「加熱によって物体が伸び、反対に冷却によって縮む」というのは、金属をはじめガラスやセラミックスなどの物体の基本性質としてよく知られています。しかし、古くからインバーと呼ばれる一部の合金(Fe-Ni, Fe-Ptなど)では、熱による膨張の割合(熱膨張率)がほとんどゼロになる現象が知られています(1896年にスイスの科学者シャルル・エドワール・ギヨーム:Charles Édouard Guillaumeによって発見、1920年にノーベル賞受賞)。熱によって膨張がないということは、わずかな誤差も許されない精密機械などで非常に有用であり、広く応用されています。
さらに、特定の物質では温度が高くなると縮むという、負の熱膨張(負熱膨張率)を持つことが知られています。1996年にセラミックスのタングステンジルコニウム(ZrW2O8)が、特定の原子振動モードの変化により-2.6×10-5/℃という記録的な負熱膨張率を持つことが発見されています(Science 272, 90-92 (1996).)。
現在、零熱膨張率、低熱膨張率や負熱膨張率を持つ材料は、構造材料、薄膜基板、耐熱被覆材、ガラス・セラミックス・コンクリートといった複合材料などへの産業的有用性が高く、注目されています。
これまで、研究チームは、結晶サイズの大きい酸化銅(CuO)単結晶の基本性質を明らかにしてきました。また、結晶成長法を工夫した気相法※2によりCuO純良単結晶※3を世界で初めて成長させることに成功しました(Master. Res.Bull. Vol.33, No.4 605-610:1998)。純良単結晶の作製によって電荷秩序の存在、および強い磁気(電子スピン)・結晶・電荷の相関※4を見いだしてきました。しかし、結晶サイズをナノの極限スケールまで小さくしたときに、この磁気・結晶・電荷の相関がどのように変わるかはわかっていませんでした。
通常、酸化物をナノメートルまで極小サイズ化するには、溶液合成・低温熱分解という化学的な手法によって行われます。しかし、低温熱分解では、結晶性を劣化させる格子欠陥が生じやすく、ナノ粒子の本来の特性が隠されてしまう可能性があります。一方、高温処理では、粒子がマイクロメートル(1,000分の1ミリメートル)の大きさまで成長してしまいます。研究チームは、酸化物の純良単結晶の脆性(もろさ)に着目し、数センチメートル以上の純良単結晶を、強力粉砕という非常に単純な機械的方法で破壊したところ、良質のナノ粒子を得ました。このナノ粒子は、格子欠陥などのない、高品質な粒子であり(図1)、CuOナノ粒子本来の特性を素直に引き出すことができます。
このようにしてできたナノ粒子の構造を、大型放射光施設SPring-8の共用ビームラインBL02B2を用いて、粉末X線回折※5により解析しました。ナノ粒子の熱膨張率の精密測定には、X線回折法による格子定数※6の測定が通常に行われていますが、解析用の一般のX線源ではナノ粒子が小さいため、回析強度が弱く格子定数の精密測定が困難です。この問題を、SPring-8の超高輝度放射光X線を活用することで克服し、ナノ粒子でも十分解析できるデータを得ることができました。温度を変化させたときの格子定数の変化の様子から、CuOナノ粒子の熱膨張率を詳しく測定し、さらに、ほかの磁性体である2フッ化マンガン(MnF2)と酸化ニッケル(NiO)についても同様に測定しました。
磁性体は、それぞれの物質に固有の磁気転移温度※7以下で微小磁石の電子スピンが同じ方向に並んだ磁気相に転移します。今回研究チームは、磁性体であるCuOのナノ粒子が、磁気転移温度(約-50℃)以下の-100℃以下の温度域で、熱膨張率-1.1×10-4/℃という巨大な負熱膨張を示すことを発見しました(図2)。これは、よく知られた巨大な負熱膨張を示す物質であるZrW2O8よりも4倍大きいものでした。さらに、磁気転移点で結晶格子も変化することから、磁気と結晶格子との相互作用が強いほかの磁性体であるMnF2ナノ粒子でも負熱膨張率を持つことを見いだしました(図3)。一方、磁気と結晶格子との相互作用があまりない磁性体であるNiOでは、このような負熱膨張を示しませんでした。このため、磁気と結晶格子との相互作用が、ナノ粒子の負熱膨張を作り出すメカニズムだと考えられます。
ナノ粒子での負熱膨張の発見は、ナノテクノロジー、ナノサイエンスの発展に直結します。負熱膨張率材料をほかの実用材料に複合すれば、零熱膨張率を含め、熱膨張率を自在に制御することができ、例えば極限環境でもひび割れのない超精密な機械・電子部品などが実現できるかもしれません。特にナノ粒子での巨大な負熱膨張率の実現は、マイクロマシン、ナノマシンを例にミクロ領域からナノ領域の物体への応用を可能にします。また、磁性体ゆえに磁気で動くナノマシンへの応用の可能性も出てきました。今回測定した物質であるCuOナノ粒子の負熱膨張を示す温度範囲は-100℃以下という低温領域ですが、原理的には高い磁気転移温度を持つほかの磁性体ナノ粒子であれば、高温でも負熱膨張が期待できます。研究チームはさらに物質探索を続け、磁性体ナノ粒子と、構造材料、薄膜基板、耐熱被覆材、ガラス・セラミックス・コンクリートなどとの複合材料への応用などを目指しています。