独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)コンパクト化学プロセス研究センター【研究センター長 水上 富士夫】ナノ空間設計チーム【研究チーム長 花岡 隆昌】伊藤 徹二 研究員らは、株式会社 船井電機新応用技術研究所【代表取締役社長 小野 雅敏】(以下「船井電機研究所」という)と共同でメソポーラスシリカ多孔体を用いた高速・高感度・長寿命の新しい酵素センサーを開発した。
酵素サイズと合致するように制御した細孔径を有するメソポーラスシリカ多孔体へ酵素を格納することにより良好なセンサー安定性を実現した。さらに、適切な電子伝達物質(キノン)を用いて酵素と電極間の電子授受を行うことにより、高感度検出、高速応答性を達成した。
酵素としてホルムアルデヒド脱水素酵素を用い、VOC(揮発性有機化合物)の一つとしても知られている水中および空気中のホルムアルデヒドを高感度で直接的に検出することに成功した。
酵素の選択とメソポーラスシリカ多孔体の最適化により、様々な種類の物質の検出にも応用が可能であり、小型で高性能なセンシングデバイスの実現に貢献することが期待される。
本成果の一部は、国際誌Sensors and Actuators Bにて(2008年11月15日)発表予定である。
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図1 高感度・長寿命を実現する酵素センサーの概念図
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従来、環境中や生体試料中のような多成分試料の中から、特定成分の存在量を高精度に定量する方法として、酵素の優れた反応性・選択性を利用する酵素センサーが知られている。これらは、一般に、電極と酵素固定層から構成され、試料中の被測定物質と酵素の反応により生じる物質変化を、例えば、電極により電気信号の変化量として電気化学的に検出する。しかしながら、酵素は、タンパク質であるので、外部環境の変化に伴って立体構造が変化して活性が低下してしまう。そのため、酵素センサーは、無機触媒を用いているセンサーに比べて安定性に欠け、センサー寿命が短く、実用化を進める上での大きな障害となっており、その改善が望まれていた。
産総研コンパクト化学プロセス研究センターナノ空間設計チームでは、シリカを材料とした直径 2-10 nm 程度の均一で規則的な細孔(メソポーラス)を有する多孔体の構造精密制御技術を開発してきた。タンパク質やDNA等の巨大分子と同等の大きさの均一で規則的な細孔を有するというメソポーラスシリカ多孔体の特徴に合致した応用の一例として、各種酵素をメソポーラスシリカ多孔体に格納して酵素の構造を安定化する研究を実施し、有機溶媒中での反応性や熱安定性などの大幅な向上を実証してきた。
一方、従来からホルムアルデヒドなどの有害物質検出用センサーの開発を行ってきた船井電機研究所は、産総研のメソポーラスシリカ多孔体による酵素安定化技術に着目したところから、両者は小型で高性能なセンサーデバイスの実現を目指し、高感度で高速測定可能な高い安定性を有する酵素センサーおよびセンシング技術に関する共同研究を行ってきた。
シックハウス症候群の原因物質の一つであるホルムアルデヒドの測定のための酵素センサー計測システムを開発した。具体的には、酵素としてホルムアルデヒド脱水素酵素を用い、酵素の分子サイズ(8 nm程度)に合致した細孔径を有するメソポーラスシリカ多孔体へ格納して固定化した。適切な電子伝達物質によって固定化酵素と電極間の電子授受を媒介させることにより、ホルムアルデヒドに対して高い選択的検出能力と応答速度を示した。
作用電極上に酵素の分子サイズの細孔を持つメソポーラスシリカ多孔体を形成し、そこにホルムアルデヒド脱水素酵素を固定化した。緩衝液中に酵素固定化電極を浸漬し、低濃度ホルムアルデヒド溶液を導入して応答電流の変化(アンペロメトリー法)を計測した。(図2)
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図2 ホルムアルデヒド酵素センサーによる計測システム
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室温(25℃)におけるホルムアルデヒドに対するセンサー応答と検量線を示した。(図3、図4)厚生労働省の定める環境基準である80ppbからサブppb(10-11)レベルまでの範囲にわたり、ホルムアルデヒドを検出でき、ホルムアルデヒド量に比例した出力が得られた。また、応答速度も速く、1分以内(90%応答)であった。さらに、20回にわたり、同様の測定を繰り返し行ってみても安定な出力を得ることができた。(図5)
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図3 水中ホルムアルデヒドに対するセンサーの応答
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図4 水中ホルムアルデヒド濃度に対するセンサー応答の検量線
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図5 水中ホルムアルデヒドに対する繰り返しセンサー応答の変化
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また、選択性も高く、ホルムアルデヒドに対しては特異的に高い感度を示すのに対して、他の物質にはほとんど反応しない。(図6)さらに、溶液中での保存安定性も飛躍的に向上することが確認できた。(図7)
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図6 酵素センサーの各種物質に対する選択性
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図7 酵素センサーの保存安定性
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これらの性能は、以下の2つのコンセプトにより実現した。
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メソポーラスシリカ多孔体の細孔径を酵素サイズと合致するように制御し、酵素を細孔内部へ固定化して格納することにより、酵素同士の凝集を抑えると共に立体構造の安定性を高め、酵素活性が低下することを防いだ。 |
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適切な電子伝達物質(キノン)を用いて酵素と電極間の電子の授受を行うことにより、感度と応答速度を向上させた。 |
本センサーおよびセンシング技術は、酵素の選択とメソポーラスシリカ多孔体の最適化により、他の様々な種類の物質の検出にも応用が可能であり、上記結果は、高感度、高選択性が求められる検出方法として本技術が有望であることを示している。今後、大掛かりな装置を必要としない小型で高性能なセンシングデバイスの実現に貢献することが期待される。
今後は、本技術を用いたセンシングシステムの開発および評価を行う。特に、環境中の有害物質をモニタリングするシステムの実用化について検討を進めていく予定である。