独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門【研究部門長 南 信次】分子スマートシステムグループ【研究グループ長 吉田 勝】土原 健治 主任研究員は、張力に応じて色が瞬間的・可逆的に変化する高分子(ポリマー)膜の開発に成功した。
ポリマー膜は、今回開発した置換ポリアセチレンを溶液からのスピンコート法により伸縮性のある基板上に製膜して作製した。このポリマー膜を、延伸機を用いて伸ばしたり縮めたりすると瞬間的・可逆的に色が変化した。この色の変化は繰り返し可能であり、さらに人間の手による伸縮のように小さな力でも色を変化させることができた。
この技術は、これまで困難であった張力を簡便に可視化できる張力センサーとしての応用が期待される。
本技術の詳細は、2008年10月20、21日に産総研つくばセンターで開催する「産総研オープンラボ」で公開する予定である。(詳細情報:「置換ポリアセチレン薄膜のクロミズム」として研究室公開予定)
図1 ポリマー1薄膜の延伸前後の色変化
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ポリマー1の化学構造式
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熱・光・電場・磁場などさまざまな外部刺激により色の変化する高分子材料の存在は広く知られており、これまでにも各種表示素子、センサー等への応用がなされているが、力学的な刺激により色が変化する例は少ない。このようなポリマーが実用化されれば、簡便・安価に力学的な刺激を視覚的に知ることができる。たとえば建築物等の構造物の一部にストレスがかかっていることを色の変化により検知して危険な箇所を容易に発見できる張力センサーなどへの応用が期待される。
ポリアセチレンは導電性ポリマーとして有名であるが、空気中で不安定なため実用化が困難であった。一方、ポリアセチレンに置換基を導入した置換ポリアセチレンは、空気中で安定であり、溶液から製膜することも可能であるなど、実用化に適したポリマーである。産総研では、これまで新たな置換ポリアセチレンの合成や、その薄膜などの光学的性質の制御について研究を行ってきた。熱などの外部刺激による可逆的な色の変化、色変化の光による制御、キラリティの高速反転制御、高次構造の形成によるキラリティの増大等に成功している。
置換フェニル基(図1参照)を導入したアセチレンを[Rh(norbornadiene)Cl]2触媒を用いて重合させると、主鎖がすべてシス体でらせん構造をもつポリマーが得られた(化学構造式1に繰り返し単位を示した)。このポリマーをクロロホルムに溶解し、伸縮性のある無色のシート上にスピンコート法で薄膜を作製した。この置換ポリアセチレン薄膜は作製時には黄色であった。この薄膜をシートごと延伸機により延伸すると、置換ポリアセチレン分子は延伸方向に配向した。さらに延伸を続けると、膜の色は黄色から赤色へと変化した。紫外-可視吸収スペクトルを測定すると500-600nm付近の吸収が増大していた(図2)。張力を取り除いて収縮させると、薄膜の色は赤色から黄色へと元に戻り、スペクトルは延伸前のスペクトルにほぼ一致した。このように伸縮による色の変化は可逆的であった。
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図2 ポリマー1薄膜の延伸前後の紫外-可視吸収スペクトル
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この薄膜の延伸、収縮を手で素早く行っても、色は瞬間的に変化した。さらにこの色の変化は繰り返しが可能で、延伸・収縮を繰り返すと黄色と赤色の間で色の変化を繰り返すことができた(図3)。
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図3 ポリマー1薄膜の繰り返し伸縮時の540nmにおける吸光度
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また、色の変化は延伸倍率ではなく、張力に依存して生じることが確認できた。
色変化のメカニズムは明らかではないが、薄膜の延伸・収縮に伴ってポリマー分子の長さも伸縮し、これによって主鎖の共役状態が変化したためではないかと考えられる。
さらに原料であるアセチレンの置換基を様々に変えると、生成した置換ポリアセチレンは、無色と黄色との間や、紫色と青色との間で、瞬間的・可逆的に張力による色の変化を示した。これらの色の変化も繰り返し可能であった(図4)。
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図4 ポリマー2薄膜の伸縮による黄色と無色の変化
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さらに鮮やかで、安定した色の変化を実現し、色のバリエーションを増やすため、ポリマーの種類の増大、ポリマー薄膜を作製する基板の検討、ポリマー単独膜の色の変化、他のポリマーへの練り込み等についても研究開発を行う。