組換えによって、容易に発現クローンを作製することができる。ヒトGateway®エントリークローンはタンパク質をコードするORFの両端にこの部位特異的組換え配列を付加したクローンで、タンパク質合成のための中心的なタンパク質発現リソースである。
(http://www.invitrogen.co.jp/Gateway/index.shtml)。
注) Gateway®Invitrogen社の商標登録です。[参照元へ戻る]
2)完全長cDNA
cDNAとは、ゲノムDNAの中から不要な配列を除き、タンパク質をコードする配列のみに整理された遺伝情報物質であるmRNA(メッセンジャーRNA)を鋳型にして作られたDNAのことである。完全長cDNAは、断片化したcDNAと異なり、全長のタンパク質を合成するための設計情報を有しているため、完全長のタンパク質を合成することができる。従って、ポストゲノム研究では、タンパク質合成のための非常に重要なリソースとなる。この完全長cDNAを効率的に合成するためには、非常に高い技術を必要とし、わが国が世界に先んじている分野である。[参照元へ戻る]
3)FLJ cDNAプロジェクト
わが国の誇る「完全長cDNA構造解析プロジェクト」のこと。FLJはFull-length and long Japanの略である。[参照元へ戻る]
4)ORF領域
タンパク質をコードしている遺伝子上のDNA領域のこと。ORFはOpen reading frameの略である。[参照元へ戻る]
5)コムギ胚芽抽出液
コムギの胚芽をすり潰し、そこから得たタンパク質合成用の抽出液のこと。この抽出液をベースとして無細胞タンパク質合成系が作られている。数十年前よりタンパク質合成に使われていたが、愛媛大学・遠藤教授の技術改良により、タンパク質合成能力が飛躍的に向上した。[参照元へ戻る]
6)可溶性画分
水溶性タンパク質が水に溶けている画分のこと。この画分にくるタンパク質は一般にきちんと折りたたまり、活性を持つ可能性が高いと考えられている。[参照元へ戻る]
7)チロシンキナーゼ
チロシンキナーゼは多くの場合、自分自身のチロシン残基をリン酸化することが多い。コムギ胚芽抽出液中にはチロシンキナーゼが無いことから、コムギ胚芽抽出液中で発現させたヒトのチロシンキナーゼ活性測定が容易である。[参照元へ戻る]
8)インビトロ プロテオーム研究
これまでプロテオーム研究といえば、特定の組織や臓器に含まれる一群のタンパク質を抽出し、それらを解析する、従来行われている研究であり、インビボ (生体内にある)プロテオーム研究と呼ばれうるものであった。試験管の中で、網羅的にタンパク質を合成し、それらを用いて行う研究をインビトロ(生体外での) プロテオーム研究と呼ぶことを提唱する。[参照元へ戻る]
9)プロテオミクス
プロテオミクスとは、従来の個別のタンパク質の解析とは違い、いつどこでどのタンパク質がどれだけ発現しているかを系統的、網羅的に解析し、タンパク質に関するデータを収集し解析する技術、方法論を言う。全遺伝子(ゲノム)を解析するゲノミクスに対応して、全タンパク質(プロテオーム)を解析することからプロテオミクスといわれる。プロテオミクスの代表的な解析方法として、質量分析計を用い、細胞内で働くタンパク質を高感度かつハイスループットに同定・定量する技術がある。ノーベル賞を受賞した田中耕一氏やフェイン氏らが、タンパク質のような不安定な生体高分子をイオン化させ質量分析を可能としたことからこの分野が急速に発展した。[参照元へ戻る]


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