独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【研究部門長 三留 秀人】エコ設計生産研究グループ【研究グループ長 三島 望】 近藤 伸亮 研究員らは、製品ライフサイクル全体を通して製品の生み出す価値と環境負荷、を開発した。
環境調和製品を普及させるには、製品とその生産・使用・廃棄を通じて低コストで高い価値をユーザーに提供できるように設計することが不可欠であるが、従来のソフトウェアでは製品設計に結びつけることが困難であった。本ソフトウェアでは、製品価値の時間変化を評価できることから、環境調和製品の設計・製造・普及に貢献することができる。
本ソフトウェアは、2008年10月16日より次のURLから無償でダウンロードできる。(http://unit.aist.go.jp/amri/group/ecodem/ja/TPA/)また、2008年10月20、21日に産総研つくばセンターで開催する「産総研オープンラボ」で公開する予定である。(「製品ライフサイクルのトータルパフォーマンス評価・分析手法」として研究室公開予定)
持続可能な社会の実現のために環境調和製品の普及が求められているが、同時に安全性、高性能、低コストなども重要である。低環境負荷に加えて、製品のライフサイクル全体を通じて低コストで高い価値をユーザーに提供できるように、製品とそのライフサイクルシナリオ(いつ、どのようにリユース、リサイクル、メンテナンス、アップグレード、廃棄などを行うか)を設計することが求められている。しかし、既存の指標は、製品の価値、環境負荷、コストを同時に評価することができず、製品の価値の時間変化も考慮できなかったため、適切にライフサイクルを評価し、製品設計改善に結びつけることが困難であった。価値の時間変化を考慮可能なツールの開発により、メンテナンスやアップグレードがどの程度有益なのか、製品のどの部品が改善されるべきなのか、などを明らかにできると期待される。
産総研では、産総研発足以前より、省エネルギー、省資源、省スペースの観点から非常に効率的な手法であるマイクロファクトリーの開発など、環境に配慮した製品やその作り方を設計する手法を研究している。製品に、生産・使用・廃棄を通じて低コストで高い価値が求められているという背景を踏まえ、本研究では製品の価値と環境負荷、コストのバランスを評価する指標を導入し、これを用いて環境面、経済面の両面から見た製品の効率を高める設計手法とそのソフトウェアを開発した。
本研究は、環境に優しい製品の普及のために、ユーザーに対しては、単なるエコイメージだけでなく、費用対効果に優れた製品であることを保証し、企業に対しては、製品のライフサイクルを考えた開発を可能にするツールを提供するものである。製品の総合的な環境性能を数値化するにあたり、図1に示すトータルパフォーマンス指標(TPI)を導入した。使用価値とは、ユーザーが製品の使用によって得た便益や満足のことであり、これを製品ライフサイクルの環境負荷とコスト(製品の値段や、使用時の電気代、廃棄時のコストなど)の相乗平均で除したものがTPIである。この値が大きいということは、大きな使用価値が、小さな環境負荷とコストで実現されていることを意味する。
|
図1 トータルパフォーマンス指標
|
一般に、ユーザーは、製品が高い価値を維持したまま、長期間使用できればできるほど、その製品に満足するだろう。このことから、製品の「使用価値」は、製品を買ってから廃棄するまでの期間の価値の総量を評価する必要がある。使用価値が高く、環境負荷とコストが低い製品(=トータルパフォーマンスが高い製品)が本当に環境に優しい製品である。それでは使用価値は、どのように評価すればよいのだろうか。図2は製品の価値の時間変化と使用価値の関係を示している。縦軸は製品のその時点での価値、横軸は経過時間である。本研究では、第一に製品の性能が物理的に劣化すること(摩耗や故障など)、第二に製品の性能が陳腐化すること(例えば、パソコンなどの電子機器は、新製品の発売によって陳腐化する)の2つの要因から製品価値が低下すると考えて、その時間変化を計算している。具体的には、製品の性能に対するユーザーの評価を価格に換算し、これを例えば数年おきに評価することで性能に対するユーザーの「飽き」具合を評価している。パソコンの例では、「計算の速さ」という性能がユーザーに重視されており、アンケート調査の結果、「1GHzのCPUに対応する計算の速さ」にユーザーが認める価値は2002年に約6万円であり、2006年には約4万円だった。このようにして、ユーザーから見た「1GHzのCPUに対応する計算の速さ」という価値の時間変化がわかるのである。ほかの調査からパソコンの平均使用年数はわかっているので、図2の使用期間がいつ終わるかがわかる。そこで、使用期間内で価値の時間変化曲線に囲まれた部分の面積が計算でき、これが使用価値となるのである。従って、本研究でいう価値は価格×時間の単位となっている。
|
図2 ライフサイクル全体を通じた製品価値のモデル化
|
図2の着色した部分の面積に相当する製品の使用価値を大きくするには、使用期間を延ばすか、価値の低下を遅くすればよい。製品には複数の機能(例えば、ノートパソコンの場合、処理速度、記憶容量、画面の見やすさなど)が含まれていて、それぞれの重要度は異なる。重要度が高く、性能を高めるために要する環境負荷とコストが少ない機能に着目すること、陳腐化の速い機能をアップグレード可能にすること、などの方法で効果的に製品の使用価値を高めることができる。また場合によっては、部品をリユース、リサイクルすることがコストや環境負荷の削減に有効である。
|
図3 トータルパフォーマンス分析支援ソフトウェア実行画面
|
このような設計指針を設計者に容易に提示できるようにするため、今回トータルパフォーマンス分析支援ソフトウェアを開発した。図3は、ノートパソコンを対象としたトータルパフォーマンス分析の実行画面で、試算では、筐体(きょうたい)、液晶ディスプレーをリユースし、メインボードをリユースまたはリサイクルすることでTPIは約8%向上する。これは、コストまたは環境負荷単独なら約15%の削減に相当する。パソコン、車といった製品の買い替えサイクルが長期化する傾向にある昨今、本研究により、環境への優しさに加えて、ライフサイクル全体を通して低いコストで、高い価値を生み出す真の環境調和製品の開発・普及が可能になる。多くの製品でこのような見直しを行えば、地球温暖化防止、省エネルギーなどに大きく貢献することができると考えられる。
今回作成したソフトウェアを公開し、ワークショップ等を開催することで、トータルパフォーマンス評価・分析手法の考えかたを普及させるとともに、さまざまな組み立て製品を対象に事例分析を実施し、本手法の有効性を検証する。また、公開可能な事例分析結果を収集し、ユーザーが容易にトータルパフォーマンス評価・分析を実施できるようなデータベースを整備する予定である。