近年、光と電波の境界領域の電磁波「テラヘルツ波*1」を扱う研究が活発化しています。一酸化炭素、塩化水素、シアン化水素、二酸化硫黄などの有毒ガスは、テラヘルツ帯に固有の吸収スペクトルを持つため、テラヘルツ波を用いることで空気中に含まれるこれら危険なガスの濃度を測ることができると考えられています。しかし、テラヘルツ波は、未開拓周波数帯の電磁波と呼ばれ、そのままではパワーや周波数を正確に測定することが困難です。よって、汎用計測機器の豊富なマイクロ波*2帯の電気信号に忠実に周波数変換するヘテロダイン技術*3は、上記のような目的でテラヘルツ波を利用する場合に欠かせない技術です。ヘテロダイン技術に基づく受信器の性能や使い勝手は、受信器を構成する周波数変換器(ミキサー*4)と基準信号発生器(局部発振器*5)という2つの部品に大きく左右されます。これまで、テラヘルツ帯においては、適当なミキサーと局部発振器がなかったため、他の周波数帯のような性能と使い勝手の良さを兼ね備えた受信器が存在しませんでした。
本共同研究グループは、超伝導技術をベースとした低雑音・広帯域型ミキサー*6と、光技術をベースとした広帯域・高出力型局部発振器*7を開発しました。そして、これら両技術の融合(補足資料の図2)により、従来、周波数帯の異なる複数のヘテロダイン受信器を揃えねばならなかった中心周波数の86%に相当する広い帯域を、単一受信器でカバー(補足資料の図1)するとともに、74%もの帯域において、量子雑音限界*8の20倍以下の超低雑音性を得ることに、世界で初めて成功しました。また、ガスが放射する微弱テラヘルツ波を受信し、ガス種・濃度を同定する分光放射計*9に、本技術を応用できることを実証(補足資料の図3)しました。
今後、周波数分解能を更に向上させることにより、高信号純度の発振器評価に応用できる計測器の実現を目指します。また、可視光や赤外光と異なり、テラヘルツ波は煙霧や炎などを透過する性質があります。したがって、人が近付くことが困難な災害現場などにおいても、今回開発した受信器を用いることにより、離れた場所から危険ガスの発生を知ることが出来るようになると考えられます。このようなシステムの実現を目指して、光学系を始めとする諸技術の開発を進めてまいります。